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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第五幕:信じあい、助け合い、支え合い、愛し合うと言う事
53/97

♪、52 償い

智視点

 今、彼女は何と言った?


 【心肺停止】と聞こえた様な気がしたのは、気のせいだろうか。


 そうであって欲しい、そうに決まってると自分で自分を宥めているのに、心のどこかで、頭の片隅で、それは現実だと、冷静に受け止めている自分がいる。


 あまりにも衝撃的過ぎて、その場に立っている事がやっとだった。

 

 そんな俺の傍で、幼い子供二人が、血だらけの術衣を身に纏ったスタッフに対し、泣き喚いていた。


「どうして?どうしてなの?すみれ先生死んじゃうの?ねぇ、先生はお医者様なんでしょ?だったらすみれ先生を助けて!!」


「すーちゃん、死んじゃうの・・・?どうして?だって、赤ちゃんは?あんなに嬉しそうにしてたのに!!」


「すみれ先生に逢わせて!!」


 手の付け様もないほど暴れる二人に、病院側のスタッフが抱きしめるようにして宥めるが、二人は暴れるだけで、効果は全くない。


 なのに、他の妊婦達はと言えば、この騒動にオロオロしつつも静観を決め込んでいるか、我関せずの姿勢を崩そうとはしなかった。 


 これが現実なのだと、そこで俺は初めて現実を真正面から受け入れる事が出来た。


 と、それと同時に襲ってくる喪失の痛みと、何も出来なかった、何も知らなかった、知ろうともしなかった自分に対しての憤りと後悔。


 そう。

 俺は失ってしまったのだ。初めての・・・。


 そこで何かが引っ掛かった。

 

 ここに来る前、来た後、みんなは何と言っていただろう?

 出血が止まらない、命が危ういと言ってなかっただろうか?


 そして、暴れる二人の子供が度々口にする言葉。


(子供・・・?出血・・・?)


 それらの言葉が、一斉にして一本に繋がり、一つの答えを導き、弾きだす。

 そうして自分が導きだした答えに、体中の血液が凍るような気分を味わった。


 言葉を発したいのに、口の中が渇いていて上手く音にならない。

 けれど、今聞かなければ、きっと現実を受け止められない。


「先生、妻は、いえ、平さんの子供は・・・?」


 情けないほど掠れた自分の声も、今はどうでも良い。

 もし、本当にこの世に神がいるのなら、どうか。


 でも、そんなささやかな願いは、医師の言葉により無情にも、きっぱり、バッサリ打ち砕かれた。


「残念ですが・・・。ここに運ばれて来た時には既にもう手遅れでした・・・。あなたがお腹の子のお父様ですね・・・?」


 こちらにおいでください、入院の手続きを、という言葉に、何も考えられずにそのままついて行く。


「心肺停止とは言いましたが、そこで私達は諦める訳にはいかないんです。――これでも命のプロですから。」


 廊下を颯爽と歩く医師は、俺に特に返事を求める訳ではなく、淡々と言葉を羅列していく。


「もし、彼女が持ち直したとしても、次の子供を授かるのは難しいでしょう。それでも彼女には傍で支え、愛してくれる人が必要です。あなたにはそれが出来ますか・・・?」


 その目は、一度、彼女から逃げ出したあなたに、と、しっかり俺を糾弾していた。


 例えどんなに恨まれ、罵られ、憎まれたとしても、傷が癒えるまで、一生涯を掛け、償い続ける事は出来るのかと問われ、俺は自分の犯した罪を痛感した。


 あの時、あの日、疲れたと言ったのは中々上手くいかない商談の八つ当たりでもあり、家に帰れと言ったのは、そんな自分に気付いていたから、彼女を気遣っての事だった。


 でもそれは結局は自分の事だけを考えていただけで、実際には彼女を傷付け、思い出したくもない、忌まわしい過去を思い出させてしまったのだ。


 あの時、彼女は混乱しながらも言っていたではないか。


 自分に触らないで、自分の親は別にいるのだと。


「あなたが本当に彼女を愛し続ける事が出来るのなら、出来る筈よ。命が尽きる日まで、憎まれても償い続ける事がね」


 出来るだろうか。

 いや、しなければならない。

 そうしなければ、永遠に彼女と自分は向き合えない。

 愛しあえない。


 だから。




 その夜、俺は父さんにある事を願い出て、それは許可された。


 これからは、彼女の為だけにあり続ける。


 それを胸の奥底と、なんとか息を吹き返し、深く眠り続ける彼女に誓い、瞳を開ける事を願い続けた。

吉乃さんが息を吹き返したのは、輸血の提供があったからです。

その提供者の正体は、後日明らかにしようかと思います。

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