♪、51 信じ難い事実④
智視点
拒絶がこんなにも辛いモノだとは俺は知らなかったんだ。
*
車で30分弱の処に、その病院はあった。
常ならば幸せそうな空気が流れていそうなそこは、今は上へ下への大騒動の渦中にあった。
パタパタと走り回る看護師や、血だらけの術衣を来た医師。
それを不安そうな表情で見やる多くの妊婦達。
「輸血はどうなってるの?」
「今問い合わせてます。」
「急いで、早くしないと危ないわよ、あの子」
鬼気迫るその表情に、背中に冷たい汗が流れた。
どうしたんですか、何があったんですかと問いかけたいのに、口が、足が、その場に根を張ったかのように動かない。
そんな俺の横を颯爽と通り過ぎ、血だらけの医師に縋りつく男がいた。
「先生、彼女は、吉乃ちゃんは無事なんですか!?」
「・・・っ、」
「先生ッ!!」
その声は悲壮に満ちていて、今にも絶望の淵に追いやられそうなほどな声音だった。
「輸血が、血が間に合わないかもしれないの・・・。最悪の事態を覚悟しておいて頂戴。」
「そんな、」
ふらりとふらついた男が、その場にくず折れる。
そんな彼を痛ましげに見つめていた医師は、俺と父さんに気付いたのか、鋭い眼差しを向けてきた。
そして。
「どなたかのお見舞いですか?」
「あ、あの、綾橋 吉乃 は、こちらでは?」
どうか、いないと言って欲しい。
そこにいる男も他人の空似であって欲しいと、思った。
なのに、現実はそれを許してはくれない。
床に膝をついていた男が、ゆるゆると顔を上げ、ギリっと唇を噛み締め、凄まじい空気を醸し出し、こちらを睨んできた。
その瞳は深い憎悪に染まり、今にも俺を刺し殺したそうにしていた。
「彼女は綾橋ではありません、今の貴方には無関係です」
「紘人君、今はそんな事を言っている場合ではないだろ。彼女の血液型は?」
ピシャリとした父さんの声に、憎悪に満ちていた紘人の目が、僅かに正気に戻ったかのように見えた。
が、紘人は肩を落とし、呻く様に声を漏らした。
「吉乃ちゃんの血液型はRh-のAB型です。」
Rh-。
それは何千何万分の一の確率でしか生まれない希少なタイプ。
しかも国民の殆んどがA型のこの国民。
(それだけでも少ないのに、AB型だなんて。最悪だ・・・。)
重い空気がその場を支配しかけた時、手術室からスタッフが蒼褪めた表情で出てきた。
その顔色はもう土気色に近い。
それに加え、ぶるぶると震えている細い身体が、最悪な事を予兆させる。
「先生、平さんが・・・、」
涙をぼろぼろと流し、声も涙に濡れ。
「どうしたの、はっきり言いなさい。平さんがどうしたっていうの!?」
そんなスタッフに、医師は状況を詳しく説明を求めた。
スタッフはスタッフで、泣き喘ぎながらも、必死に言葉を紡いだ。
誰しもが求めた安堵の報告ではなく、最悪な報せを・・・。
「心肺停止しました・・・――。」
おかしいな、こんな筈では・・・。