♪、50 信じ難い事実③
智視点
頭が動かない。何が何だか解らない。
アイツは、紘人は、何と言っていた?
「な、何よ、大袈裟なんだから・・・。」
利依のひび割れ、戸惑い交じりの声音に、何故か万季は微笑んでいた。
「そう、大袈裟ですし、あの人はもう他人なのでしょう?心配する義理はありませんわ。流産は可哀想ではありますけど。」
「・・・、れ」
おかしそうに、まるで他人事のように言い、笑う万季。
その態度に、普段は穏やかな気性の父さんが、憎悪の光を宿した瞳を、万季と利依に向けた。
父さんは会長職に就任したとはいえ、未だに綾橋一族の総帥である。
その父さんに逆らうのは、綾橋一族に喧嘩を売ると同意でもある。
今やその眼差しは、それだけで人を殺してしまえそうなほどに鋭い。
「万季さんといったね?」
「え、あ、はい。」
その父さんの気迫に呑まれた万季にも構わず、父さんは震える右手を左手でなんとか抑え、それでも何かを伝えようとしていた。
「君は堕胎手術を何度も繰り返した女性が、妊娠する大変さを知っているかい?知らないだろうね。ただでさえ妊娠出来る確率が低かったのに、今回の流産で更に難しくなっただろうね。そんな彼女を心配する必要はない?ふざけるなッ!!」
そこには、20代で綾橋一族をまとめ上げ、今も尚政財界に深い影響と太いパイプを持つ『氷の鬼』と言われる父さんがいた。
「と、父さん?」
「お前もお前だ、智。吉乃さんは一人でいつも苦しんでいた。お前が会社で徹夜しているときはそうとも知らず、悩み、苦しみ、一人で泣いてた事も知らないのだろう。お前が女性社員と一緒にいる時も、彼女はいつも一人で泣き、強い孤独を耐えていた。」
前から父さんは彼女に、――吉乃に対して、実の娘である利依に対して甘い所があった。
その答えが、父さんが今語った通りなのなら、俺は本当に何も解っていなかった。
一人で泣いていた?
一人で苦しんでいた?
父親に、母親に、姉に虐待されていた?
そんなのは知らなかった。
いや、違う。
何も知ろうとはしなかったんだ。
「お前はいつまでそんな風にぐずぐずしてるんだ。今彼女は生死の淵に彷徨ってるんだろう?逢えるのも、謝れるチャンスも、最期かも知れないんだぞ?良いのか?このまま独りで逝かせても良いのか!!」
「良い訳ないだろう!!俺には彼女しか愛せないんだからッ」
父さんに反論して、改めて俺は気付かされた。
彼女と別れてモノクロに戻ってしまった世界。
カラフルだった世界は音が消え、色彩豊かだった景色も荒野同然もなった。
味覚も嗅覚も、全てが狂ったかのように機能しなくなった。
彼女に出会って初めて自分を自分だと認識できたのに、一時の感情で俺は彼女を孤独にしてしまった。
それを一言逢って直接謝りたい。
まだ間に合うだろうか。
まだ彼女は俺を求めてくれるだろうか、赦してくれるだろうか?
(いや、そうじゃない。)
例え赦して貰えなくても。
「父さん、俺、」
「何も言うな、行くぞ」
俺の覚悟と決意を読み取ったのか、父さんは表情を和らげ、踵を返した。
外は雪が降り、何かを覆い隠すように静に淡々と降り続けていた。
描写が少なく、すみません。