♪、49 信じ難い事実②
智視点。
「さとしお兄ちゃん、じゃま」
ハッと、我に返ったのは、あやめの歳に似合わぬ苛立った声。
その声に万季と離れ、あやめを見下ろせば、彼女は俺を睨み、そして放置してあった段ボールを見るなり、大きな目を更に大きくし、その場で開けようとした。
が、傍にいた万季の娘に何事かを耳打ちされると、二人を連れて帰ってきた糸帆さんに振り向き、箱を指差すなり、箱をリビングに運ぶ様に頼んでいた。
「しほさん、これ、運んで?これ、すーちゃんからなの。」
「え・・・?すみれ様からですか?」
「うん、すーちゃんから」
真剣なあやめの声に、糸帆さんはその箱を見るなり、表情を和らげ、大切そうに持ち上げ、リビングにその荷物を運び込んだ。
それを見届けた幼い二人は保育所の指定鞄を、その場に放り投げ、荷物の封を開けた。
仮にも親父当てに来た、荷物の蓋をだ。
糸帆さんはそれを止めようともせず、逆にそわそわとし、今か今かと待っているようだった。
そして。
「うわぁー、万菜ちゃんとおそろいだぁ~。」
「あ、ホントだ。」
二人は嬉しそうに声を上げ、次から次に中身を取り出しては、瞳を輝かせていた。
そして一際騒ぎ終えた二人は、紺色のビロードの箱を手に、リビングになんとなく付いて入ってきた俺に突き付けてきた。
二人になんだと問えば、二人は尚も無言で俺にそれを突き付けてきた。
「・・・、開ければいいのか?」
俺のその問いに、二人はうんと頷き、リビングに抜け殻のようにいた利依にも、似たような箱を突き付けた。
利依は先月の中旬、突如決まりかけた婚約を一方的に破棄された。
婚約相手は紘人で、理由は定かではない。
そして、その紘人の新たな婚約者となったのが、糸帆さんだった。
糸帆さんは良くも悪くも冷静で、また、どこか放っておけない様なタイプで、世話焼き性でもあった。
その糸帆さんを見る度、利依の顔は醜く歪んでいく。
「りぃちゃん、これはりぃちゃんのだよ。」
「・・・、いらないわよ。そんなの、お父様の愛人からでしょ・・・?」
抜け殻でも、それを何なのか理解しているのか、利依はその箱を手酷く薙ぎ払い、それを見たあやめと万菜、そして糸帆さんの三人は、利依のその態度に驚き、そして強い嫌悪を表した。
「「酷い!!すーちゃんからなのに!!」」
「利依様、子供っぽいですわ。」
折角綺麗なピアスですのに、と、紡いだ糸帆さんを睨んだかと思いきや、利依はあやめの開けたそれを見るなり、信じられない、と、驚愕の表情を浮かべた。
「これ・・・、」
「わかった?りぃちゃん。これは“すみれ”ちゃんからだよ?」
「ほんとに・・・?」
掠れ切った弱々しい声に強く頷いた幼子二人に、利依は何を思い立ったのか、ソファーから立ち上がり、箱に書いてあった字を見るなり、糸帆さんに問いかけた。
「ねぇ、何処にいるのよ・・・、あの疫病神、何処にいるのよ」
「疫病神・・・?この方は疫病神などではございませんわ。疫病神ならばむしろ、あの方の真実を知りもせず、考えもせず、一方的に喚き、苛む方々達の事ですわ!!」
その激しく、苛烈なまでの彼女の剣幕に、俺は眉をしかめた。
(誰を庇っている・・・。)
そんな俺の疑問に気付く事も、察する事もなく、糸帆さんはなおも声を張り上げようとした。と、その時。
バンっと、リビングの扉が、激しい音を奏で、開かれた。
そして、開いた扉の先には、肩で荒々しい呼吸を整えている紘人がいた。
彼は万季をその視線に入れるなり、強い嫌悪、そしてここまで人を憎めるのかと思わせるほどの、実に憎々しげで激しい怒りを向けた。
だがそれも長い間ではなく、紘人は糸帆さんを視界に入れるなり、叫ぶ様に言葉を発した。
「今すぐ一緒に来て下さい。血が、出血が止まらないそうなんです!!このままでは、あの方もお腹の子供も、一緒に死んでしまわれるかもしれません。」
それにすぐ反応したのは、その場にいた誰でもなく、仕事を早く終え、丁度帰宅した父さんだった。
「紘人君、それは、それは本当なのかね?」
父さんの声はいつもより格段に低く、それでいて何かをとても恐れているかのようだった。
手に持っていた鞄や花束を落し、頼むから嘘だと言ってくれと縋るような父さんの態度に、いよいよ俺は疑問を強くした。
利依は利依で、そんな父さんに侮蔑の眼差しを向け、悪態を吐いた。
「良いじゃない、死んだって。あの子は兄さんを捨てたし、私達の気持ちも考えずに勝手に出ていったのよ?もうここの家の人間じゃないわ。」
(・・・っ!?)
利依のその言葉を聞いたとたん、急激に何かがひび割れ、砕け散るような衝撃が走った。そして、今まで以上に早く動き出した思考。その思考が弾き出した答えは・・・。
「それが、そんな考えがあなた方の奥底にあったから、あの人はここから出て行ったんですよ!!彼女の過去もろくに知らないクセによくそんな事が言えますね?彼女がどんなに苦しんでいたかも知りもしないクセに。口先ではなんとでも言えますよ。彼女が何も打ち明けてくれないから?相談してくれないから?」
常の彼らしからぬ激昂は、屋敷中にいた使用人達の関心を買い、注目を集めた。
そして、次に彼から発せられた衝撃の事実に、俺は心臓が止まりかけた。
「誰が例え血が繋がっていなかったとは言え、父親に体を弄ばれ、母親や姉に虐待されていたと言えますか。それだけではなく、度重なる心労やストレス、それに伴う発病に体の不調。漸く掴みかけた新しい命と言う光と希望も、もう彼女は失ってしまった。何が疲れたですか、何が兄を捨てたですか、何が勝手に出て行ったですか。彼女は、あの人は、そんな人ではありません!!」
失礼しますと、糸帆さんの手を掴み、来た時同様、嵐のように出て行った紘人に、あやめと万菜の二人は、まるで坂から転げ落ちる小石のように慌てて追いかけて行った。
俺はそれをただ見送る事しか出来なかった。
急な話に、信じ難い事実に、それを信じる事が出来ず、誰かに否定して欲しいと思った。
(ウソだろ・・・、吉乃!!)
しかし、それは紛れもなく信じ難いほどの真実であり、事実だった。
だいぶ変わりましたよ。
でも、こっちの方がいいかと思います。多分。