♪、48 信じ難い事実①
智視点
世の中には、全てが過ぎ去ってしまってから知らされる真実や事実がある。
それを知識としては知っていたのに、実際にそれに遭遇した時、俺は中々その真実や事実を受け入れる事が出来なかった。
綾橋 宗梧 様、平 すみれ と、書かれたその荷物が家に届いたのは、午後の15時を過ぎた頃だった。
贈り主の文字を見れば、若いそれと判る女性の繊細な文字。だがそれはかつて妻だった彼女の文字にも酷似していた。
それに気付いた途端、急激に下降していく気分。それを察知したのか、宅配員はせわしなく受け取りにサインを求めてきた。俺はすぐにそれに応じてやり、冷やかな眼差しをその荷物に向けた。
「あの、その、贈り主様からメッセージを言付かってますので・・・」
「結構です」
「え・・・?」
俺の返事に驚いたのか、それとも信じられなかったのか、驚きの声を漏らした配送員は、それでもすぐに持ち直し、顔を歪め、半ば睨むような眼差しを残し帰っていった。
「あら、随分大きな荷物ね?誰から」
受け取った荷物をどうすべきかと思案しつつ、今帰った配送員の眼差しの真意を腕を組み、玄関ホールで考え込んでいると、甘え、欲を誘いこむような態度で背後から腕を回し抱きついて来た女、――万季が、贈り主の欄を見るなり、妖艶な真っ赤な唇を歪めた。
でもそれはほんの一瞬の事で、俺が瞬きをした後は、その唇でキスをしてきた。
ぴちゃりと音を立て、絡み合う自分の舌と、女の舌。
それに応じるようにしてやれば、女の顔は勝利と欲に塗れた表情をその顔に浮かべた。
「ねぇ、そろそろ結婚しない・・・?」
「その内な・・・。」
嘗てはトップモデルであり、現役復帰した今では、女優業にも進出しているこの女は、俺の周囲に山といるタイプの女だった。
己のステータスの為に、己の価値を高める為に男を求める。
俺を求めている訳ではない。求めているのは俺が背負っている家名と言う名のブランド。
それを知りながらこの女の望むままに応じているのは、もうどうでも良いからだ。
会社も人生も、全てがもうどうでも良い。
どうせ俺は死んだアイツの、兄の代わりでしかないのだから。
常に成績を比べられ、何もかも比較され続けた人生。
個を主張しようと思えば抑えられ、従おうと思えば嘲笑われ。
それが窮屈で、耐えられなくなり、高校卒業と同時に家から飛び出し、海外へと逃げ出し、そのまま現地の店を転々としながら磨き上げた料理の腕。
現地での料理人としての資格も取り、日本での調理師の資格も取り、まさにこれからと言う時に、その知らせは届き、それと同時に俺の自由は終わりを告げた。
現地のオーナーシェフは俺の家庭環境を聞き、苦々しい表情を浮かべた。
『これだから日本人は・・・、サトシ、君は君だ。兄ではない。君は私達の最高の仲間だ』
その言葉は嬉しかった。
本当に嬉しかった。
出来ればそのままそこに留まりたかった位に。
それでも故郷である国に戻ったのは、度々掛かって来る両親からの電話が理由だった。
日に日に憔悴してくる両親の声。
震え、掠れきった声。
いくら憎んでいる両親とはいえ、放っておく事は出来なかった。
そしていざ急いで帰国し、家に帰って見れば、用意されていたのは山ほど積んであった見合い写真。
落ち着く暇も与えられないまま、次から次に写真を見せられ、結婚をせかされ。
そんな時だった。
俺が彼女に出会ったのは。
両親や親族の圧力に足掻き切れずに屈してしまい、仕方なく社長就任の為に会社に挨拶しに来た日、偶然見かけた彼女の姿。
声も出さず、涙を流し続ける彼女は、やけに印象的だった。
気紛れを起こし、慰めようと足をそちらに進めかけた時。
『吉乃!!』
その声がその場に響いた瞬間、彼女は顔を上げ、迷わず自分の名を呼んだ男の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
何があったのかは知らなかった。知ろうともしなかった。
それが最初の過ちであり、全ての元凶とも言える事だったのだと気付いたのは、彼女の全てを絶望したような涙を見た時だった。
俺がしたのは、男の上風にもおけない事で、非情さと残忍さを織り交ぜた、全く無責任な行為だった。
ここでいったんストップ。