♪、45 想い出の場所で・・・。
遠足編です。
秋晴れとは、こんな日の事を言うのだろうか。
空には雲一つもなく、何処までも蒼く澄み渡っていて、時折吹く風は、冷たくもなく、熱くもない程良さで。
「いい天気ですね、すみれ先生」
「きっとすみれ先生の日頃の行いがえいちゃんより良いからだよ。」
むッ、それは言いすぎではないかい?と、まるで掛け合い漫才の様な小西先生と長沼先生のやり取りを聞き流しながら、それでもきちんと園児達の様子を見守っている斡嶋先生を見比べ、私は斡嶋先生の方へ駆けよった。
「あ、すみれ先生、走っちゃダメじゃない!!」
「そうだよ、あかちゃん、ビックリしちゃうよ!!」
「ご、ごめんなさい、ついつい。」
それを見咎め、いち早く私に注意喚起をしたのは、遠足に来ていた園児達だった。
最近のみんなは、自分達の親が吃驚するくらい私に過保護で、それはそれぞれの家庭にも波及しているらしい。
特に、妊娠が発覚した家庭では、その子は我儘を言う事も少なくなり、大人しくなったと言う。
「ホント、先生はおっちょこちょいなんだから」
呆れたように言う園児達に謝りつつ、私は事前に購入しておいた入園パスを、掛け合い漫才を終えた小西先生と長沼先生で配った。
私達が園児の為に選んだ遠足の場所は、私の想い出の場所。
智と形ばかりのお見合いをした後、結婚するまでの短い期間、何回か来た場所であり、初めて二人で来た想い出の場所。
ここは年々減少する来園者数の影響で、年内で閉園が決まっていて、そのせいか最近では誰も来ないらしく、こうして小さな子供たちを何人も連れてきても迷惑にならないらしい。
「勿体無いですね、閉園しちゃうだなんて・・・。こんなに綺麗なのに」
「仕方ないのよ。今の時代に誰も植物園を求めてないのよ。」
悲しいけどね、と言った私に、斡嶋先生はそれならと、さらりと言った。
「離婚する前に、買収でもすれば良かったじゃないですか。」
その言葉に、私は斡嶋先生をギロリと睨んだ。
そんな事を簡単に言わないで欲しかった。
確かにお金でモノを言わせ買収すれば、ここは閉園しなくて済んだだろう。
でも、そのお金が何処から出てくると思っているんだろう。
いくら創業者宗家だったとしても、植物園を土地付きで全て購入するほど財力は無い。
例え買えたとしても、それ以降の維持管理費までは永遠に保証できないのだから。
「お金で買えない事もあるから、想い出は残るんですよ?」
私の常にない強い態度に、斡嶋先生は気まずげに私から視線を逸らした。
そして訪れたのは、言いようのない異様な雰囲気。
暫くの間、誰も口を開かなかった。
しかし、それは唐突に終わりを告げた。
「せんせーい、このお花、なぁーに?」
明るくて、元気のいい声に、私はその声が聴こえた方に目を向け、破願した。
そこにいたのは、今となっては仲良し三人組となったあやめちゃん・綟花ちゃん・万菜ちゃんの三人で、その三人が見ていたのは、マリーゴールドだった。
私は三人がいる方へ歩み寄り、しゃがんで花にそっと触れた。
「マリーゴールドよ。花言葉は健康・可憐な愛情・嫉妬・悲哀・勇者・別れの悲しみ」
「じゃあ、これは?」
そう言って万菜ちゃんが次に指差したのは、ビオラとローズマリーだった。
花の名前を聞かれたので、教えてやり、更に花言葉を聞かれたので、持ってきていた花言葉の辞典で調べ、教えてあげた。
「ビオラは誠実な愛、私の事を思って下さい。ローズマリーは、あなたは私を蘇らせる、追憶、思い出、ね。で、これがどうしたの?」
花言葉を聞いたあやめちゃんと万菜ちゃんが、にっこりと嬉しそうに微笑んだので、理由を聞いてみれば、二人は声を揃えて「「ヒミツ~」」と、楽しげに言った。
どうやら教えてくれる気はないらしい。
(・・・?なんなの?)
多少の疑問を覚えつつも、私はそれを切っ掛けに、次々と花言葉を聞いてくる子たちに応え、花言葉を教えた。
花言葉を聞いて来たある子は、それが自分の両親の思い出の花だと教えてくれた。
「チェリーセージね・・・。燃ゆる思い、か。素敵ね。」
そんな事をしながらなんだかんだ楽しんでいた私は、いつの間にやら斡嶋先生との先程の気まずげさも忘れ、引率に来ていた先生達と子供達で仲良く植物園を散策していた。
その雰囲気が長く続かないと知らないまま・・・。
*
神様が私を試すかのような試練を与えたのは、これからお昼のお弁当を食べ様と言う時だった。
万菜ちゃんが途端にきょろきょろし出し、どうしたのと聞けば、お弁当が届くのを待っているらしい。
それを一緒に待っているのは、やはりあやめちゃんと綟花ちゃん。そして、それからその他の女の子達。
私はその間にレジャーシートを適当な所に広げ、そこに腰をおろし、温かいお茶を飲む為、水筒をリュックの中から出した。
と、その時。
「パパッ!!」
万菜ちゃんのその嬉しそうな声に、私の心臓はドクリと、鼓動を打った。
嫌なのに、視線は自然とそちらの方に向き、それを見た瞬間、私は息が止まりそうになった。
(・・・・・・っ、)
冷たく、何も見ていない、何も映していないあの人の瞳。
その瞳が私の方へ向けられた瞬間、その瞳に浮かんだ色に、感情に、私は熱いお茶を注いだ水筒の蓋を落し、言葉にならない言葉を喉に詰まらせ、急激な感情の変化についていけなくなった体が命じるがまま、意識をシャットダウンした。
私が見たのは、あの人が私を憎んでいるような、深い憎悪が籠った氷より冷たく、とても鋭い眼差しだった。
だいぶ削り、変えました。