♪、42 事務室で・・・④
更新。
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「・・・・・・」
「・・・・・・」
泣くあやめちゃんをなんとか宥め、侑里音さんと向き直せたのは、すばるちゃんが私に淹れてくれたホットミルクがすっかり冷め切ってしまった後だった。
ここに運良く就職し、まだ一ヶ月も経っていない新人である私が、こんな騒ぎを起こしてしまっても、他の先生方は一切口を出してこない。
その理由は正しくは解らないけど、多分、私と侑里音さんの関係に、薄々ながらも気付いたからだろう。
ここの先生達は、私が綾橋家の嫁だった事を知っている。
そして、私がどうして離婚したかも。
だから、先生達は何も聞いてこないし、必要以上に干渉してこない。
でも斡嶋先生は「君のその言動は、小学生レベルにしか見えないし、聞こえない。もう少し、大人として、他者の事を思いやる心を持ったら?」と、常に注意してくる。
それを言われる度、注意される度、「貴方に私の気持ちは解らない癖に!!」と、僻んでしまったけれど。
心を落ち着けるように、深く深呼吸を数回繰り返し、落ち着いた精神状態で侑里音さん達の様子を見伺えば、急に恥ずかしくなった。
私は本当に自分の事しか考えていなかった。
侑里音さんの目は、真っ赤に腫れ、充血していて、良く良く注意して見てみれば、あんなに綺麗に丁寧に手入れされていた肌は荒れていた。
こんなになるまで、私は彼女に心配を掛け、身勝手に行動した。
これ以上言い逃れ、知らない、人違いだと言い続ければ、侑里音さんの心を病んでしまうだろう。
それは決して私の本意ではない。
ならば。
膝の上に広げた対応マニュアルをパタリと閉じ、私は侑里音さんとしっかり向き合った。
「そう、ですね。私は確かに恥知らずなのかも知れません。」
「じゃあ、やっぱりッ!!」
いきり立つ侑里音さんを座る様に促し、冷めたミルクを飲む。
ほんのりと甘く香るのは、ミルクの香り。
甘さもミルクの自然の甘さ。
偽りは一切ない。
私もミルクの様な人間になれるだろうか。
穢れのない、真っ白で、無垢な、年相応の女性に。
「咲田さんが疑う様に、私は嘗て綾橋家にいました。3年前、結婚して、今年の初夏までは思いも通じず、話し合いもせず、身勝手な思いを抱き続けていました」
智は私を愛してない。
私達の間に愛なんてないと。
「勝手に絶望し、自暴自棄に陥り、病気に掛り。不幸になればなるほど、惨めで、辛くて。それでも彼だけは、彼だけは・・・」
途端に呼吸が上手く出来なくなった。
でも、この想いは伝えたい。
胸元の布地を掴み、懸命に口を開き、言葉を紡ぐ。
「家族に、虐待されていた私を、愛してくれたから・・・っ、その彼が、疲れたって、疲れたって、言ったんです。あんなに自信に溢れてたのに・・・。」
不幸にしたくない。
不幸になんかしたくない。
「もう、解放してあげたかったんです・・・。【私】という、重い枷から・・・。」
段々呼吸が荒くなり、苦しくなっていく。
でも、辞めたりなんかしない。
本当に苦しいのは、私じゃないから・・・。
「恨んでも良いから・・・、」
「もう辞めてッ、判ったから。判ったからもう辞めて、すみれ先生。」
その様子を黙ってずっと見ていた侑里音さんが、頭を振り、涙を流した。
そして、そのまま暫く涙を流し続け、黙りこんだ。
だいぶオカシイ方向にいってますね。
でも、・・・うん。
仕方ないよね?