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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第四幕:新しい生活と命
39/97

♪、38 新しい職場②

更新。

「すーちゃん、次はなに?」


 園児達に求められるまま、チューリップや、小犬のワルツを弾き終わった私に、そう言葉を掛けたのは、私が今勤めている【ひなた保育所】の中で、一番若い女の子、――椎名 すばるちゃん、19歳、保育士として勉強中――の腕の中で、キラキラと団栗の様な大きな瞳を輝かせている女の子だった。


 そしてその女の子は、何の因果なのか、あの女の娘である万菜ちゃんだった。


 最初に万菜ちゃんをここで見た時、私は目に見えるはずのない存在である神様や先祖を恨んだ。


 どれだけ私を虐め、傷めつけ、悲しませ、苦しめれば気が済むのかと。


 けど、そんな私をそんなジレンマと苦しみから救ってくれたのは、他でもない、万菜ちゃん本人だった。


 万菜ちゃんは私を見上げるなり、頭を下げて謝った。

 今でもその時の事は、克明に覚えている。


『ごめんなさい、ごめんなさい、ママが・・・、ママが・・・。』


 大人の視線を恐れているかのように、萎縮しながらも、それでも繰り返し謝り、頭を下げる彼女に、私は過去の自分を見た様な気がした。



 ――叩かれるんじゃないか、縛られるんじゃないのか、食事が貰えないんじゃないないか・・・。


 


 それは虐待を受けている子からしか感じられず、持っていない、特有の雰囲気だった。


 その空気を感じ取ってしまった瞬間、私は自分で自分が恥ずかしくなった。


(この子は悪くないのに・・・。)


 そう思えてしまえれば、私は視線を合わせ、よろしくね、と、優しく微笑む事が出来た。

 

 万菜ちゃんは万菜ちゃんで、その日からは私の事を『すーちゃん』と呼び、慕ってくれている。


 因みに、ここの保育所では、先生達は愛称で呼ばれていて、私は好きな花が<すみれ>だと、園児達の前で自己紹介したら、それならと一斉に『すみれ先生だね』と言われ、名付けてくれた。


 園児達の保護者にも、私は『平 すみれ』と、今では認識されていて、本名だと思われている。


 それはきっと、先生達の言動にも原因があると思う。

 何しろ。


「すみれ先生、万菜ちゃんのお帰りの支度をお願いします。」


 次は何を弾こうかと考えている所に、そう言って、ひょっこりと姿を現したのは、優しい雰囲気と笑窪が特徴で、少しぽっちゃりしている小西先生だった。


 私はその小西先生の言葉に思わず、苦笑いを漏らしてしまった。


「また私ですか?小西先生」


「だって、すばるちゃんは学生だし、あっ君は今忙しいし、私はあの人苦手だから。」


「だったら、」


「あ、えいちゃんは赤ちゃん達のお世話で忙しいし、所長は来客中だから無理。」


 先手を奪われ、がっくりと肩を落とす暇もなく、私はすばるちゃんの腕の中にいる万菜ちゃんに声を掛け、次に、他の子達にも声を掛けた。


「今日はこれでおしまい。あとはこにっちゃん先生に本を読んで貰ってね」


 背に背負った赤ちゃんを気にしつつ、万菜ちゃんの手を引き、【せんせいたちのおへや】と書かれた事務室に行き、今日の分のお便りと記入済みの連絡帳を持ち、万菜ちゃんの鞄と上着のある部屋に行き、身支度を整えさせ、万菜ちゃんを迎えに来たと言う人の前に立った。


「お迎えありがとうございます。」


「――、お嬢様はどうでしたか・・・?」 


「今日もとてもいい子でしたよ。ご飯もたくさん食べて、体重も標準に近づいてきました。」


「そうですか・・・。」


 いつもいつも、この時ばかりは油断がならない。


 何故なら万菜ちゃんを毎回送り迎えしている人は、私の元婚家の人達で、特に今私の目の前にいて、背筋をピシッと伸ばし、立っている男性は、お義父様と智からの信頼が厚い使用人の長でもある執事の川幡かわばた 総真そうまさん、76歳。


 彼の前では、誰も嘘がつけない。


 何故なら、彼は利き足を怪我さえしていなければ、今頃は警察の元官僚として、悠々自適の生活を送っていただろうから。


 それでも必死に嘘をつき続ける私は、彼から見れば、生まれたてのヒヨコの様なものなのだろう。


 最初、この川幡さんが万菜ちゃんを迎えに来た時は、我ながら呆れるくらい勝手に胸を痛め、涙を流してしまったけれど、昨日離婚届を正式に受理された今では、もう胸も痛まない。


 感じるのは、切なさと、僅かな寂寥感だけ。

 それ以外はもう感じられない。


 それより、私が気に掛るのは。


「また、傷が増えてらっしゃるようなのですが?改善されなければ、警察に通報することになりますよ?」


「・・・っ、申し訳、ございません・・・、おくさ、」


「城花さん、謝る相手は万菜ちゃんです。一介の保育士に謝るくらいなら、改善して下さい。県や国の視察の方々が来て、指摘でもされたら庇いきれませんので。」


 奥様、と、言い掛けた川幡さんの言葉尻を切って、私は忠告をして、万菜ちゃんに微笑み、抱きしめた。


 その時、少し吐き気がしたのは、きっと私がお腹の子の事を少し忘れたからだろう。


 その吐き気に苦笑を洩らし、私は川幡さんと万菜ちゃんが帰り、後ろ姿が見えなくなるまで、外に立ち続けた。

 

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