♪、37 新しい職場①
更新。
胸がズキズキと痛み、疼くのは、心を偽っているせいで、どうしようもなく寂しく、罪悪感があるから。
昨日のあやめちゃんが最後に見せたあの表情は、私が望んだものだったのに、心は血と涙を流し、荒れた。
まだ小さいのに、あの憎しみと悲しみが内交じりになった、傷ついた瞳と表情。
それを望み、実行したのは私だと言うのに、心が声なき悲鳴を上げた。
許して、本心じゃないの。
本当は愛してるの。
戻りたいの。
抱きしめて、抱きしめられたい。
なんて自分勝手で、浅ましく、醜い黒い気持ちを持ち、償いきれない罪だと知りながらも、まだ許して欲しいと願っている。
「愛してるなんて・・・、どの口が言うのよ・・・。」
ポロリと、口から洩れたのは、暗い、暗い、淀んだ本音・・・。
そんな私の背後から、ドンっと、勢いよく抱きついて来たのは数人の園児達。
「すみれせんせ~い。ピアノ、弾いてぇ~?」
ピンク色のエプロンにまとわりつき、「ねぇ、ねぇ」と、甘えるのは、あやめちゃんよりまだ小さな女の子達。
その子達の近くにいた、まだハイハイを覚えたばかりの赤ちゃんを抱き上げ、音楽室に移動し、せがまれるままピアノの前に座った。
「何が良いの?」
私のこの問い掛けに、みんなは一斉に口を開いた。と、途端に、音楽室は賑やかで、幼く、拙い声で溢れた。
その間に私は赤ちゃんを背に背負い、おんぶ帯で固定した。
「せんせい、決まったよ~」
にっこりと微笑むのは、明るい女の子。
男の人が近づくと、怯えたりするけど、とても愛らしい女の子。
私はその女の子に、嘘も偽りも、何もない笑みを向け、ピアノを弾いた。
本来、私は事務員としてこの保育所に雇われた。
それが今、どうしてこんな事になっているのか。
答えは簡単。
元々、人員が足りなかった所に、保育士の資格を持った人が現れたら、経営者の誰だって事務員と兼務させるだろう。
そして止めは、誰もいないと思って弾いた、月光のピアノのソナタ。
昔はする事がなく、檻のような閉じ込められた家の中で、嫌々に弾いていたピアノ。
だけど皮肉にも、そのピアノは、いつしか類以外では、最も私を癒やしてくれる存在になっていた。
完全な恋人となれなかった類と初めて喧嘩した時、学校で虐められていた時、そしてあの獣に穢された時。
今となっては、悔いても、悔い切れない苦い過去と、思い出したくもない過去を思い出しながら・・・。
最後の一音をポーンと響かせ、指を鍵盤から離した時聞こえたのは、パチパチと、小さな音を立て拍手していた小さな観客の思いの詰まったエールの音。
その時の小さな観客達がここの所長に報告した事で、私は時々(と言ってもほぼ毎日。)保育士として働くようになったのだった。
短いけど、ここまで。