表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第一幕:吉乃の入院と病
3/97

♪、2 キス

短いですけど、更新。

 まだ、ダメよ・・・。

 まだこちらに来てはダメよ・・・。

 私の愛しい---。


 

 生と死の空間で彷徨っていた私を現実に連れ戻してくれたのは、どこかやさしく、慈愛に満ちた知らない声と、頬に感じた痛みだった。


 その頬の痛みに目を開くと、そこには何故かアノ人達がいた。


(ど、どうして、いるのよ!!)


 いたのは、菜々宮の母と姉。


「吉乃・・・?吉乃!!良かった。あなた、智さん、吉乃が目を醒ましましたわ。」


 恐怖で凍りついた私の身体を、母は涙で潤んだ瞳を細め、嬉しげに微笑んで見せ、私の身体を起こし、ベットも起こし、甲斐甲斐しく世話を焼いた。


 傍から見れば、美しい家族愛に見えるこの光景。

 私はその光景を守る為に、固まった表情筋を動かし、微笑んで見せた。


「お母さん、私、少し寝過ぎちゃった?」


 掠れた小さな声は、母と姉の気に召さなかった様だった。


「吉乃、アンタ憶えてないの?アンタはね、過労で倒れたのよ。智さんが病院に連れてきてくれなかったら、危なかったのよ!?」


 姉は私の胸元を、ぐっ、と、力を込め鷲掴み、揺さぶった。


「い、痛いよ、翠ねぇ。分かったから放してよ。」


 いつもこうだ。


 諦めながら、抵抗しつつもそのまま揺さぶられていた私は、逸らした視線の先で、初めて戸籍上の夫と目があった。


 智は何故か酷く憔悴していて、私が自分を見ている事に気付くと、顔を歪め、手を伸ばしてきた。


 後から思いだせば、私はこの時初めて、智の顔を見たと思う。


 不安そうに歪められた顔は、確かに私を案じていてくれていた。


 静に、ねっとりと絡み合う視線。


 結婚して、恐らく初めて絡み合った視線。

 そしてそれは、私に戸惑いと熱を生じさせた。


「あれ?吉乃、アンタ熱でもあるの?顔が真っ赤よ?」


「ふぇっ!?」


(そ、そんな・・・。)


 私は姉の言葉を否定しながら、まるで智の視線から逃げるかのように布団を被った。

 だけど、病院の布団は薄くて頼りない。


 私はいとも容易く姉に布団を捲られ、姉を恨んだ。


 返して、と、繋がる筈だった言葉は、あっさりと固まってしまった。


(どうして、キスされてるの!?)


 すっかり混乱してしまっていた私は、抵抗す事さえ忘れ、智から与えられた、熱く、性急なキスに溺れ、気がついた時には胸元が肌蹴られ、ベットの上で羞恥に悶えていた。


 キスに溺れながらも、それとなく家族の姿を探したけど、家族の姿は既になく、病室には私の乱れた吐息だけが甘く響く。


「ん・・・、ゃっ・・・。」


 思考がついていかない。


 首筋に感じた痛みと、ちゅっと、濡れた音で、更に何も考えられなくなった。


「吉乃、吉乃・・・っ。」


 フロントホックのブラジャーに、大きな手が掛かった時、甘く、乱れた空気を邪魔するかのように、病院に一人の女性が現れた。


「智さん、迎えに来ちゃった。」


 艶やかで、自信に満ちた、私とは正反対の魅力的な女性の登場で、私は瞬時に正気に立ち返っていた。


 乱された病衣を手早く直し、ベットから降りる。


 淫らなこの身体が、堪らなく嫌だった。


「ちょっとトイレに行ってきます。」


「吉乃、戻ってこいよ?」


「・・・・・・・・・。」


(アナタは何処まで私を苦しめるの・・・?)


 私が返事をしない事に、何かを察知したのか、智は私と目を合せ、念を押すように「行ってこい」と言いながら、肩を軽く叩いた。



 病室から出た私は、当てもなくなく院内を歩いた。


(どうして抵抗しなかったの?)


 答えなら解っていた。

 だけど、考えずにはいられなかった。


 歩きながら考えているのは、つい先程までの事。


 キスされた瞬間は驚きで、段々と深くなっていくキスは、女としての本能が働いてしまったのか、浅ましくも止められなかった。



 抵抗できなかったのは嬉しかったから。


(なんだ、嬉しかったの?私は。あんなに嫌だったのに・・・、あんなに・・・。)


 報われない恋はしないと、あの時に誓っていたというのに。


 自分で自分が情けなくなってくる。


 ぼろぼろと勝手に溢れてくる涙で、前が見えなくなってきた私に、神様は私に更なる試練を科そうとしていた。

 

 だからだろうか。


 私が気付かない内に智につけられ、首筋に咲いた紅い花は、励ますかのように中々消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ