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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第三幕:吹き荒れる嵐、覗いた闇
28/97

♪、27 あふれた闇、壊れた心①

何とか、間に合うかも?

 ピカピカに磨かれたテーブルに、こまめに手入れをされた革張りのソファー。


「何か言いたい事はあるか?二人とも。」


 朗々と、でも、淡々と社長室に響く、社長としての智の声。


 この社長室に入れるのは、社長に入室を許された人と、彼の秘書だけ。

 その特別な空間に、私と七海、智と梨雫部長は、向き合う様にしてソファに座っている。


 七海と私はあの後すぐに智と梨雫部長に引き連れられ、この社長室にやって来た。


 七海は機嫌が悪いのか、ものすごく不機嫌そうにクッションを胸に抱いて、智と部長から顔を逸らしている。

 そんな七海を、部長はさっきからずっと見つめている。


 何も知らない人から見れば、睨んでいるとしか思えないだろう部長の瞳は、それでも、七海の事を熱く見つめている。


 私に解かるのは、何故なのかは解らない。だけど、解る。


(それも切ないわね・・・。)


 部長は本当に七海の事が好きな様だ。


「何も話す事なんてありません。アタシと吉乃は女のコ同士のお喋りしてただけです。ね?吉乃。」


「え?あ、そうね。普通に話してただけね。確かに。」


 私の同意に、可愛い顔を仏頂面にしていた七海は、少しはにかみ、頬を桃色に染めた。


 私はその反応と、七海に名前を呼び捨てにされた事が嬉しくて、頬が緩んでしまいそうになった。


 でも、その微かな喜びと嬉しさを引き締める為、私は自分で自分の頬を抓った。

 それと言うのも、今が尋問中だからだ。


「女のコ同士のお喋り、か。吉乃、不満があるのなら言ってみろ。」


 智の、氷の如き突き刺すような視線と、口調。

 決して偽りや、言い訳を許さない瞳。


 でも。


(全て話せるほど、人は清くない。)


 誰にだって知られたくない、言いたくない事の一つや二つくらい、ある。


「昔話をしてただけよ。ねぇ、七海。それなのに怒られるなんて、私達、何かしたかしら。」


「そうよね、この会社はろくにガールズトークも出来ないわ。」 


 私達って、可哀想。


 と、二人で話を逸らす為、チクチク嫌味交じりの愚痴を吐きながらも、内心ひやひやしていた。


 一体、いつ、どこから話を聞いていたのだろう。

 それによって、言い訳の言葉が、取るべき態度が違ってくる。


 私達の態度をどう取ったのか、智は思いっきり溜息を吐き、社長室に備えてある冷蔵庫から、ミネラルウォーターを二本取り出し、私と七海に投げ渡した。


 その放り投げられたペットボトルを手に二人で困惑していると、智が静かな声で「飲め」と促してきた。


「吉乃、お前は確か体調不良で、休憩室で休むように命じられていたはずだ。なのにどうして屋上で煙草を吸っている。不満があるから、煙草を吸っていたんだろう?」


 「それでも不満はないと言い張るのか?」と、問われ、何と答えていいか迷った私は、結局答える事を避け、水を飲んだ。


「煙草を止めろとは言わない。だが控えろ。お義姉さん達も心配している」


 ピキン、と、何かに皹が入る音が聴こえた様な気がした。


(今、なんて言ったの・・・?)


 智は今、お義姉さん達、と、言わなかっただろうか。

    

 あの日、縁を切ったはずの人達を。


 不愉快さとおかしさで、くつくつと低い笑いが、失笑が漏れてしまった。


(血の繫がりがない人が姉?人を打つ女が母親?娘に手を出して孕ませるのが父親だと言うの?)


 確かに傍から見れば、あの人達はさぞかし理想の良い家族だった事だろう。

 でも実際は、あの人達は私の家族でも、親でもなんでもなかった。


 婚約が決定した時、そして、建川先生と初めて会った時、改めて以前調べた結果を、紘人さんと確認した時、私は救われた様な気がした。


 ああ、私は実の父親に犯されてたのではない。

 両親に愛されていた訳でもない。

 私は、独りだ。


 鑑定結果の書類は、月曜日に全て揃った。


 その書類に記されてあった結果に、私は安堵して、悲しくなった。


 顔しか知らないお母さん。

 貴女は今、どんな思いをしているのでしょうか。

 私を見て、悲しんではいないでしょうか。

 育てて貰った人達に、悪意しか持てない私を、感謝も出来ない冷たい娘だとは思ってないでしょうか。


 都筑さんから形見分けで貰った指輪を、虚ろな瞳で見降ろす。


 お母さんが初めて建川先生とデートした夏祭りで買って貰った、おもちゃの指輪。


「その指輪、綺麗。誰に貰ったの?」


 七海のその声も聞こえなかった。


 ただ、ピンクと翠と紫のプラスチックの石が埋め込まれた、安い指輪を見ていた。


 いつもの私なら、七海の問いにも「そんな事無いわよ、貰いものよ」と、返せていただろうに、私はただずっと、何かを求めるように指輪を見続けていた。


(逢いたい、会いたい、あいたい。)


 今、私は、とても貴女に逢いたい。

 逢って、抱きしめて欲しい。


「どうした、具合でも悪くなったのか」


 智の気遣う声が、なぜかとても神経に障った。


(何とも思ってない癖に。

 心配なんかしてない癖に。

 元気な両親に妹、従兄に姪、健康な体に名誉。

 全て持ってる人に、何が解るっていうの?)


 勝手な八つ当たりだと人は言うだろうし、私も解っている。

 だけど、一度溢れ出してしまった狂気は止まらない。


 心も瞳も、紅い液体を流し続け、助けて、憎い、苦しいと叫んでいる。


 なのに、智、アナタは・・・。


「暫く実家に帰ると良い。どうやら、今はお互いに距離が必要らしい。」


「・・・・・・・・っ」


 私が智の問いに答えられず、智の提案に何も言わず、泣き声を押し殺している間に、智は勝手な判断を下そうとしていた。


 そして。


「こんな時にも、お前は何も言わないんだな。俺は人形と結婚した訳じゃない。」


 --もう、疲れた。


 その一言が、私を狂わせた。


 

 ビキビキと割れる、心の欠片。

 噴出して止まらない、心の血。


(あぁ、ステラレタ。アナタモワタシヲステルノネ?ワタシガワルイカラ、キタナイカラ、ケガレテルカラ)


 おかしくもないのに突如として湧きあがってきた哄笑。


(誰も、私を理解してくれない、みてくれない。)


 あの日、誓った事さえも無意味になってしまった。


 私が何をしたというのだろう。

 何もしていないじゃないか。

 浮気も、隠し子も、責めなかったじゃない。

 

 なのに、なのに、どうして!!


「なら・・・、」


「吉乃?」

 

 七海の不安げな声が、私の耳に留まる事無く、すり抜けてゆく。


「なら、最初っから結婚なんかしなきゃ良かったじゃない。何よ、私だけが悪いって言うの?自分は隠し子だって居たくせに!!」


 本音を心のままに言って、叫んでしまった瞬間、私の心は完全に闇に呑まれ込み、壊れた。


 それにいち早く気付いたのは、やはり、傍にいた七海だった。


「吉乃、大丈夫?」


「なにが?よしのはへいきだよ?だって、よしのはいつもひとりだもん。ままとぱぱがいなくてもよしのはなかなかったよ?」


 ねぇ、だから、ほめて?


 子供還り、退行ともいえる症状に陥っていた私は、七海を母だと思い込んでいた。

 


 

長いなぁ~、次回に続く。

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