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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第三幕:吹き荒れる嵐、覗いた闇
27/97

♪、26 同盟と親友

負けたくない・・・。


ただ、それだけ。

 どれだけ時間が経った頃だろうか。


 煙草独特の匂いに、無理矢理意識を覚醒させられ、まだ重いと渋る瞼を開けば、千代田さんが硬く、難しそうな顔つきで煙草を片手に、何か深く考え込んでいた。


「あ、センパイ、起しちゃいましたか?」


 なのに、千代田さんは一瞬にして、いつもの笑顔を浮かべようとして、でも顔をクシャリと歪め、失敗して、そんな彼女の指先は、わずかに震えていた。


 煙草自体は何本目なのか、千代田さんが今持っている煙草の先端には火が付いていなかった。


 千代田さんはライターを制服のポケットから出すと、外に行きませんか、と、起きたばかりの私に誘いを掛けてきて、話がしたいんです。と、小さく呟いた。


 そこにいた千代田さんは、いつもの千代田さんではなく、一人で孤独に耐えている、弱い彼女の方だった。


 私はまだ寝ていたいと我儘な身体に鞭を打ち、そんな彼女の誘いを迷うことなく受け、休憩室から屋上へと場所を変えた。


 その際、エレベータを途中まで使い、社長室のあるフロアからは階段を使ったが、誰にも会わなかった。


 千代田さんは屋上に出るなり、ライターで煙草に火を灯すなり、深く溜め息をついた。

 その溜め息は、人生を諦めている敗者が吐くような、深く、悲しく、重たいものだった。


「部長って、成功者ですよね。社長にも気に入られてるし、仕事も的確で確実。しかも仕事をするのが早くて、容姿も完璧だから、女性社員には社長の次に人気がある。」


 千代田さんはそこで一端言葉を区切り、煙草の煙を吸い込んだ。


 今の千代田さんは、私に言葉を望んでいないのは、直ぐに判った。だから私は何も言わず、彼女の言葉に耳を傾けていた。


 彼女が求めているのは、おそらく同意だけで、批判などではない。


 同意できるかどうかは定かではないけれど。



 千代田さんは私の言葉を求めていない証拠に、ただ淡々と話し続ける。

 その姿は、懺悔にも似ていた。


「実は私、部長とお見合いしたんです。だけど、私は断りました。どうしてだと思います?答えは簡単ですよ。先輩と同じで、私、子供が望めない身体なんです。中2の時だったかな、私、レイプされて、妊娠して、中絶しました。その影響なのかは判らないんですけど、子供が出来る可能性は無いと言われませんでしたけど、お医者さんは難しいだろうって。」


 いつもとは百八十度異なる千代田さんの姿と態度は、私には叶わぬ恋に苦悩する女性に見えた。


 痛い程の沈黙が、私と千代田さんの間に流れた。でも、その沈黙も長くは続かなかった。


 千代田さんは自嘲にも似た笑みを浮かべると、まるで今までため込んできたモノを吐きだすように、再び言葉を紡ぎ出し始め、己の意識に反し溢れ出してきた涙をグイッと袖で拭った。


「だから私、最初は先輩が嫌いでした。私より大人で、綺麗で、大人で、恵まれてるのに、社長にも想われてるのに、何が不満なんだって。真正面から向き合おうとしない先輩が本当に嫌いで。でも、先輩が倒れたって聞いた時、入院の原因を知った時、私、心のどこかで喜んでたんです。ああ、先輩もなんだ、って。先輩も完璧じゃなかった。私と同じだって。好きだから近付けない、距離を置きたい。――社長を騙せても、私は騙されませんよ?」


(・・・・・・ッ)


 くるりと振り返って、私の瞳を覗き込んでくる千代田さんの暗い瞳は、私の心の中に音も無く忍び込み、何かを探り出すように笑む。


「一人で闘うのは寂しくないですか?私の血の繋がらないお姉ちゃんは、家族からも見放されて、一人で苦しんで逝きました。白血病で。」


 ――白血病。


 それは血液の癌ともいわれ、癌の中でも厄介な部類で、医療が発達した今でも、完治は難しい死を伴う病。


「私は一人でもう闘えませんし、闘うのは恐くて、辛くて、寂しいんです。先輩の瞳も恐い、助けてって、一人じゃ耐えきれないっ、て、叫んでる。」


 だからお願いします、私と一緒に、私も一緒に闘わせて下さいと、縋るように言われ、私は驚き半分、納得もした。


 あのいつも演じている『千代田 七海』は、恐怖心から逃れるため。

 ぶりっこを演じているのは、部長から嫌われる為。


(この子は、私を一緒だと言ってくれた。)


 子供を産めないと、己の不利にも、女として恥にもなる事もさらし、前は嫌いだった、と本音をぶつけてくれた千代田さん。


(この子なら・・・。)


 私は千代田さんの提案に承諾の意を込めて、偽りではなく、本物の笑みを浮かべ、大きく頷いた。


 この瞬間、私と千代田さんの間には不思議な同盟と、親友としての情愛が芽生え、お互いの仲は結ばれた。




 千代田さんは吃驚する位、クールな女の子だった。いや、クールというより、私より更に冷めた、冷淡な思考の持ち主で、人格だった。


「吉乃さんって、基本的に私と考え方が一緒ですよね。本当に好きになった相手には、薄くて頑丈な鉄壁の壁を作って、笑顔で騙す。それで嫌われるのを待ってるのに、嫌われたくない。我儘なことだって判ってるのに、こっちを見て欲しい。」


 すっかり打ち解けたのか、千代田さんは、あの媚びた、ブリブリで甘い声や口調で話すことなく、サバサバとした口調でマシンガントークを続けている。


 聞いたところによれば、あの口調は非常に疲れる上、頭が痛くなるそうだ。


(それもそうよね。)


 そんな千代田さんは、会話中でも煙草を離さず、常に紫煙を燻らせている。


「私があんな媚びた、馬鹿けた言動を振る舞っていれば、部長の家の方から縁談の話を断ってくれるって期待してるんです。部長と私の関係、知ってますか?血の繋がらない、叔父と姪なんですよ。」


 最初は死んだ方の姉が欲しかったみたいですけど、と語る千代田さんは、仄暗い笑みを浮かべた。


 更に千代田さんは、知ってますか?と、続けた。


「私って、17歳の時に今の両親と養子縁組したんです。姉の代わりに資産家に嫁ぐ人形を探してるって知らず。それが嫌で、短大卒業と同時にこっちに逃げてきたのに、部長がいて。最悪。」


「千代田さん、いいえ、七海、あなた、恋愛以前に、人と関わる事からもう嫌なのね。私もそうなの。――煙草、一本貰える?」


 私の発言に、七海の瞳が、くっ、と、見開かれた。でも、それは次第にいたずらっ子の様に、楽しげな光を宿し、私に煙草をくれた。


「良いんですか?煙草なんて吸っちゃって。癌だったんですよね?進行性の」


「今更よ。それに進行性じゃなくて、ただの悪性。まぁ、今は再発してないけど、どっちみっち、私の寿命はたかが知れてるのよ。それに私、16歳の時から隠れて吸ってたのよ。両親はおろか、智だって気付いてないわよ。知ってるのは梨雫部長と、七海だけね。」


 今時、真っ更で真っ白なヒロインなんていない。


 そんなヒロインとのロマンスなんて、誰が注目するだろうか。

 そんな甘々で、べたべたなロマンスが見たければ、自分で体験すればいい。


 人は影があるからこそ、そこを見て恋に落ちる。また、近くにいたいとも思う。


 少なくとも、私は恋がそういうものだと思い、考えている。



 ふーっ、と、紫煙を思いっきり吐き出せば、頭が少しはっきりする。


 喫煙自体久しぶりだからか、少し気分も浮上する。


「社長と夫婦だったのは驚きでしたけど、離婚はしないんですか?」


「どうかしら。愛されてるのは知ってるし、私も愛してるけど、それでも上手くいかなくて別れる人達はいるし。必ずしも付き合ったり、結婚したり、離婚するのが正解だとは思わない。私は今、智と夫婦だけど、それに少しだけ後悔してる所よ。騙してたり、隠してる罪悪感もあるし。」


 今日みたいに、智の過去に触れる日がある度、私は夫婦ゆえに、醜い感情を胸に宿し、智を束縛する。


 それでも離したくない、離れたくないと思うので、恋とは恐ろしく、厄介な代物だ。


 過去は誰にも変えられないというのに。


(厄介だわ、本当に。)


 すっかり短くなった煙草の火を揉み消し、七海と休憩室に戻るべく、屋上の出口へ振り向き、私は驚いた。


 神様は相当、私を虐めたいらしい。


 なんと、屋上の入り口には、憤りも露な、男性が二人も立っていたのだから。


次回は明日、更新。

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