♪、19 欠片を求めて②
2回目~。
今年の夏は一段と熱い。
額から滝の様に流れる汗をタオルで拭いながら、溜息を吐けば、暑さが一段と増したような気がする。
「あっつ・・・。」
お墓の掃除を始めて、なんだかんだでもう二時間が過ぎようとしている。なのにまだ終わりは見えてこない。
「ご精が出ますね。きっと身仏も貴女様に感謝しておられますよ。」
熱さのあまり、木陰で一休みしようと大きな楠の蔭に入った私に、法衣を着た住職さんが冷たいお茶を出してくれた。
そのお茶をありがたく飲めば、爽やかな口当たりが美味しいほうじ茶だった。
「お若いのに感心ですね。きっとお母様も喜ばれてると思いますよ。」
「え・・・?」
「おや、貴女は香也乃さんと芳寛さんのお子さんでしょ?」
違いますか?と、微笑まれ、私は困惑した。
私はそうであればいいと思っているし、実際、願っている。
でも・・・。
(どうして、解るの?断言できるの?)
今日初めて会って、今、初めて会話しただけなのに。
きっと、そんな私の困惑を感じ取ったのだろう。お坊さんは穏やかに微笑み、細い目を更に細めた。
「貴女は本当に香也乃さんにそっくりだ。強情で、泣き虫で、だけど誰よりも強く、儚く。自分の信念の為なら、愛する人を騙してまで、その物を手に入れる。いやいや、全く驚きました。」
嬉しそうに、それでも懐かしそうに。
「これも何かの縁でしょう。これを引き取っては下さいませんか?」
そう言って法衣の袂から差し出されたのは、一つのお守り袋と、紫水晶が付いた腕輪。
これは?と問えば、お坊さんは微笑みながら、「香也乃さんの遺品だ」と言った。それをどうして私に?と、さらに問えば、自分が持ってるより、貴女が持ってる方が良いからと言われ、持たされてしまった。
「信じられないかとは思いますが、香也乃さんが私の夢枕に現れまして。どうか、これを渡して欲しいと。愛されてますね」
では、ご無理をなさらずに、と、去って行く姿は、まるでこれが定められ、最初から決まっていた事だったかのような言動だった。
私に残されたのは、古いお守り袋と腕輪の二つと、お坊さんの言葉。
暫くそれを茫然と眺めていた私は、風がさわさわと流れる音で我に返り、残りの作業をすべくタオルを首に巻いた。
*
コトン、と、目の前のテーブルに置かれたのは、温かい湯気を立ち上らせた湯呑み茶碗。
私の髪からはまだ、ぽたり、ぽたりと、雫が垂れている。
「それにしても驚いたわ。本当に娘さんだっただなんて。」
「まだ、はっきり決まった訳ではありませんけど、多分、間違いないと思います。」
頭を下げた後、私はこの親切な人から掃除道具を借り、出来る限りお墓を掃除した。
その最中にお坊さんに話しかけられたのだ。
今の私の状況はと言えば、お墓の掃除が終わって、掃除道具を返そうと、聞いておいた住所を尋ねれば、「泊って行きなさいな」と、引き留められ、ついさっき、お風呂から上がったばかりだ。
この人は香也乃さんの幼馴染で、良く遊んでいたらしい。
昔の事を、色々と自分から話してくれた。
「あ、ところで吉乃さん、お家に連絡はしなくても良いの?きっとご家族の方々も心配してらっしゃるわ。」
柱時計を見れば、確かにもう遅い時間だった。
一応、書置きを残しておいて来たとはいえ、ここは素直に提案にしたがた方が良いだろうか。
(私だったら・・・、心配するわね・・・。)
迷ったのは一瞬。
私は携帯に電源を入れ、智と利依さん、紘人さんの三人にメールを贈り、再び携帯の電源を落した。
きっと智は心配している。
だけどあのまま智の傍にいたら、私は確実に爆発し、壊れ、責めていただろう。
それだけは嫌だった。
もう傷付けないと決めたのだから。
独り善がりな愛情だと言われようが、私にはこうするしかなかった。
二度と愛しい人を手放さない為に、私は今、ここにいる。
あの女と会話している時の智は、苦しそうだった。
利依さんは、私が智の初恋相手だと暴露してくれたけど、彼女に対する思いも少なからずあったと思う。
あの女は、私と一瞬目があった時、激しい敵意を確かに向けていた。
――返して貰うわよ・・・。
如何にも、智が自分のものであるかのように。
入院する前ならば、簡単に渡していただろう。
でも私は、私達二人は生まれ変わった。
目を閉じ、私は深呼吸を何度か繰り返し、長野の夜に誓った。
決して、あの女には負けはしない。と。
長野編、終了。