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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第二幕:嵐の予兆
20/97

♪、19 欠片を求めて②

2回目~。

 今年の夏は一段と熱い。


 額から滝の様に流れる汗をタオルで拭いながら、溜息を吐けば、暑さが一段と増したような気がする。


「あっつ・・・。」


 お墓の掃除を始めて、なんだかんだでもう二時間が過ぎようとしている。なのにまだ終わりは見えてこない。


「ご精が出ますね。きっと身仏も貴女様に感謝しておられますよ。」


 熱さのあまり、木陰で一休みしようと大きな楠の蔭に入った私に、法衣を着た住職さんが冷たいお茶を出してくれた。


 そのお茶をありがたく飲めば、爽やかな口当たりが美味しいほうじ茶だった。


「お若いのに感心ですね。きっとお母様も喜ばれてると思いますよ。」


「え・・・?」


「おや、貴女は香也乃さんと芳寛さんのお子さんでしょ?」


 違いますか?と、微笑まれ、私は困惑した。


 私はそうであればいいと思っているし、実際、願っている。

 でも・・・。


(どうして、解るの?断言できるの?)


 今日初めて会って、今、初めて会話しただけなのに。


 きっと、そんな私の困惑を感じ取ったのだろう。お坊さんは穏やかに微笑み、細い目を更に細めた。


「貴女は本当に香也乃さんにそっくりだ。強情で、泣き虫で、だけど誰よりも強く、儚く。自分の信念の為なら、愛する人を騙してまで、その物を手に入れる。いやいや、全く驚きました。」


 嬉しそうに、それでも懐かしそうに。


「これも何かの縁でしょう。これを引き取っては下さいませんか?」


 そう言って法衣の袂から差し出されたのは、一つのお守り袋と、紫水晶が付いた腕輪。


 これは?と問えば、お坊さんは微笑みながら、「香也乃さんの遺品だ」と言った。それをどうして私に?と、さらに問えば、自分が持ってるより、貴女が持ってる方が良いからと言われ、持たされてしまった。


「信じられないかとは思いますが、香也乃さんが私の夢枕に現れまして。どうか、これを渡して欲しいと。愛されてますね」


 では、ご無理をなさらずに、と、去って行く姿は、まるでこれが定められ、最初から決まっていた事だったかのような言動だった。


 私に残されたのは、古いお守り袋と腕輪の二つと、お坊さんの言葉。


 暫くそれを茫然と眺めていた私は、風がさわさわと流れる音で我に返り、残りの作業をすべくタオルを首に巻いた。




 コトン、と、目の前のテーブルに置かれたのは、温かい湯気を立ち上らせた湯呑み茶碗。


 私の髪からはまだ、ぽたり、ぽたりと、雫が垂れている。


「それにしても驚いたわ。本当に娘さんだっただなんて。」


「まだ、はっきり決まった訳ではありませんけど、多分、間違いないと思います。」


 頭を下げた後、私はこの親切な人から掃除道具を借り、出来る限りお墓を掃除した。

 その最中にお坊さんに話しかけられたのだ。


 今の私の状況はと言えば、お墓の掃除が終わって、掃除道具を返そうと、聞いておいた住所を尋ねれば、「泊って行きなさいな」と、引き留められ、ついさっき、お風呂から上がったばかりだ。


 この人は香也乃さんの幼馴染で、良く遊んでいたらしい。

 昔の事を、色々と自分から話してくれた。


「あ、ところで吉乃さん、お家に連絡はしなくても良いの?きっとご家族の方々も心配してらっしゃるわ。」


 柱時計を見れば、確かにもう遅い時間だった。


 一応、書置きを残しておいて来たとはいえ、ここは素直に提案にしたがた方が良いだろうか。


(私だったら・・・、心配するわね・・・。)


 迷ったのは一瞬。


 私は携帯に電源を入れ、智と利依さん、紘人さんの三人にメールを贈り、再び携帯の電源を落した。


 きっと智は心配している。

 だけどあのまま智の傍にいたら、私は確実に爆発し、壊れ、責めていただろう。


 それだけは嫌だった。

 もう傷付けないと決めたのだから。


 独り善がりな愛情だと言われようが、私にはこうするしかなかった。

 二度と愛しい人を手放さない為に、私は今、ここにいる。


 あの女と会話している時の智は、苦しそうだった。


 利依さんは、私が智の初恋相手だと暴露してくれたけど、彼女に対する思いも少なからずあったと思う。


 あの女は、私と一瞬目があった時、激しい敵意を確かに向けていた。


 ――返して貰うわよ・・・。


 如何にも、智が自分のものであるかのように。


 入院する前ならば、簡単に渡していただろう。

 でも私は、私達二人は生まれ変わった。


 目を閉じ、私は深呼吸を何度か繰り返し、長野の夜に誓った。


 決して、あの女には負けはしない。と。

 



  

 長野編、終了。

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