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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第二幕:嵐の予兆
19/97

♪、18 欠片を求めて①

更新、更新♪

 私は限りなく卑怯で、意気地がないのかもしれない。



 さらり、さらり。


 深い眠りに付いている二人の髪を撫でる手を止め、窓辺に近付き、カーテンをそっと開けてみる。

 

 まだ完全に夜は明けてはないけど、こればかりは仕方がない。


 長い髪をポニーテールで一纏めにし、鞄を持ち、静に寝室を出る。


(ごめんなさい、良い夢を・・・。)


 今、私がこれからしようとしている事は、誰からも理解されないかもしれない。だけど、どうしても知りたいし、自分で決めた事だから、止められても出ていく。


 時間が残っている間に知っておきたい、と言うより、後悔したくないから、今、動かなければならない。


 足音を忍ばせ、玄関の鍵を開け、ひっそりっと綾橋の家を出る。

 と、そこで、綾橋家が飼育している犬のドーベルマンが、私の気配を察知し、ムクリと頭をあげた。でも、私が唇の前で人差し指を立てると、ふいっと目を逸らし、尻尾を振って見逃してくれた。


 心の中で見逃してくれたスピネル(犬の名前)に感謝しながら、一歩、また一歩と、歩を進める。


 向かう先は決まっている。


 入院中、意図せずして見て、知ってしまった建川先生の前の奥さんの写真。

 似ているというだけでは、決して済まされない顔だった。


 もう、戦う前から、真実を知る前から、戦わずして逃げるのは止めた。

 だから私は確かめに、逢いに行ってみようと、前から決めていた。

 それが今日になってしまったのは、少なからず昨日の昼の事が影響している。

 

 あれだけ顔と雰囲気が似ているのであれば、と。


 嫉妬と悲しみの中で芽生えたのは、動揺だけではなかった。

 無性に知りたくなってしまったのだ。

 私の母親は、一体どんな人だったのだろう、と。


 菜々宮の家族と血が繋がっていないのは、過去にDNA鑑定で検査し、家族ではない事が立証された。


 建川先生や智、綾橋の家族にはまだ伝えてはないけれど、私は密かに紘人さんに協力して貰い、先生の髪の毛を入手して貰い、DNA鑑定に2週間位前に出していた。その検査結果も、近々届くはず。


 恐らく、十中八九建川先生は私の父親だろう。

 残るは、彼女だけ・・・。


「待っていて、逢いに行くから・・・。」


 私の独り言は、誰にも聞かれる事無く、夜明け前の空に吸い込まれ、消えていった。



* 


 建川先生の奥さんの御墓は、ひっそりとしていて、それでいて雑草や木の根、蔓や蔦で覆われていて、荒れていて、整備されていなかった。


(どうして、こんなに荒れてるの・・・?)


 建川先生のあの話振りからしてみても、このお墓の状況がそぐ合わない気がする。


 腕を翳し、空を見上げ太陽は既に中天にある。

 

 長野行きの新幹線の始発に乗れた所までは良かった。

 だけど私は半ば突発的に行動し、出てきたせいか、情報はあまり持っていなかったし、こちらに知人もいる訳でもなかった。


 それでも、何とかこの墓地がある御寺に辿り着けたのは、入院中に度々お見舞いに来てくれた建川先生に、それとなく御墓のある場所を聞き出し、それを覚えていたから。


 結果、市内を暫くウロウロした私は、駅前でタクシーを拾い、このお寺の名前を言って乗せて来て貰った。


 私の右手には、タクシーに乗る前に買った百合と菊の花束、そして左手には、水が入った桶と、その水を汲む柄杓がそれぞれある。


 荒れた墓を前にして、私はどうするべきか迷った。


 このまま引き返すのもアレだが、掃除するにも道具がいる。

 一端、市内に引き返そうかと、思い直したその時。


「あら、珍しい。香也乃ちゃんの処にお客様なんて・・・。」


 如何にも優しげで、穏やかそうなご婦人の、珍しげな声が聴こえ、私はそのご婦人の方に目を向けた。


 そのご婦人は、私の意外と近くに立っていて、私が自分を見ている事に気付くと、ふんわりと微笑んだ。


 そして。


「あらら、貴女、平さんの処の香也乃ちゃんにそっくりね。もしかして、香也乃ちゃんの親戚かお知り合い?」


 香也乃ちゃん、平さん、と、親しげに言って、問うてくるご婦人に、私はポロリと、まだ調べても、確かめてもないのに、想いを言葉にし、発していた。


「母です!!ずっと探してた母です。その母の御墓がどうしてっ・・・。」


 どうしてこんなに荒れているのだろう。

 誰にも見向きもされず、手入れもされておらず、墓石には苔が生えてる所も見受けられる。

 これでは朽ちてしまう寸前だ。


(酷い、これじゃあ可哀想過ぎる。)


 人は二度死ぬと良く言う。


 一度目は命の灯が消えた時。

 そして二度目が、人の心から消え去ってしまった時。


 ならば、香也乃さんは、私の母は、もう二度死んだことになる。


 改めて墓を見て、そう思った時、私は近くに立っていたご婦人に、躊躇う事なく、頭を下げていた。


ここで一区切り。

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