♪、15 真夏の日の悪夢②
昨日の続き~。
災厄は、人が忘れた頃に訪れると、あの人が言っていた・・・。
靴と鞄、スーツの全てを買い終え、次はどうしようかと相談していた時、その声は、私と智の仲を引き裂き、割り込むように聞こえてきた。
「智?智じゃない?久しぶりね。」
ふわりと漂う甘い香水の匂いに、美しさと知性を窺わせる声に、私は嫌な予感に胸を震わせた。
(やめて・・・、やめてっ!!)
だけど、その願いは全く聞き届けられなかった。
まるでそれは予めそうなる様に仕組まれ、定められていたかのように。
(どうして、どうしてなの!?)
虚ろになっていく私の視界と聴覚に、その可愛らしい顔と声が聴こえて来たのはその時。
「マァマ?そのひと、だぁれ?」
ちょこりと、首を傾げ、女の人を見上げる女の子の顔は、誰かに、――智に似ていた。
女の人は女の子の問いに答える事無く、にっこりと微笑み、智の横に立っている私を眇めた瞳で見て、一瞬だけ唇をいびつな形に歪めた。
智はそれに気付く事無く、女の人を驚愕の表情で見て、そして掠れた声で、名前を呼んだ。
「万季・・・か?」
その声色は、色々な感情が渦巻いていた。
だけど私はそんな事より、智がその女の人の名前を呼び捨てているのが、何よりも許せなく、信じられなく、信じたくなかった。
智に万季と呼ばれた女性は、智に名前を呼ばれた事に満足したのか、智の問いに頷き、女の子を引き寄せ、挨拶をするように促した。
女の子がその時、少しだけ痛そうに顔を歪めた事を、私は自分の事でいっぱいになっていて、見逃してしまっていた。
女の子は、私と智を交互に見て、頭をぺこりと下げた。
「はじめまして、たちばな まな 4さいです。」
はっきりとした、でもその舌ったらずな甘い声も、何処か智に似通っていた。
考えたくない、信じたくないという私の心とは逆に、私の五感は残酷にも正常に機能する。
「久しぶりね、智。相変わらず無愛想なのね。」
親しげに会話する智と女のヒト。
女の子は、そんな二人を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
智は小さな女の子の顔を見て、信じられないという声で、また、女の人に声を掛けた。
「万季、この子供は、もしかして・・・。」
「あらやだ、判っちゃた?そうよ、万菜は私と智、貴方の子よ。」
コロコロと笑いながら、私を見下すような視線で眺めまわし、語った言葉に、発せられた言葉に、私は一瞬にして暗闇へと突き落した。
女の子は、私の方をちらりと見て、それから母親を見て、僅かに怯んだ表情をのぞかせた後、それまでの表情を覆い隠すように満面の笑顔を浮かべ、「パパ!!」と、智に抱きついた。
それを見ていた他のお客さん達は、そんな三人を理想の夫婦だと、羨望の籠った声音と視線で羨んだ。
「見て。あの美男美女の夫婦。お似合いよね。女の子も両親に似ていて綺麗だし」
その囁きに、私の心は悲鳴を上げ、慟哭をあげた。
(やめて・・・、やめてっ!!)
だけど私のその悲痛な慟哭は誰にも届く事無く、残酷にも時間は勝手に進んでいく。
つい先程までは楽しかった。
楽しくて、嬉しくて、幸せで、心がふわふわで、温かくて。
なのに今は寒くて、辛くて、悲しくて。
どうにもならない孤独感と私の心の中の闇が、静に私を狂わせていく。
(ここに、いたくない・・・。誰か、助けて。)
智、私を見て、と、言いたかった。
でも、この時からひっそりと狂い始めていた私の心は、それを許さず、気がつけば一人でデパートを出て、ふらふらと歩き、綾橋の家に戻っていた。
別れと崩壊の時が静に近づいていた事を、この時の私は、何処かで予知していたのかもしれない。
やれやれ、何とか更新出来ましたよ。