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Si je tombe dans l'amour avec vous  作者: 篠宮 梢
第二幕:嵐の予兆
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♪、13 義姉とお茶と・・・。

利依、再び

 義姉さんが退院して、綾橋の本宅で一緒に暮らし始め、早いものでもう一ヶ月。

 

 最初こそ、あちこちにいる使用人に臆していたり、遠慮していた義姉さんも、最近では随分と打ち解け、たまに冗談を言い合ったりしている。


 ――カチリ。


 微かな陶磁器の触れあう音に、お父様とお母様のスケジュール帳から(私の仕事は、お父様の第二秘書兼、お母様のアシスタント)、その音の正体の方へ注意を向ければ、温かな湯気を立たせた白磁のカップが、ガラス製のローテーブルに置かれたところだった。


 カップは白く滑らかで、金色で縁取られただけの、見た目より実用性を重視して作られたもので、アンティーク品ではない。そのカップの中は、ストレートのセイロンティー。


「冷めない内に、どうぞ。」


「ありがとう、義姉さん」


 持って来てくれたのは義姉さん。


 義姉さんは病気療養という名目で会社を休養中で(お父様の権力をここぞとばかり駆使させて貰った。)、折を見て復職する方向でいるみたい。


 その義姉さんの淹れてくれる紅茶は、そこいらの下手な喫茶店のものより、数万倍美味しい。

 

 そう感じるのは、どうやら私だけではないらしく、お母様やお父様、当然兄さんもそう感じるらしく、家族で寛ぐ時は、専ら義姉さんが淹れてくれている。


 冷めない内に、と、義姉さんは言ってくれているけど、実際は私がちょうどよく飲める温度で淹れてくれている事は、割と早い内から気付いていた。その心遣いが温かく、また、嬉しくて。だから一も二もなく、仕事よりお茶を優先する。


(ああ、今日も美味しい・・・。)


 クセがあるから、好きか嫌いかで好みが分かれるセイロンティー。


 ふくふくとした気分で、お茶の香りと味を楽しんでいると、義姉さんの格好が目に入った。


 今日の義姉さんの服装は、ノースリブの黒いワンピースの上に、レースのカーディガン。

 その隙間から見えた、紅い華の痕。


(に、兄さんったら・・・!!)


 異常とも、執拗とまで言える独占欲と執着心。それを外聞なく見せつける兄さん。


 義姉さんは、兄さんに愛されてるという充実感と実感で、元々綺麗だった義姉さんは、更に綺麗になった気がする。


「利依さん、どうしたの?私、どこかおかしい?」


「いいえ?義姉さんは何処もおかしくないわ。おかしいのは兄さんの方だから。」


(そうよ、おかしいわ。)


 ここぞとばかり、私は義姉さん相手に愚痴や不満を言い募らせる。


 義姉さんには悪いけど、あの兄さんのどこが良くて結婚したかのか判らない。

 同じ男でも、従兄の紘人さんの方が、断然カッコよくて、完璧だと思うのに。


(まぁ、弁護士になってからは、全然逢えてないけど。)


 そんな私に、義姉さんは頬を紅く染め、ふふふと笑い、紅い唇に左手の人差し指を近づけ、悪戯っぽく言った。


「それは、内緒。言えないわ。」


 そう言って、あっけなく私を軽くあしらった義姉さんは、今度はむずむず、もじもじと、身体を動かし、視線を彷徨わせ始めた。


(兄さん、ごめんなさい・・・。)


 私は兄さんが義姉さんを独占したい気持ちが、今良く判った。


 所々プライドの高い仕草や口調。それだけの女なら、何処にでも転がっている。でも、義姉さんはその中にも成長しきれていない、幼さと言うか、弱さが見え隠れしていて、守りたくなってしまう。

 私が男だったら、兄さんより先に結婚を申し込んでいたと思う。


 そんな私の様子に気づく事も無く、義姉さんは、「あの、ね?お願いがあるんだけど聞いて貰える?」と、顔を真っ赤に染め、私に聞いてきた。


 もう、お茶なんか飲んでる場合ではない。


 無意識に義姉さんが放つ、妖艶な色気をまともに喰らった私は、もう義姉さんの虜だった。

 激しく頷いた私に、義姉さんは嬉しそうに微笑み、口を綻ばせた。


「あの、ね?私の事、名前で呼んでくれないかしら。なんだか、距離があるみたいで寂しいの」


 カップをテーブルに戻しておいて良かったと思う。

 恥じらいながら、照れつつお願いする義姉さんは、世界で一番可愛い。


(なんて可愛いの!!義姉さん、いえ、私の姉さんの吉乃は!!)


 トクトクと高鳴る鼓動は、間違いなく私が吉乃を愛してるから。(間違っても変な意味じゃない。親愛の方の愛情だから。)


 その瞳と表情はヤメタ方が良いと思う。犯罪級に可愛いから。


 私の答えを今か今かと待っている吉乃。

 私はハグをしたいのを腕を組むことで我慢し、にっこりと笑って頷いた。


「いいわ。判ったわ。吉乃。それより、その、凄いわね。そのキスマーク」


 ――兄さんの相手、大変なんじゃないの?



 すっかり冷めてしまったお茶を飲みつつ、吉乃に聞けば、吉乃はあからさまにうろたえ出した。


「う、そ、そんな事・・・。」


「昨日は何回したのかしら?中々静にならなかったけど?」


「き、聞こえてたの!?利依さん!!」


 慌てふためく吉乃に、私は微笑むだけ。

 そんな私を見て、吉乃は「あー」だの、「う~」だのと唸りつつ、紅茶のカップに角砂糖を次々と放り込んだ。


 勿論、声は聞こえなかった。聞こえるはずがない。なぜなら、兄さん夫婦がいつ同居しても良い様に、兄さん夫婦の寝室は、元々完全防音で作ってあったから。


 それをわざわざ教えてあげるほど、私は人は良くない。

 それに、今や兄さん夫婦の夫婦事情は、我が家の最大関心事の一つでもある。

 けど、回数や頻度は、単なる私の興味。 


 吉乃は「秘密ですよ?」と言ってから、手を開いた。


 それは回数を表し、寝たのは朝方だったと、白状した。


(兄さん・・・。)


 涙が出そうだった。


 あの兄さんが、よくぞ此処までと。そして、同時に、また『吉乃』と言う女性の特別さも、私はこの時、理解した。


 兄さんがまた壊れる時があれば、それは二人が離れた時。


 でも、そんなことは起きないだろうと、私は安易に思っていた。


 

 漸く訪れた幸せで、温かな日々。

 自然と頬が緩む。


 吉乃が入院していると発覚するまでの日々と、お見舞いに行くまでにかかった日々と比べるまでもない、幸福感に溢れた今の我が家。


 兄さんは明日会社を丸々一日休み、吉乃とデートする予定。


 まるで漫画を読んでいるかのような二人の関係だけど、兄さんの精神状態は不安定のまま。今でも睡眠薬を手放せないし、吉乃の姿が見えないだけで、顔色が変わる。


 離婚寸前というか(実際は未入籍だった)、縁が切れてしまう寸前だったから、それは仕方ないとは思う。


 吉乃もそれを解っているのか、常に気を配っている。


「明日の兄さんとのデート、楽しんできてね」


「ありがとう、利依さん。」


 幸せそうに、本当に幸せそうに、嬉しそうに微笑む吉乃。それに私も嬉しくなって笑った。



 でも、この時。

 もし私が二人を、吉乃を止めていたら、違う未来が待っていたのかもしれない。


 神様はどうして兄さんや吉乃の二人だけに、苦しみや残酷な試練や、冷酷な仕打ちを与えるのだろう。


 この後に起こる、綾橋家の最大の危機を呼び込む、波乱の種が芽吹いてるとは知らず、私は悠長に年下の姉・吉乃と、会話を楽しみながら、午後のお茶の一時を楽しんでいた。


 空は、明日からの未来を示すように、雨雲が空を覆い、冷たい雨がふり、夜遅くまで、雷も激しく鳴り響いていた。


さて、次回からいよいよ動き出しますよ。

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