5、咆哮者 五
狼次は大きく吹っ飛ばされ、体勢を立て直そうと足をついて滑るように勢いを止めようとするが、勢いに負け、そのまま転がる。狼次はすでに、立つこともかなりの苦労であることが目に見えていた。
「お前・・・・・・」
闘也の中での怒りが大きくなる。その瞳は怒りに煮えたぎる。闘也は魂を作り出す。その数は二体。
「そんなもの!!」
銀がその魂に向けて息を吸い込む。その魂を砕くため。
「よく言うよな。魂を揺さぶる音とか」
闘也は呟くようにぽつりと言う。それと同時に銀が咆哮を放つ。その咆哮に包まれた魂が、その勢いを更に加速させて銀へと接近する。
「何っ!?」
それぞれが銀を殴りつける。銀は拳に咆哮を再装填すると、向かっていく魂へと拳を打ち付ける。すると、先ほどよりも魂は強力な殴打をお見舞いした。
「俺自身は魂を取り込んで能力強化されているだけだが・・・・・・」
「ええい!!」
銀が苛立ちの表情を浮かべて、何も纏わない拳で魂を殴りつける。だが、先ほどの咆哮と怒りの感情が相まって、消えうせたりはしない。
「魂そのものは、別だからな」
再び二体の魂は銀の顔面を殴りつける。銀は両拳に咆哮を纏わせる。
「闘也!!」
乱州達が駆けつける。滝と狂はやられたのだろう。どうにか立ち上がった狼次の前に、闘也はゆっくりとその足を地につける。
「まとめて、吹き飛ばす・・・・・・」
銀が息を吸い込む動作を行う。闘也は後ろの仲間へと指示を出す。
「秋人」
いうが速いが、秋人が飛び出し、銀の咆哮を阻止すると、由利がその進路を落雷で塞ぐ。そうして動けないところに、的射が銃弾を叩き込み、左腕、そして、その左腕の咆哮も無力化する。それを感じているころには、すでに乱州が上空に飛び出し、右腕を突き伸ばす。その拳が銀の顔面をしたたかに打ち付けるのとほぼ同時に、闘也が飛び出す。狼次は自らの右腕に、全ての咆哮を集約させた。
よろける銀の右腕を切断すると、狼次が銀へと走り出す。銀が咆哮を放ったが、狼次もまた、咆哮を行う。その勢いに気圧された銀が怯む。銀がその怯みから回復して目を見開いたとき、目の前に拳を構えた狼次がいた。
「超爆音咆哮殴打!!!!!!」
そう言って狼次が突き出した拳から放たれた衝撃が、銀の心臓を砕いた。
「何故、彼と戦った?」
闘也は、戦闘を終えて誰もいなくなったところで、狼次に問いただした。他の四人にはすでに壊滅した銀滝についての情報を捜査させていた。
「僕は、エスパー」
闘也は、衝撃を受けた。闘也は、このときだけは、エスパー殲滅という使命から逃れて、狼次の言葉を聞く事にした。
「僕は、次期銀滝の頭として、他のエスパーからも一目置かれていた。もう五年したら、僕が銀滝をまとめていた」
狼次はただ淡々としゃべり続けた。そこには子供を思わせる要素はその身長と顔以外に見当たらなかった。
「銀滝は、元々開戦当時は九州の方で行動していた組織。ソウリール様の要請を受けて、炎天に着たんだ」
やはり、背後にはソウリールの存在があった。九州の方で戦闘行動を行っていた。こちらで言えば、八幹部。それぞれの地域、あるいは地方で八幹部や銀滝のような幹部組織のようなものがあるらしい。それはそこのサイコストに任せるしかない。八幹部は、ソウリール直属の部隊だ。他よりも集まったときの力は強大だ。もっとも、そのうちの七人はもう倒したわけだが。
「けど、やっぱりおかしいと思った。僕は、ずっと攻め込んでくるサイコストと戦ってきた。自分達の身を守るため、そのために戦ってると思っていた・・・・・・」
狼次が幾日か前のことを思い出しながら話していた。闘也は黙ってその話を聞いていた。
「でも、こっちにきて、どんどん攻め始めた。僕が『銀滝から出る』と言ってから、僕は狂に吹き飛ばされた」
「投擲だったからな。狂の能力は・・・・・・」
狼次は闘也の言葉に全く反応せずに話しを続けた。
「銀は僕を直接始末する気だったらしくって、僕は追われていた」
「あいつらの執拗な攻撃はそのためか・・・・・・」
しかし、闘也はそこで、一つの疑問が浮かび上がった。
「お前も銀と直接やる気だったんだろ? なんでついていかなかったんだ?」
狼次は、闘也の言葉を聞くと少々呆れたようにため息をついた。闘也は少し苛立ちを覚えたが、ここで感情を押し出しても何にもならないと話を聞いた。
「あのままついていけば、拘束されて一方的にやられるのは目に見えている。闘也達みたいに単純じゃないよ、僕は」
(誰が単純だよ・・・・・・)
確実にこちらを馬鹿にした発言だったが、それでも闘也はその感情を口はもちろん、顔にも出さなかった。
「そこに俺達が来たわけだ」
「狂に投げられたせいで、脳がちょっとばかり異常を来たしたんだ。能力の回復までには時間がかかるのは明確だった」
「銀の姿を見たことにより、能力を復活させたわけだ」
狼次はこくりと頷いた。
「僕、九州の方に戻ろうと思う」
狼次が唐突に話を変えた。闘也は「え?」と声を漏らした。寂しいという感情はなかったが、狼次一人で九州に戻って何をする気なのかと考えた。
「戻ってどうするんだ?」
もし戻ったところで、そこで受ける扱いは、「壊滅した組織のはぐれエスパー」だ。
「僕には、家族はもういない。九州に残ったエスパーも、雑魚と形容して何も問題ない、そんなエスパーだ。もう、殲滅されたかもしれない」
狼次の目は、やはりそんな同胞の死を悼む目であった。闘也は、離し続ける狼次を見つめ続けた。
「だから、サイコストと一緒に戦うよ。今回のことで、サイコストの方が、ずっと強いって分かったもん」
僅かな笑みを、狼次はその顔に浮かべていた。
その後、狼次はサイコスト協会から特別許可を受けた。本来、敵であるエスパーを味方に加えるのは、大変危険なことであるが、子供であることを理由に、狼次は監視付で前線で戦うことになった。狼次は、子供であることという理由には嫌悪していたが、現在サイコスト軍として、中国地方のエスパーを殲滅しに向かっているらしい。
「俺達も、俺達の戦いをしなくちゃな」
乱州がポケットに手を突っ込んだままに闘也に言った。
「・・・・・・ああ」
空の星は、どこかで吼える咆哮に呼応したかのように、いつになく輝いていた。