12、亀裂
ソウリールが去って、三分くらいしたころだった。全員が沈みかえっているところで、乱州が、闘也の名を呼んだ。
「闘也」
闘也は顔を上げた。なんだ、と返事をしてすぐに、胸倉を掴まれていた。
「てめぇ、ふざけんじゃねぇよ!」
いきなりなんなんだ。俺はふざけたことなんてない。いつだって本気で向かい合ってきた。仲間にも、家族にも、敵にも、父にも。
「なんで、あんなに怒るまで胸ん中しまってたんだよ!悩みがあったなら、こいつらや俺に、言えば良かったじゃないか!」
「皆には、関係がないと思っただけ・・・・」
「おまえのことで俺に関係のないことなんてねぇよ!俺は、お前の相棒だ!お前は俺の相棒だ! お前がそう思って無くても、俺は、そう思ってんだよ!」
乱州は、ずっと掴んでいた胸倉から、手を放した。そして、はき捨てるかのように、こう言った。
「俺は、お前のことをもう、相棒だなんて、思わない。仲間に悩みも打ち明けられないやつが!俺はもう、一人で戦う。お別れだ」
そういって、乱州は、闘也たちに背を向けた。しかしその瞬間、乱州は振り返り、闘也に向かって、腕を伸ばした。
いきなりの奇襲攻撃に対応できず、パンチをもろに受けて、倒れる。三人が闘也に集まっている間に、乱州は走り、姿を消していた。
乱州。お前はそれでいいのか。たった一人で戦う気か。俺と仲直りしなくとも、せめて一緒に戦うべきだ。もちろん、打ち明けなかった俺が悪いのは事実だ。乱州は、自分は信頼されてないと、思ったのだろうか。そうだとしても、そうじゃなくても、俺には何か足りないのかもしれない。あいつは、俺がそれを持っていると信じていた。だけど、俺は持っていなかったし、知りもしなかった。本当は、そこに怒ったのかもしれない。
「くそぉ、乱州のやつ!闘也に本気で殴ることないじゃねぇか」
「秋人、お前は勘違いしている」
「え、何をだ?」
「もし俺が、あいつの本気の一撃を食らっていたら、この程度の怪我じゃすまない。それどころか、最悪死ぬかもしれない」
そうだ。あいつの力は並じゃない。だけど、こんな認めることは、俺の知らないことじゃないな。乱州、俺に足りないものはなんなんだ。そして、おまえはそれを持っているのか。俺には分からない。でも、今は、やるべきことをやるしかない。向こうだってそうだろう。そのとき、一人のエスパーが現れた。
「私の名は八幹部の三部、風の使、フーリュウ。貴様らの抹殺を頼まれた」
乱州はしばらく逃げていた。追ってくるとは思ってないが、それでも、逃げる。あいつらと一緒に戦いたくない。いや、逃げ出した俺には、もうあいつらと共に戦う資格はない。そんなことをふらふら考えながら歩いているうちに、声がかけられた。
「君、サイコストかい?」
エスパーかと思った。拳を構えながら振り向く。でも、よく考えたら、普通敵ならすぐに後ろから撃つんじゃないかと思った。
「はい。サイコストです」
そこにいたのは、乱州とほぼ同じ身長の少年だった。軍服を着ていて、胸に『saikosuto』という文字が刻まれていた。つまりこの少年はサイコスト軍の兵士・・。ということは、この少年は、幼きながら、戦う少年兵というやつなのか?
「もしかして、あなたは、少年兵なんですか?」
「そうだよ。僕は軍に所属している。ところで君は今、これから、戦闘に参加することはできる?」
「はい。大丈夫です。俺の名前は波気乱州。十三歳です」
「僕は木下正人。十五歳だ」
「年上ですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ頼む。それで、実はこの先のほうに、強力なエスパー反応が出ている。乱州には、その討伐を協力してほしい」
正人は、闘也たちとは逆のほうを指差した。強力なエスパー反応ということは、幹部かもしれない。幹部を倒せれば、敵の戦力も削れるし、いい機会だから付き合おう。
そこにはすでに、サイコスト軍の兵が集まっていた。一人一人が、同じ軍服を着ている。正人が通りかかると兵士達は、敬礼した。
「隊長!お疲れ様です。助っ人が見つかったんですね」
「ああ。波気乱州君だ。俺の見込みからすれば、かなりの実力者だ。年下だからと甘く見るなよ」
「了解」
「正人さんって、この隊の隊長なんですか」
「ああ。皆、二十から三十くらいなんだけど、どうやら、協会のお墨付きのサイコストだから、この隊を預ける!とか支部長に言われて」
支部長っていうのは、この間強制招集がかかったときに面会した斉藤正義という爺さんだ。
それにしてもあの爺さん、どうも覚醒に興味津々なんだよなぁ。
「ところで、そのエスパーはどんなやつなんですか」
「なんでも、水を使うエスパーらしい。ほら、水って、かなりの速さで噴出すれば、かなりの切れ味を出すって聞いたことあるか」
「はい。いつだかテレビで携帯を真っ二つにしてました」
「その力を主に使ってくるらしい。だから、あんまり近づくとその水で一刀両断。ってわけなんだよ」
「強敵ですね」
「まぁな。でも、倒せない相手ではないと思う。こちらの軍勢の多さに加え、乱州もいるからな」
「ありがとうございます」
やがて、一人の男がこちらに向かってくる。あれが、水の力を使う、強力なエスパーか。確かに、見た目からしてもかなりの、実力者だ。
「我は八幹部の四部、水の使、ウォール。貴様ら全てを、エスパーの神聖なる水で切り刻んでやる」
「エスパーの作り出す水なんてそこらの泥と一緒だよ!」
乱州はダッシュした。そのうちに身体が浮く。身体を、ふわふわ浮くような身体にした。
「よし!お前ら!あのエスパーに集中砲火だ!急げ!彼が注意を引いている間に!」
「了解!これより、一斉射します」
兵士達が、アサルトライフルで、攻撃を開始した。乱州は尚も前進する。ウォールが腕から水の剣を作り出す。だが、乱州は気にせずドンドン進む。ウォールはその剣を、横に振った。乱州は切られた。いや、わざと切れたのだ。
「おいおい、俺の能力分かってて、そんな攻撃すんの?」
乱州は、身体の能力によって、瞬間的に、上半身と下半身をばらしたのだ。もちろん、それは能力だから、効果がなくなるまで、そうしてられるし、痛みもない。
「お返しだ!近距離連腕打!!」
連続で叩きつける。ウォールは背中から倒れた。いまだ!ここで決着をつける!
乱州はウォールの上に跳んだ。かなり上だ。
「こいつで止めだ!巨大爆腕打!!!」
「くそ!その程度の攻撃、我の水の力で、食い止め・・・・・・」
ウォールの元で、巨大な爆発が起こる。ウォールはもう動かない。どうやら、周りの兵士達の攻撃もあって、完全なるガードは作れなかったようだ。最後に一発、ウォールの顔面を殴った。本当に動けなくするために。
戦闘後、乱州と正人は、話をした。
「乱州はさ、一人でいままで戦ってきたの?」
「いえ・・・・・・さっきの戦闘の、一時間前くらいまでは・・・・・・」
闘也、遠藤、風見、白鐘。あの四人と共に戦ってきた。けど、闘也は、俺になにも話してくれなかった。父のことも、過去のことも。
「でも・・・・・・俺・・・・・・大切な相棒を、殴ったんです・・・・・・。俺を信じてないと思って・・・・・・」
乱州は、泣いていた。すごく惨めだ。そして、情けなかった。言いたいことを言って、勝手に人前で泣いて・・。相棒も仲間も捨てて・・・。
「すいま・・・・・・せん・・・・・・勝手な・・・・・・話して」
「いや、お前の話はじっくり聞かせてもらった。お前はちょっとしか今口に出さなかったけど、そのちょっとの中にお前が胸に溜め込んでいたのが、すごいあふれていた」
正人は、戦っているときは、大声で、指示を出して、兵士達を導いていた。だがいまは、ほとんど話さず、自分を受け止めていた。もしかしたら、俺は、これを求めていたのかもしれない。闘也に。そうだな、あいつはもしかしたら、自分に深い心の傷を残したであろう父を恨んでも、その傷を、自分のなかで治癒し、ここまでやってきたんじゃないのか。そうだろう。あいつは、例え自分の中にしまいこんだとしても、自分で消化させることができる。そうだ、あいつのできること、あいつにしかできないことがあるし、俺にしかできないこともある。もし、あいつが今敵の幹部と戦っていたのなら。俺にしか倒せない、もしくは、俺がいないと倒せない相手だったら・・・・・・。
すでに涙は乾いていた。乱州は立ち上がった。こんなところでぐずぐずしてられない。俺は、いつだって、あいつの役に立ちたかった。今でも、きっとその思いは消えてないはずだ。
「正人さん。もう、帰っていいですか。仲間のところへ」
「ああ。いいさ。僕は引き止めない。乱州が決めた道を歩めばいいさ」
「お世話になりました」
乱州はふかぶかと頭を下げ、走り出した。途中のエスパーも無視して、あいつらのところへ戻りたい。でも、余計な敵もお土産につけるわけにはいかない。かなりの大群を前に、乱州は拳を構えた。