スイッチ~仁の苦悩
成海と手を振って別れ、帰宅の途に就いた。東急線に揺られながら、どうしてこんな事になったのか、を考えていた。何故俺が、男とキスをする事になったのか。
小さい頃から、
「仁君は、女の子みたいに可愛い顔をしているわね。」
と言われて育った。兄と妹がいるが、兄よりも妹とそっくりで、よく知らない人から「お姉ちゃん」と言われた。だからと言って、大きくなれば女の子と間違われる事もなくなり、酒を飲む年齢になってからは女性と付き合った事もある。こっちから付き合いたいと思った事はなかったが、
「夕べ、俺たち付き合おうって言ったよね?」
と言われ、覚えていなかったが、自分の言動には責任を持とうと思い、実際に付き合ってみたのだ。
しかし、気持ちが入らないので長続きはしなかった。社会人になってからも同じような事があり、もう女性と飲みに行くのは辞めようと思ったほどだ。どうしてすぐに「付き合おう」などと言ってしまうのか。それとも、相手の女性がウソを言ったのだろうか。そう言うように誘導されたとか?
成海が俺の部署に配属された時、正直何とも思っていなかった。成海は俺の事をポカンと眺め、笑いかけると赤くなって目を反らすような男だった。初対面の男性にはそういう態度を取られる事が多いので、“よくある事”だったのだ。
それでも、大抵の人は俺を「男だ」と認識してゆき、初対面の時のような態度は取らなくなるものだ。ところが、成海はそうではなかった。確かに初対面の時のようにあからさまに見つめる事はなくなったが、ふと気づけば目が合うし、目が合うと急いで反らす。お前は初恋の中学生か!と突っ込みたくなる。
いつまでも、何年もそれが続いた。何とも思っていなかったのに、つい気にしてしまう。おっちょこちょいで物をよく落とすし壊すし、何だか不器用だが、実は頭脳明晰で知識も豊富。調べ方も上手くて、とにかく役に立つ部下だった。何を頼んでも快く引き受けてくれるし、プレゼンがまた上手い。こんなに仕事の出来るやつは珍しい。が、やっぱり抜けていて面白い。もう目が離せなくなっていた。
そして、やっぱり俺は「付き合おう」と言ったらしい。男に向かって無意識に出る言葉ではないだろう。もしかすると、潜在意識の下では成海の事が好きなのかもしれない。最初はちょっとからかうだけのつもりだったが、本当に付き合ってみる事にした。あいつはやっぱり喜んで付き合ってくれた。
ちょっとくっついてやれば赤面する成海。つい面白がって遊んでいたら、ふいに手を握られてドキリとした。そのままドキドキが止まらず、ずっとそうしていたくなった。これはもしかして恋なのだろうか。そう思ったらもう、ずぶずぶとあいつにのめり込んでしまった。
家に招かれて、何もないとは思っていなかった。抱きしめられた時には、嬉しさと怖さとがないまぜになって、一瞬震えた。だが、振り返って成海の目を見たら……。このまま身を任せてもいいと思った。覚悟を決めたのだ。だから、俺からキスをした。
成海は俺を抱きしめた。だが、それ以上の事はしてこなかった。意外だった。お前は中学生か!と思った。でもそれで、とても安心した。まだ付き合い始めたばかりだし、男と付き合うのは初めてだし、ゆっくり進むのがいい。成海ももしかしたら男と付き合うのは初めてなのかもしれない。それならいっそ、今のままでもいい。男同士の初恋として、中学生みたいな恋愛をするのも悪くない。




