第5話 もう一人の少女
夜の森を、カナは走っていた。
雨の匂いと焦げた土の臭いが混じる。背後では、追跡用の光が空を切る。
「カナ、こっちだ!」
セフィが淡い光を放ち、進むべき道を照らす。
しかしその声は、どこか不安げだった。
息を整えようとした瞬間――頭の奥に、誰かの声が流れ込んできた。
> ……たすけて。
ここは、暗い。冷たい。
……わたしを、閉じこめないで。
「え……だれ……?」
カナは立ち止まり、頭を押さえる。
視界が歪み、知らない映像が流れた。
金属の壁、拘束具、そして――鏡の中にいる“もう一人の自分”。
その少女は、涙を流していた。
> “わたしの名前は……リース。
あなたと同じ顔をした、もう一人の――カナ。”
カナの瞳が大きく見開かれた。
セフィの光が一瞬、強く明滅する。
「リース……? 同じ、顔……?」
> “お願い……もう、私みたいな子を作らないで。
もう、閉じ込めないで――!”
その悲痛な声と同時に、カナの胸の奥で何かが弾けた。
周囲の空気が震え、足元の地面が青白く光り出す。
セフィが震える声で告げた。
「……カナ、抑えきれない! “マイナス値”が、臨界に達してる!」
「リース……あなたの痛み、感じるよ……。
だったら、私が――壊す!」
カナの手から光が迸り、世界の“測定値”を制御していた装置群が次々と崩壊していく。
数値の鎖が解け、無数のデータが空へと舞い上がった。
嵐の中心で、カナの髪が風に舞う。
その瞳の奥に、リースの姿が微かに重なる。
> “ありがとう、カナ……次は、自由に生きて――”
声が消えた瞬間、雨がやんだ。
静寂の中で、セフィがぽつりと呟く。
「……運命の“測定”が、変わり始めた」
カナはゆっくりと空を見上げた。
その手のひらには、プラスもマイナスもない“無限の記号”が刻まれていた。




