* 真実が暴かれる日 *
ヴェルの首輪を外した事で、
ルクレツィアは、“聖なる光”を放つことができなくなった。
魔物の討伐は、しばらく中止される――
その知らせが広まると、王宮前の広場には不安と怒りを募らせた民が続々と集まり始めた。
やがて。
ルクレツィアは、重々しい足取りで王宮の上段テラスに姿を現した。
その手には、かつて“聖なる光”を放った銀の杖が握られている。
背後には、鋭い眼差しの護衛たち。そして、黒いフードをかぶった男――ゼフィルの姿もある。
彼女が現れるや否や、広場に怒号が飛び交った。
「どういうことだ!」
「なぜ討伐をやめる!」
「聖女の務めを果たせ!」
混乱と怒りが渦巻く中、ルクレツィアは手を掲げ、静かに声を発した。
「――皆さま。どうか、お聞きくださいませ!」
その凜とした声に、ざわめきは次第に収まり、やがて、広場を包む空気がぴたりと止まった。
ルクレツィアは、悲愴な表情を浮かべ、言葉を継いだ。
「“厄災の魔女”が……わたくしの“聖なる光”を封じたのです!」
民衆の間に、どよめきが走る。
「今すぐ捕らえなくては、取り戻せません――
あの魔女を再び逃せば、今度こそ、国は滅びます!」
その言葉に、人々の顔が恐怖と憎悪に染まっていった。
その時――。
テラスの奥、扉が開き、一人の青年が姿を現す。
騎士、アレクシス王子。
その凛とした姿に、民衆は一瞬どよめいた。
「アレクシス……!」
ルクレツィアは杖を握ったまま駆け寄り、彼に身を寄せた。
「来てくださったのですね……!
“厄災の魔女”が、わたくしの力を封じたのです。
……わたくし、もう恐ろしくて……!」
怯えたようにすがるルクレツィア――だが、
アレクシスはその腕を無言で振り払った。
そして一歩前に出ると、強く、澄んだ声で宣言した。
「民よ、惑わされるな!
“厄災の魔女”など、どこにもいない。
この騒動はすべて、このルクレツィアと……その男の作り話だ」
そう言って、鋭く指を伸ばし、ルクレツィアの後方に控えていた黒衣の男――ゼフィルを指差した。
「……嘘です! アレクシス、なにを――!」
動揺し、言葉を返すルクレツィア。
だが、アレクシスは懐から一つの首輪を取り出し、高々と掲げた。
「この首輪が、その証拠だ。
これは“本物の聖女”から力を奪うために作られた魔道具。
ルクレツィアはこの首輪を使い、力を杖に転送し、あたかも自らが聖なる光を放っているように装っていた。
だがその代償として、力の本当の持ち主――“真の聖女”は、十年もの間、塔に幽閉され、血と時間を搾取され続けていたのだ!」
場内がざわつく中――
金属音が響く。
聴衆の背後から、騎士たちが整列しながら現れる。
鎧を鳴らし、威風堂々と列をなすのは、騎士の国グランヴァルトから派遣された精鋭部隊。
彼らがアレクシスの周囲、そしてルクレツィアのいるテラスを包囲していく。
――その瞬間。
扉が音もなく開く。
そこから現れたのは、風に銀の髪をなびかせる少女。
陽光を受け、まるで聖なる光を纏ったかのように――その姿は神秘的で、眩しかった。
彼女の隣には、優雅で凛とした佇まいのエルフの女性。
深い森のような落ち着きを纏い、悠然と歩を進める――エレノアだ。
騎士たちが道を開けると、ふたりは静かに、確かな意志をもって壇上へと向かう。
その姿に、民衆のざわめきが、息を呑む静けさに変わった。
アレクシスはまっすぐに少女を指し示し、堂々と宣言する。
「刮目せよ!
“厄災の魔女”と蔑まれた彼女こそ、真なる聖女――
イヴェルナ・ルミエール殿下である!」
ざわめきが、民の間に広がった。
誰かが息を呑み、誰かが目を見開き、誰かが胸に手を当てる。
その小柄な少女は、怯えることなくまっすぐに進み出る。
銀糸のような光に包まれたその姿は、確かに――聖女そのものだった。
エレノアが一歩前へと進み、アレクシスから黒い首輪を受け取ると、目の前の男――ゼフィルを鋭く睨みつけた。
「……あんたのやったこと、
一歩間違えれば、世界そのものが滅ぶところだったのよ」
その声音には怒りと哀しみが混じっていた。
「魔道具はね。
人を苦しめるためのものじゃないんだ!
暮らしを楽にして、空いた時間で心を満たす。
そして、それが誰かを助ける力になっていくんだよ。
――皆が幸せに生きるためにこそ、あるべき道具なんだ!」
彼女は拳を強く握りしめ、吐き捨てるように言った。
「……あんたがしたことは、絶対に許さない。
牢獄で、一生悔いなさい!」
だがその言葉に、ゼフィルは微笑み返すのみだった。
「牢獄? ええ、いいですよ。その前に――」
その場でナイフを抜き、ためらいもなく、左の掌をざっくりと切り裂く。
「――この“実験”を、ひとつ始めましょうか」
切り裂かれた掌からほとばしる血が、右手の腕輪に降り注いだ。
腕輪が鈍く脈打ち、びくりと震えた。
「一滴で数匹なら、これだけの“供物”で、どれほど出るか……楽しみですねえ!」
ゼフィルの口元が、狂気に歪む。
「ははっ……ははははははははは!!」
その瞬間、腕輪が爆ぜた。
そして――
四方八方の空に、黒い靄がにじみ出る。
裂け目のようにねじれた空間から、次々と魔物が出現した。
唸り声、鋭い牙、巨大な蹄、うねる触手。
夜の空を引き裂くようにして、百を超える魔物が現れ、上空を覆い尽くしていく。
まるで悪夢が、空から降ってくるかのように。
「ひっ……!」「逃げろ!」「うわあああっ!」
民衆が叫び、広場は瞬く間に混乱に包まれた。
魔物たちが牙を剥き、無抵抗の人々に迫る。
そのとき。
「――ヴェル!」
アレクシスが剣を抜き、彼女の前に立ちはだかる。
ヴェルは小さく頷き、静かに跪いた。
胸の前でそっと両手を組み、目を閉じる。
「……どうか、皆を助けて……!」
少女の祈りが、静かに王都へと響いた。
直後――
地の底から、透明な光があふれ出す。
それは大地を覆うように、王都全体を包み込む結界となった。
突進してきた魔物たちが、その結界に触れた瞬間、
まるで見えない壁に弾かれるように吹き飛ぶ。
ヴェルが、そっと顔を上げ、両手を空へと掲げる。
その掌から放たれたのは、ひときわ強い、まばゆい光。
――瞬間、魔物たちの全てが、音もなく塵となって消えた。
静寂。
人々が息を呑んだそのとき――
今度は、空から光の粒が舞い落ちてくる。
やさしい金色の光が、ひとりひとりの肩に、髪に、手に、ふわりと降り注いだ。
倒れていた者が、ふと起き上がる。
血に染まった服の傷が、嘘のように消えていく。
「なおってる……!」「足が……動く!」「奇跡だ……!」
ざわめきが、驚愕と歓喜の声に変わっていった。
アレクシスは、その光景を呆然と見つめながら、ぽつりと呟く。
「……これが……“聖女の力”……」
そして――
「……やるじゃない」
エレノアが腕を組み、にやりと誇らしげに笑った。
王都を包んでいた緊張と混乱は、聖なる光の奇跡によって一変した。
人々が次々と膝をつき、光に包まれたその少女へと手を伸ばす。
「本物の……!」
「本物の聖女様だ!」
「奇跡の力だ……!」
民衆の間から、歓声が次々と沸き起こる。
ヴェルは胸の前で静かに手を合わせ、微笑をたたえて頭を下げた。
だがその裏で、そっとその場から逃れようとする影があった。
黒いローブの男――ゼフィルが、テラスの柱の陰に身を潜め、音を立てぬよう後ずさる。
「――動くな」
鋭い声とともに、銀の剣がゼフィルの喉元へと突きつけられた。
アレクシスが、冷たい瞳で睨みつけていた。
ゼフィルは鼻で笑い、吐き捨てる。
「……殺せ。
どうせ俺から魔道具を奪ったところで、何も変わらん。愚かな世界は、また誰かが――」
「――あら、それはどうかしらね?」
ふいに背後から女の声がして、ゼフィルの肩に冷たい何かが触れた。
「……!」
振り返る間もなく、首筋にぴたりと何かが嵌め込まれる。
――黒い首輪だった。
見覚えのあるそれが、自分の身に着けられたと気づいた瞬間、
ゼフィルの頭の奥に、ズンと響くような重たい痛みが走った。
「……う、ぐ……あああッ……!」
両手で頭を抱え、がくりとその場に膝をつく。
視界がぐにゃりと歪む。
思考が霞む。
記憶が――抜けていく。
痛みと混乱の波が一通り過ぎ去った頃。
ゼフィルはうつむいたまま、荒く息を吐いていた。
「……な、何を……?」
その問いに、エレノアがにっこりと、実に満足そうな笑みを浮かべて言い放つ。
「ふふん。この首輪、ちょっと改造しておいたの」
ゼフィルが怯えた目で見上げる。
「あなた専用設計よ。
装着と同時に、魔道具に関する発想、設計技術、すべて綺麗に忘れちゃうの」
「……ッ!」
「しかも、定期的に“忘却”が再発動するから、何度覚え直しても無駄になる、手厚い対応♪
私以外、外せない。
使用期限は一万年。
対象者はあんた限定。
他の人には一切影響なしの安心安全設計よ!」
彼女は得意げに人差し指を立て、ぐっとゼフィルを見下ろす。
「いい? これが、“魔道具”の正しい作り方よ。
バカ弟子っ!」
「……ッ……!」
「何もない牢獄で、一生かけてその無力さを噛みしめなさい」
ゼフィルの顔から血の気が引いた。
彼が何かを叫ぶ前に、騎士たちが左右から腕を取り、引きずるようにその場から連れ去っていく。
ゼフィルは抵抗もできず、ただ呻きながら、民衆の前から消えていった。
騎士たちがルクレツィアの両腕を押さえ、拘束する。
「……離しなさい! わたくしを誰だと思っているの!?」
ばたばたと暴れながら、ヴェルを鋭く睨みつける。
「なぜよ……! なぜアンタばかりが選ばれるのよ!」
「美貌も、聖女の力も、アレクシスまでも――
どうして、全部アンタが手に入れるの!?
わたくしには何ひとつ残らないっていうの!?」
震える声。悔しさに濡れる瞳。
「生まれた時期も、血筋も、そう変わらないはずなのに……
なぜ、わたくしではなく、アンタなの……?」
「一つでいいのよ、一つで……
わたくしに譲る余裕くらい、あったでしょう!?」
その叫びを、アレクシスが冷ややかな声で遮る。
「だからといって――
人から奪い、踏みにじっていい理由にはならない」
アレクシスは、まっすぐに睨みつける。
「お前は、ただ“欲しい”と求めるだけで、努力をしなかった。
“持たざること”を、いつも誰かのせいにしてきた。
だから今も――お前の手には、何ひとつ残っていないんだ」
その一言に、ルクレツィアの顔が引きつり、膝が崩れる。
「……ちが……違う……わたくしは……っ」
抵抗の言葉も、虚しく震えて消える。
やがて、彼女は地に膝をつき、その場に泣き崩れた。
*
王と王妃も、捕らえられた。
聖女の力を盾に、対価を要求していたのは――他でもない、彼らだった。
その要求に応じられなかった街や村は、次々と「浄化対象」とされ、
ゼフィルの腕輪によって魔物が呼び寄せられ、容赦なく滅ぼされていた。
さらには、ヴェルの存在と真実を知りながらも、見て見ぬふりをし――
偽りの聖女を担いで世界を欺き、滅びの危機を招いたその罪は、あまりにも重い。
ルクレツィアと共に、王と王妃は――
孤島の採掘場へと送られ、
労働奴隷として、一生を償うこととなった。
ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。
次回エピソード
* エピローグ *
よろしくお願いいたします。




