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20/21

* 真実が暴かれる日 *

ヴェルの首輪を外した事で、

ルクレツィアは、“聖なる光”を放つことができなくなった。


魔物の討伐は、しばらく中止される――

その知らせが広まると、王宮前の広場には不安と怒りを募らせた民が続々と集まり始めた。


やがて。


ルクレツィアは、重々しい足取りで王宮の上段テラスに姿を現した。

その手には、かつて“聖なる光”を放った銀の杖が握られている。


背後には、鋭い眼差しの護衛たち。そして、黒いフードをかぶった男――ゼフィルの姿もある。


彼女が現れるや否や、広場に怒号が飛び交った。


「どういうことだ!」

「なぜ討伐をやめる!」

「聖女の務めを果たせ!」


混乱と怒りが渦巻く中、ルクレツィアは手を掲げ、静かに声を発した。


「――皆さま。どうか、お聞きくださいませ!」


その凜とした声に、ざわめきは次第に収まり、やがて、広場を包む空気がぴたりと止まった。


ルクレツィアは、悲愴な表情を浮かべ、言葉を継いだ。


「“厄災の魔女”が……わたくしの“聖なる光”を封じたのです!」


民衆の間に、どよめきが走る。


「今すぐ捕らえなくては、取り戻せません――

あの魔女を再び逃せば、今度こそ、国は滅びます!」


その言葉に、人々の顔が恐怖と憎悪に染まっていった。


その時――。


テラスの奥、扉が開き、一人の青年が姿を現す。


騎士、アレクシス王子。


その凛とした姿に、民衆は一瞬どよめいた。


「アレクシス……!」


ルクレツィアは杖を握ったまま駆け寄り、彼に身を寄せた。


「来てくださったのですね……!

“厄災の魔女”が、わたくしの力を封じたのです。

……わたくし、もう恐ろしくて……!」


怯えたようにすがるルクレツィア――だが、


アレクシスはその腕を無言で振り払った。


そして一歩前に出ると、強く、澄んだ声で宣言した。


「民よ、惑わされるな!

“厄災の魔女”など、どこにもいない。

この騒動はすべて、このルクレツィアと……その男の作り話だ」


そう言って、鋭く指を伸ばし、ルクレツィアの後方に控えていた黒衣の男――ゼフィルを指差した。


「……嘘です! アレクシス、なにを――!」


動揺し、言葉を返すルクレツィア。


だが、アレクシスは懐から一つの首輪を取り出し、高々と掲げた。


「この首輪が、その証拠だ。

これは“本物の聖女”から力を奪うために作られた魔道具。

ルクレツィアはこの首輪を使い、力を杖に転送し、あたかも自らが聖なる光を放っているように装っていた。

だがその代償として、力の本当の持ち主――“真の聖女”は、十年もの間、塔に幽閉され、血と時間を搾取され続けていたのだ!」


場内がざわつく中――


金属音が響く。


聴衆の背後から、騎士たちが整列しながら現れる。

鎧を鳴らし、威風堂々と列をなすのは、騎士の国グランヴァルトから派遣された精鋭部隊。


彼らがアレクシスの周囲、そしてルクレツィアのいるテラスを包囲していく。


――その瞬間。


扉が音もなく開く。


そこから現れたのは、風に銀の髪をなびかせる少女。

陽光を受け、まるで聖なる光を纏ったかのように――その姿は神秘的で、眩しかった。


彼女の隣には、優雅で凛とした佇まいのエルフの女性。

深い森のような落ち着きを纏い、悠然と歩を進める――エレノアだ。


騎士たちが道を開けると、ふたりは静かに、確かな意志をもって壇上へと向かう。


その姿に、民衆のざわめきが、息を呑む静けさに変わった。


アレクシスはまっすぐに少女を指し示し、堂々と宣言する。


「刮目せよ!

“厄災の魔女”と蔑まれた彼女こそ、真なる聖女――

イヴェルナ・ルミエール殿下である!」


ざわめきが、民の間に広がった。

誰かが息を呑み、誰かが目を見開き、誰かが胸に手を当てる。


その小柄な少女は、怯えることなくまっすぐに進み出る。

銀糸のような光に包まれたその姿は、確かに――聖女そのものだった。


エレノアが一歩前へと進み、アレクシスから黒い首輪を受け取ると、目の前の男――ゼフィルを鋭く睨みつけた。


「……あんたのやったこと、

一歩間違えれば、世界そのものが滅ぶところだったのよ」


その声音には怒りと哀しみが混じっていた。


「魔道具はね。

人を苦しめるためのものじゃないんだ!

暮らしを楽にして、空いた時間で心を満たす。

そして、それが誰かを助ける力になっていくんだよ。

――皆が幸せに生きるためにこそ、あるべき道具なんだ!」


彼女は拳を強く握りしめ、吐き捨てるように言った。


「……あんたがしたことは、絶対に許さない。

牢獄で、一生悔いなさい!」


だがその言葉に、ゼフィルは微笑み返すのみだった。


「牢獄? ええ、いいですよ。その前に――」


その場でナイフを抜き、ためらいもなく、左の掌をざっくりと切り裂く。


「――この“実験”を、ひとつ始めましょうか」


切り裂かれた掌からほとばしる血が、右手の腕輪に降り注いだ。


腕輪が鈍く脈打ち、びくりと震えた。


「一滴で数匹なら、これだけの“供物”で、どれほど出るか……楽しみですねえ!」


ゼフィルの口元が、狂気に歪む。


「ははっ……ははははははははは!!」


その瞬間、腕輪が爆ぜた。


そして――


四方八方の空に、黒い靄がにじみ出る。

裂け目のようにねじれた空間から、次々と魔物が出現した。


唸り声、鋭い牙、巨大な蹄、うねる触手。

夜の空を引き裂くようにして、百を超える魔物が現れ、上空を覆い尽くしていく。


まるで悪夢が、空から降ってくるかのように。


「ひっ……!」「逃げろ!」「うわあああっ!」


民衆が叫び、広場は瞬く間に混乱に包まれた。

魔物たちが牙を剥き、無抵抗の人々に迫る。


そのとき。


「――ヴェル!」


アレクシスが剣を抜き、彼女の前に立ちはだかる。

ヴェルは小さく頷き、静かに跪いた。


胸の前でそっと両手を組み、目を閉じる。


「……どうか、皆を助けて……!」


少女の祈りが、静かに王都へと響いた。


直後――


地の底から、透明な光があふれ出す。

それは大地を覆うように、王都全体を包み込む結界となった。


突進してきた魔物たちが、その結界に触れた瞬間、

まるで見えない壁に弾かれるように吹き飛ぶ。


ヴェルが、そっと顔を上げ、両手を空へと掲げる。


その掌から放たれたのは、ひときわ強い、まばゆい光。


――瞬間、魔物たちの全てが、音もなく塵となって消えた。


静寂。


人々が息を呑んだそのとき――

今度は、空から光の粒が舞い落ちてくる。


やさしい金色の光が、ひとりひとりの肩に、髪に、手に、ふわりと降り注いだ。


倒れていた者が、ふと起き上がる。

血に染まった服の傷が、嘘のように消えていく。


「なおってる……!」「足が……動く!」「奇跡だ……!」


ざわめきが、驚愕と歓喜の声に変わっていった。


アレクシスは、その光景を呆然と見つめながら、ぽつりと呟く。


「……これが……“聖女の力”……」


そして――


「……やるじゃない」


エレノアが腕を組み、にやりと誇らしげに笑った。



王都を包んでいた緊張と混乱は、聖なる光の奇跡によって一変した。


人々が次々と膝をつき、光に包まれたその少女へと手を伸ばす。


「本物の……!」

「本物の聖女様だ!」

「奇跡の力だ……!」


民衆の間から、歓声が次々と沸き起こる。


ヴェルは胸の前で静かに手を合わせ、微笑をたたえて頭を下げた。


だがその裏で、そっとその場から逃れようとする影があった。


黒いローブの男――ゼフィルが、テラスの柱の陰に身を潜め、音を立てぬよう後ずさる。


「――動くな」


鋭い声とともに、銀の剣がゼフィルの喉元へと突きつけられた。


アレクシスが、冷たい瞳で睨みつけていた。


ゼフィルは鼻で笑い、吐き捨てる。


「……殺せ。

どうせ俺から魔道具を奪ったところで、何も変わらん。愚かな世界は、また誰かが――」


「――あら、それはどうかしらね?」


ふいに背後から女の声がして、ゼフィルの肩に冷たい何かが触れた。


「……!」


振り返る間もなく、首筋にぴたりと何かが嵌め込まれる。


――黒い首輪だった。


見覚えのあるそれが、自分の身に着けられたと気づいた瞬間、

ゼフィルの頭の奥に、ズンと響くような重たい痛みが走った。


「……う、ぐ……あああッ……!」


両手で頭を抱え、がくりとその場に膝をつく。


視界がぐにゃりと歪む。

思考が霞む。

記憶が――抜けていく。


痛みと混乱の波が一通り過ぎ去った頃。

ゼフィルはうつむいたまま、荒く息を吐いていた。


「……な、何を……?」


その問いに、エレノアがにっこりと、実に満足そうな笑みを浮かべて言い放つ。


「ふふん。この首輪、ちょっと改造しておいたの」


ゼフィルが怯えた目で見上げる。


「あなた専用設計よ。

装着と同時に、魔道具に関する発想、設計技術、すべて綺麗に忘れちゃうの」


「……ッ!」


「しかも、定期的に“忘却”が再発動するから、何度覚え直しても無駄になる、手厚い対応♪

私以外、外せない。

使用期限は一万年。

対象者はあんた限定。

他の人には一切影響なしの安心安全設計よ!」


彼女は得意げに人差し指を立て、ぐっとゼフィルを見下ろす。


「いい? これが、“魔道具”の正しい作り方よ。

バカ弟子っ!」


「……ッ……!」


「何もない牢獄で、一生かけてその無力さを噛みしめなさい」


ゼフィルの顔から血の気が引いた。


彼が何かを叫ぶ前に、騎士たちが左右から腕を取り、引きずるようにその場から連れ去っていく。


ゼフィルは抵抗もできず、ただ呻きながら、民衆の前から消えていった。


騎士たちがルクレツィアの両腕を押さえ、拘束する。


「……離しなさい! わたくしを誰だと思っているの!?」


ばたばたと暴れながら、ヴェルを鋭く睨みつける。


「なぜよ……! なぜアンタばかりが選ばれるのよ!」


「美貌も、聖女の力も、アレクシスまでも――

どうして、全部アンタが手に入れるの!?

わたくしには何ひとつ残らないっていうの!?」


震える声。悔しさに濡れる瞳。


「生まれた時期も、血筋も、そう変わらないはずなのに……

なぜ、わたくしではなく、アンタなの……?」


「一つでいいのよ、一つで……

わたくしに譲る余裕くらい、あったでしょう!?」


その叫びを、アレクシスが冷ややかな声で遮る。


「だからといって――

人から奪い、踏みにじっていい理由にはならない」


アレクシスは、まっすぐに睨みつける。


「お前は、ただ“欲しい”と求めるだけで、努力をしなかった。

“持たざること”を、いつも誰かのせいにしてきた。

だから今も――お前の手には、何ひとつ残っていないんだ」


その一言に、ルクレツィアの顔が引きつり、膝が崩れる。


「……ちが……違う……わたくしは……っ」


抵抗の言葉も、虚しく震えて消える。


やがて、彼女は地に膝をつき、その場に泣き崩れた。



王と王妃も、捕らえられた。


聖女の力を盾に、対価を要求していたのは――他でもない、彼らだった。


その要求に応じられなかった街や村は、次々と「浄化対象」とされ、

ゼフィルの腕輪によって魔物が呼び寄せられ、容赦なく滅ぼされていた。


さらには、ヴェルの存在と真実を知りながらも、見て見ぬふりをし――

偽りの聖女を担いで世界を欺き、滅びの危機を招いたその罪は、あまりにも重い。


ルクレツィアと共に、王と王妃は――

孤島の採掘場へと送られ、

労働奴隷として、一生を償うこととなった。

ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。


次回エピソード

* エピローグ *


よろしくお願いいたします。

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