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* 想いの終着点 *

ヴェルの手が、そっとアレクシスの右手のひらに触れる。


そこには深く刻まれた傷――

けれど、彼女の指先から溢れ出す光が、それを優しく包んでいった。


不思議な温もりがじわりと広がり、

滲んでいた血はすっと消え、傷口は、まるで最初から何もなかったかのように――綺麗に、癒えていく。


アレクシスが、ふと微笑んだ。


「……この光景、覚えてるか?」


「え?」


「七歳のころ。城の中庭で、同じように、治してくれたろ?」


ヴェルは一瞬目を丸くし、それから――記憶の底にあった光景が、ふわりと浮かび上がってくる。


「あ……あのときの男の子……アレク様だったんですか?」


「そう。癒してくれるときの、この温かさと……君の微笑み、すごく好きなんだ。あの日からずっと、ずっとね」


彼はそっと目を細め、言葉を継ぐ。


「一緒に暮らすようになってから……君は、何にでも心から感動して、誰かのために一生懸命で。

その姿が愛おしくて、ずっと見ていたいって思った。

気づけば、もっともっと好きになってたよ。

だから――ヴェルが、そんなふうに想ってくれてることが……嬉しい」


アレクシスの言葉に、ヴェルは小さく瞬きをして、そっと視線を落とした。


「でも……私は、“厄災の魔女”で……」


その言葉は、静かに落ちた。

胸の奥に沈んでいた不安が、ぽつりと顔を覗かせる。


アレクシスは、すぐに首を横に振った。


「それがどうした。そんなもの、俺にとっては関係ない。

ヴェルだからいい。……君じゃなきゃ、だめなんだ」


真っすぐな瞳で、彼は言い切る。

その真剣な眼差しに、ヴェルの喉が小さく揺れた。


そして、俯いたまま、思い切るように声を絞り出す。


「……でも。あの時……屋敷で、聖女様とお話しなさってた時……

“厄災の魔女と結ばれるなんて、ありえない”って……」


その場面が、鮮明に蘇る。



「……分かっています。

魔女に心を寄せるなど――ありえません」


かすかに震える声。

アレクシスは、その揺らぎを封じるように、聖女を――ルクレツィアを、そっと抱きしめた。


「俺が守ると誓ったのは……聖女様、貴女です。

その誓いを裏切るようなことは――決してしません」



ヴェルの目が、切なげに揺れる。


「……あの時、見てしまったんです」


アレクシスの表情が、ほんのわずかに曇った。


「そっか……見られてたんだな」


そう言って、小さく息を吐く。


「……俺は騎士だから。

世界や民のことを考えなきゃいけなかった。

たとえ君のことが、どれほど好きでも――その気持ちひとつで、聖女を裏切り、国や人々を背くようなことは……できなかった」


その言葉に、ヴェルの胸が締めつけられる。

ならばなおのこと、自分のような“魔女”は、そばにいてはいけないのだと。


けれど――


「でも――君が、聖女だって気がついてからは、もう……止めるの、必死だった」


アレクシスは、困ったように笑った。


「え……?」


ヴェルが驚いて見上げる。


「わたし……聖女、なんですか……?」


「うん。まだはっきりと証明はできないけどね。

でも、君の使う結界も、治癒魔法も――先代の聖女が使ってた力なんだ」


アレクシスの言葉に、ヴェルの目がわずかに見開かれる。


「……それに、聖なる光も。君は覚えてないみたいだけど、七歳のとき……使ってたんだよ」


「……!」


「いま使えないのは――あの首輪が、関係してるんじゃないかって思ってる。

だから、一緒に旅に出て、調べようと思ったんだ。

君が“真の聖女“だって証明するためにね」


ヴェルの胸が、じんわりと熱くなる。


目の前にいる彼は、今までも、これからも――

ずっと、自分のために立ち止まってくれる人なのだと、静かに気づいた。


「それで、他に心配なことは?」


アレクシスが優しく問いかける。


ヴェルは少し考えて、首を振った。


「……ないです」


「……よし、それじゃあ」


アレクシスが、そのままヴェルをふわりと抱き寄せた。


「……あ、アレク様?!」


突然の温もりに、ヴェルの心臓が跳ね上がる。


「ごめん。……もう、抑えるの、限界で」


「え……」


ヴェルの目が、ぱちぱちと瞬く。


アレクシスは、そっとその頬に手を添えた。


「ヴェル。……キス、していい?」


その声は、ひどく優しくて、どこか震えていた。

ヴェルは、瞬きを止めたまま、ただ彼の顔を見つめ返す。


アレクシスの瞳が、苦しそうなほど真剣で――

抑えきれない想いが、滲み出ていた。


ヴェルの胸が、ぎゅっと熱くなった。


これまで心の奥に閉じ込めていた想いが、堰を切ったようにあふれ出す。

触れたい、彼を感じたい――そんな想いが、ヴェルの背中を押す。


「……はい」


その一言で、ふたりの距離がゆっくりと縮まる。



月明かりの下。

柔らかな風が、髪を揺らす。

光る蛍が、ふたりの周囲をふわりと舞った。


静かに――唇が重なる。


互いの想いが胸の奥で弾け、まるで星が瞬くように、世界が優しく色づいていく。


やがてそっと離れると、ふたりは見つめ合った。

瞳の奥にあるのは、揺るがない気持ちと、寄り添うような微笑み。


そのぬくもりを確かめるように、

ふたりは、ゆっくりと目を閉じ、再び唇を重ね――


「いやー、若いっていいわねえ~。潤うわあ~」


「……!?」


突如として割り込んだ声に、ふたりの動きが凍りつく。

振り向けば、欄干にもたれるひとりの女の姿。


エレノアだった。


肘をつき、ワイングラスをくるくると回しながら、にやにやと口角を吊り上げている。

いつからそこにいたのか――まるで幽霊のように気配がなかった。


「い、いつから……いらっしゃったんですか?」


「んー、あんたが“お母さまのところに行かせて”って泣いてたとこからかなあ」


(えっ、そんな前から!?)


ヴェルの頬がさっと赤く染まる。


「ってかさー。人ん家で死のうとするの、やめてくんない?」


「ご、ごめんなさい……」


ヴェルがしゅんと肩をすぼめると、エレノアはふっとグラスを傾けてひと口。


「ま、そんなことしても、あんたは死なないけどねー」


「え……? 私が死なないのって……首輪のせいじゃないんですか?」


「魔道具にそんな都合のいい効果つけられるわけないでしょ。

あれのせいじゃなくて――あんたが“聖女”だからよ」


「ちょっと待て。聖女は……死なないのか?」


アレクシスの声に、エレノアが目をぱちくりさせる。


「へ? ……まさか、知らなかったの?」


「そんな記録は……少なくとも、文献にはない」


「……はあー、マジかー……」


エレノアは肩を落とし、グラスを置くと、両手で顔を覆った。


「ねえ……これ、世界の命運に関わる話よ?

どうして誰も記録しておかなかったの!?

忘れるなんて、ありえない!」


ぶつぶつと文句を言いながらも、彼女は手を振り上げ、早口でまくしたてる。


「いい? 不死身な体、治癒魔法、魔物撃破に守護壁―― これが聖女の能力なの! 基本中の基本よ?」


そのまま一息で言い切ると、さらに畳みかけるように手を振り上げた。


「ってことは、魔物撃破を使えば反動がくるのも、忘れちゃったのかしら? 騎士と触れ合えば浄化されることも?」


深いため息をつき、顔を覆ってぼやく。


「ああ、なんて愚かなの……」


唐突に始まり、唐突に締めくくられる、まさにエレノア一人劇場。


「まあ、そこは……あんた達が悪いわけじゃないんだけどさ」


ひと息つくと、ぴしっと人差し指を立て、ふたりに向き直った。


「でも、いい? 世界はキミたちの手に委ねられてるの!

なのに、こんなへっぽこメンタルじゃ困っちゃうわ」


「ご、ごめんなさい……」


ヴェルが小さく肩をすくめ、申し訳なさそうに頭を下げる。


エレノアはそんな彼女を見下ろし、容赦なく告げた。


「分かったなら、とっとと何とかするよ!

これ以上、無茶苦茶にされてたまるかっての!」


風が通り抜けるバルコニーに、エレノアの怒鳴り声が響き渡った。

ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。


次回エピソード

* “聖女”と“騎士”の真実 *


よろしくお願いいたします。

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