* すれ違う想い *
スタンプラリーの景品交換所にたどり着くと、木造のカウンター越しに、朗らかなスタッフが声をかけてきた。
「全部そろいましたね。お見事です」
ヴェルは胸の前で手を組み、目を輝かせる。
「わぁ……本当に景品がもらえるんですね!」
スタッフは微笑み、棚からそっと小さな箱を取り出した。
「はい、こちら。指輪が二つ。おふたりのものですよ」
箱の中には、繊細な細工がほどこされた銀色の指輪が、静かに輝いていた。
ヴェルは息を呑み、そっと手を伸ばす。
「……すごく綺麗……ありがとうございます!」
心から嬉しそうな笑顔。アレクシスもその姿にわずかに目を細めたが、すぐに冷静な声で尋ねた。
「で、これは“合格”ってことでいいのか?」
スタッフが一瞬きょとんとする。
アレクシスは淡々と続けた。
「俺たち以外、スタンプを集めている人間はいなかった。
つまり、このラリー自体が俺たちを試す“観察”だったんだろ?」
しばしの沈黙。
やがてスタッフは苦笑し、肩をすくめた。
「……さすがですね、見抜かれていましたか。ええ、合格です」
声の調子が変わった。
そして、指輪を指し示しながら言った。
「その指輪は、師匠――伝説の魔道具師様が作られたものです。
つけていれば、エルフの村に入る資格が与えられます」
スタッフは一瞬だけ表情を曇らせ、静かに言葉を継いだ。
「ただ……今、師匠は少し厄介な仕事を抱えていて、今すぐにはお会いできません」
ヴェルが心配そうに見上げる。
「ご安心ください。指輪を通して、おふたりの居場所は師匠に伝わっています。準備が整い次第、必ず迎えに参りますので――それまで、どうかこの街でお待ちいただけますか」
アレクシスは静かに頷いた。
「……了解した。待たせてもらう」
隣では安心したヴェルが指輪をそっと指にはめ、嬉しそうにそれを眺めていた。
その笑顔に、少しだけ緊張が和らぐのを感じながら――アレクシスも、空を見上げた。
* * *
街の展望台――
眼下には、夜のランデヴァルトが宝石のように瞬いていた。
「アレク様。今日は……ありがとうございました。スタンプラリー、すごく楽しかったです!」
ヴェルは目を輝かせ、ふわっと笑う。
まるで星のようにきらきらと輝くその表情に、アレクシスは思わず見惚れていた。
「色んなこと、したな」
「はい。たくさん思い出ができましたね」
ヴェルの笑顔を見つめながら、アレクシスはやわらかく微笑んだ。
「ああ。楽しかった……。それに、ヴェルの可愛いところ、いっぱい見れたし」
その瞬間――
すっと伸びた腕が、ヴェルの肩をそっと引き寄せた。
「えっ……ア、アレク様……!?」
「……いけないか?」
低く、甘く。耳元に落ちるその声に、ヴェルの鼓動が跳ね上がる。
心臓が痛いほど、強く強く打ち鳴らす。
「い、いけない……わけじゃ、ありませんが……」
顔を真っ赤にしてうつむくヴェルに、アレクシスはいたずらっぽく笑った。
「……照れてるのか? 可愛いな」
「そ、そんな……っ」
揺れる胸の内。閉じ込めていた気持ちが、波のように押し寄せてくる。
必死で蓋をしてきた“好き”が、今にも溢れ出しそうで――
けれど、アレクシスの手がそっとヴェルの頬に触れると、その揺らぎさえ、優しく包まれてしまう。
「……よく見せて」
アレクシスは、視線をゆっくりと滑らせながら、ヴェルの姿を下から上へと見上げた。
ワンピースの揺らぎ、透けるような肌、そして――
ふと、目が合う。
まっすぐに、深く――見つめ合う。
「……うん。似合ってる」
アレクシスの微笑みは、夜の風よりもあたたかくて。
心の底まで、染み込んでくる。
「……なあ、ヴェル」
「は、はい……?」
「前に、ペンダントくれただろ。
……そのとき、おでこにキスしたの、覚えてるか?」
「え……そ、それは……」
忘れられるわけがない。
恥ずかしくて、嬉しくて――
胸の奥にずっと残っている、大切な記憶。
「……嫌だったか?」
ヴェルは、ぶんぶんと首を振った。
「い、いえっ! そんなことは……!」
「じゃあ、また……してもいいか?」
「……っ」
「今日、いっぱい頑張っただろ。ご褒美にな」
迷いが、心をかき乱す。
けれど――この旅も、このひとときも、すべてを宝物にすると、心に決めていた。
だから、せめて今だけは。
そっと、ヴェルは頷いた。
アレクシスは微笑み、ヴェルの顔を包んで、額へと唇を近づけていく。
ほんの数ミリの距離。かすかに触れる吐息に、全身が震えた。
そして――
唇が、ふわりと額に触れた。
その優しさに、思わず目を閉じる。
何もかもが溶けていくような、甘くて優しい感触。
やがて、アレクシスは自分の額をそっとヴェルの額に重ね、静かに目を閉じた。
数秒の沈黙。
そっと離れたとき、アレクシスの瞳がうるんでいた。
「…………っ」
ヴェルは、言葉を失って立ち尽くす。
頬は真っ赤に染まり、心臓の鼓動がまだ落ち着かない。
ふわふわと夢の中にいるようで、思考が追いつかない。
気づけば、両手で顔を覆っていた。
その仕草がたまらなく可愛くて、アレクシスはふっと笑った。
「……やっぱり、可愛いな」
その一言に、胸の奥がまた熱くなる。
そんなふうに微笑まれたら、もう抗えない――
(……ずるいです、アレク様)
心の中で、ヴェルはそっと呟いた。
そのまま、アレクシスの腕がヴェルの肩を引き寄せ、優しく抱きしめた。
背中に回された腕が、温かい。
心音が、耳元でゆっくり響く。
「ああ……ずっと、こうしていたい」
ささやく声が、胸の奥まで届く。
言葉が、とても甘く、優しい。
ヴェルは、戸惑っていた。
あまりにも嬉しくて、あまりにも幸せで――
それが現実だとは、信じきれなかった。
(……どうして、こんなに優しくしてくれるの)
でも、その問いを口にすることはできなかった。
アレクシスの腕の中が、あまりにもあたたかくて。
(……アレク様のぬくもりが、
この瞬間が――ずっと続けばいいのに)
切なさと幸福が胸いっぱいに満ちて、
ヴェルはそっと目を閉じた。
心ごと、委ねるように。
今だけは、すべてを忘れて。
* * *
静かな夜。
淡い月光が差し込むアレクシスの部屋に、ふっと影が現れた。
「側近の動向、掴めたか?」
「……いえ。周囲の警戒が非常に厳重で、接触には至っておりません。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
アレクシスはわずかに目を伏せ、短く息を吐いた。
「……そうか」
沈黙が、ほんの一瞬、空気を張りつめさせる。
やがて護衛は、もう一つの報告を差し出した。
「それと――聖女様より緊急の出動要請が届いております。
この街に魔物の出現を予知されたとのこと。至急、出動せよとのご指示です」
アレクシスの眉が、かすかに動いた。
「……この街に、か」
淡々と繰り返した言葉の裏で、心が波打つ。
ヴェルを――かけがえのない彼女を、この街にひとり残して。
胸がざわつく。
言葉にはできない想いが、熱となって喉の奥にせり上がる。
けれど――
(……今、側近の動きを探るには、この機を逃すわけにはいかない)
ヴェルの未来のため。
彼女をこの世界から解き放つため。
迷いを胸の奥深くに押し込み、アレクシスは目を閉じて決断した。
「……わかった。明日、合流すると伝えてくれ」
そして、ふと息を呑むように言葉を継ぐ。
「……それと。ヴェルの護衛にナタリーを呼べ。最優先で、至急だ」
護衛はすぐさま膝をつき、頭を垂れる。
「御意」
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次回エピソード
* ルクレツィアの影 *
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