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12/21

*  観光都市でデート *

ランデヴァルトの街――

世界樹の森のふもとに広がる、巨大な観光都市。

石畳の通りには、名所を巡る旅人や、各地から集まった商人、華やかな衣装の貴族たちが行き交い、

市場には色とりどりの果物や宝石、珍しい魔道具までもが並んでいた。

喧騒と笑い声、楽器の音色が溶け合い、街全体がまるで祝祭のように賑わっている。


人の波に囲まれるように立ち尽くしながら、ヴェルはローブのフードを深くかぶり直した。

その細い肩が、ほんの少し震えている。


「……着きましたけど、どうやって、その……お会いするのでしょう?」


不安げに顔を上げたその瞳が、アレクシスを頼るように見つめた。


アレクシスはそんなヴェルを一瞥すると、穏やかに微笑み、そっと彼女の肩へ手を置く。


「向こうから、何らかの連絡があるはずだ。……しばらく待つしかないな」


低く静かなその声は、人ごみのざわめきを和らげるように落ち着いていた。


ヴェルはこくりと頷くも、まだ落ち着かない様子で周囲を見回す。


アレクシスは彼女の隣にぴたりと寄り添い、人の流れからそっと庇うように立った。


「大丈夫。俺がついてる」


その一言に、ヴェルの肩の力が少しだけ抜けた。

どこかほっとしたように、小さな息を吐く。


「……ありがとうございます」


人混みの中で、ほんの少し縮まった距離。

喧騒の街で、ふたりきりの静かな温もりがそこにあった。


――その時。


「あ……!」


ヴェルの目が、通りの片隅で座り込む老婦人の姿を捉えた。

気づけば、もう駆け寄っている。


「おばあさま、大丈夫ですか?」


ローブの裾を翻して、そっと膝をつく。


老婦人は苦笑しながら足をさすり、困ったように言った。


「転んじまってね……もう、歳だよ。歩くのもやっとでさ」


ヴェルはそっと膝をつき、胸の前で両手を重ねる。

淡い光がふわりと広がり、老婦人の足を優しく包み込んだ。


「あら……! あらまあ……」


痛みが引いていくのを感じ、驚きと喜びに満ちた表情で、老婦人はヴェルの手を握った。


「ありがとう、お嬢ちゃん。こんな年寄りのために……」


そう言って、懐から一枚の紙を取り出して差し出す。


「お礼にこれをあげよう。私には全部まわるのは無理でねえ」


それは、この街の「スタンプラリーカード」だった。

街の名所やお店を巡り、利用するたびにスタンプを押してもらい、全て集めると景品がもらえるらしい。


「すごい……!」


ヴェルの瞳が、ぱっと輝いた。

カードを両手で大切そうに持ち、嬉しそうに見つめる。


その無邪気な反応に、アレクシスは思わず苦笑してしまう。


「……やってみるか?」


「いいのですか?」


ヴェルは、信じられないように顔を上げ、期待に満ちた声で尋ねた。


アレクシスは優しく笑って、静かに頷いた。



* * *



まず訪れたのは、洒落た洋服店だった。


店員にすすめられるまま、ヴェルはそっと試着室に入り、新しい服に袖を通す。

やがて、静かにカーテンが開かれた。


その姿を目にした瞬間――アレクシスは、思わず息をのんだ。


柔らかな白のハイネックインナーが、黒く禍々しい首輪をすっぽりと包み隠している。

その上に重ねたラベンダーグレーのワンピースは、透けるように淡く、光をふんわりとまとっていた。


ほどよく身体に沿うシルエットが、ヴェルの華奢な輪郭を際立たせ、

七分袖から覗く白い腕は、春の陽に透ける花びらのように儚く美しい。


裾は緩やかに広がり、揺れるたびに白のレースインナーがちらりと覗く。

風と戯れるようなその動きに、視線が自然と引き寄せられた。


足元を飾るのは、淡いグレーのストラップシューズ。

低めのヒールは歩きやすく、丸みを帯びたフォルムが、どこか可憐で愛らしい。


成長した身体は、少女のあどけなさを残しながらも、しなやかに女性らしく――

まるで絵画の中から抜け出してきたかのような、美しさだった。


「……素敵なお洋服ですね」


ヴェルはそっと言った。

その声まで、まるで春の風のように優しく、柔らかだった。


アレクシスはその姿に、思わず目を細め――

次の瞬間、そっと帽子を手に取ると、彼女の頭に優しくかぶせた。


「これも……忘れずにな」


ふわりと顔半分を隠した帽子が、彼女の美しさをほどよく包み込む。

ヴェルはくすっと笑い、小さく首を傾けた。


「ありがとうございます」


店員は満面の笑みで、カードにスタンプを押してくれた。



* * *



次に訪れたのは、活気あふれるレストランだった。

席に着くと、ほどなくして香ばしい香りをまとった肉料理が運ばれてくる。


「お、おいしそう……!」


ヴェルはぱっと目を輝かせ、思わず胸元で手をぎゅっと握る。

そして、そっとナイフとフォークを手に取ると、姿勢を正して美しい仕草で肉を切り分け、

小さく一口、慎重に口へと運んだ。


――その瞬間、


水色の瞳が、まるで宝石のようにきらきらと輝く。


「……わぁっ、とってもおいしいです……!」


嬉しさを隠しきれずに、ふわりと笑顔をこぼし、また一口、また一口と夢中で食べ続ける。


その幸せそうな様子に、アレクシスは静かに目を細めた。


(まったく……どこにいても、変わらないな)


素直に喜び、心から美味しそうに食べる。

そんなヴェルの無垢な笑顔に、自然と苦笑がこぼれるのだった。


食べ終わると、ウェイターが笑顔でカードにスタンプを押してくれた。

ヴェルはぺこりと丁寧に頭を下げ、また嬉しそうにアレクシスを見上げた。



* * *



続いてふたりが立ち寄ったのは、木の温もりが漂う静かな雑貨店だった。

店内には、異国の工芸品や手作りの装飾品がところ狭しと並び、どこか懐かしい空気が漂っている。


ヴェルはふと、壁際に並ぶエルフ工芸の棚の前で立ち止まった。

そこにあったのは、繊細な彫刻が施された一本の装飾ナイフ――

小ぶりながらも鋭い刃と、優美な銀細工が美しく調和していた。


ヴェルはしばらく、そのナイフをじっと見つめ、そっと手に取った。

冷たい金属の感触が、静かに胸の奥を貫いていく。


しばし迷い、アレクシスに問いかけた。


「……これ、買ってもいいですか?」


「もちろん。旅の記念にいいだろう」


アレクシスは、店主に声をかけ、代金を支払う。

店主は微笑みながらスタンプを押し、そっと袋に包んで手渡してくれた。


「ありがとうございます……」


ヴェルは静かに頭を下げ、その包みを胸元でそっと抱きしめた。



* * *



最後に訪れた場所――

願いの小川は、静かで美しい場所だった。

木々の間を流れる水面には、たくさんの小舟がゆっくりと流れていく。

小さな短冊を舟につけて流し、岩に引っかからず、見えなくなるまで流れたら――その願いは叶うと言われていた。


ヴェルはそっと短冊に願いを書いた。


『首輪が外れますように。

アレク様が幸せになりますように』


それを結びつけ、静かに水面に舟を置くと、ふわりと流れ始める。

岩を避け、小さな流れに乗り、やがて見えなくなるまで進んでいった。


「やった……成功です!」


ぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに笑うヴェル。


「これで、願いが叶います!」


アレクシスは、その無邪気な笑顔を見つめながら、ふと尋ねた。


「……どうして、首輪を外したいと思ったんだ?」


ヴェルは少しだけ俯いて、静かに語り始める。


「私は……死ぬことがありません。

塔にいた時、兵士に斬られて、たくさん血が出ても……ご飯を食べられなくて、お腹がすごくすいても……

それでも、死ななかったんです。

そんな日々が、ずっと……ずっと続いていました」


あまりに淡々と語る、その言葉。

けれど、その裏に――どれほどの孤独が、苦しみが、絶望があったのか。

アレクシスは、悔しさと哀しさで、胸が張り裂けそうだった。


「……死なない体なんて、もう嫌で。

どうして私だけ……って、ずっと考えていました。

それで……この首輪を外せば、私も――普通になれるんじゃないかって、思ったんです」


十年もの間、誰にも助けられず、たったひとりで耐えてきた。

だからこそ、少しでもその重さから解き放たれたいと願うのは、あまりにも切実で、当然のことだった。


アレクシスはそっと彼女に微笑む。


「……そうか。じゃあ、早く魔道具師に会わなきゃな」


「……はい」


ヴェルはそっと微笑んだ。


その様子を見ていたスタッフが、そっとふたりにスタンプを押してくれた。

ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。


次回エピソード

* すれ違う想い *


よろしくお願いいたします。

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