* 観光都市でデート *
ランデヴァルトの街――
世界樹の森のふもとに広がる、巨大な観光都市。
石畳の通りには、名所を巡る旅人や、各地から集まった商人、華やかな衣装の貴族たちが行き交い、
市場には色とりどりの果物や宝石、珍しい魔道具までもが並んでいた。
喧騒と笑い声、楽器の音色が溶け合い、街全体がまるで祝祭のように賑わっている。
人の波に囲まれるように立ち尽くしながら、ヴェルはローブのフードを深くかぶり直した。
その細い肩が、ほんの少し震えている。
「……着きましたけど、どうやって、その……お会いするのでしょう?」
不安げに顔を上げたその瞳が、アレクシスを頼るように見つめた。
アレクシスはそんなヴェルを一瞥すると、穏やかに微笑み、そっと彼女の肩へ手を置く。
「向こうから、何らかの連絡があるはずだ。……しばらく待つしかないな」
低く静かなその声は、人ごみのざわめきを和らげるように落ち着いていた。
ヴェルはこくりと頷くも、まだ落ち着かない様子で周囲を見回す。
アレクシスは彼女の隣にぴたりと寄り添い、人の流れからそっと庇うように立った。
「大丈夫。俺がついてる」
その一言に、ヴェルの肩の力が少しだけ抜けた。
どこかほっとしたように、小さな息を吐く。
「……ありがとうございます」
人混みの中で、ほんの少し縮まった距離。
喧騒の街で、ふたりきりの静かな温もりがそこにあった。
――その時。
「あ……!」
ヴェルの目が、通りの片隅で座り込む老婦人の姿を捉えた。
気づけば、もう駆け寄っている。
「おばあさま、大丈夫ですか?」
ローブの裾を翻して、そっと膝をつく。
老婦人は苦笑しながら足をさすり、困ったように言った。
「転んじまってね……もう、歳だよ。歩くのもやっとでさ」
ヴェルはそっと膝をつき、胸の前で両手を重ねる。
淡い光がふわりと広がり、老婦人の足を優しく包み込んだ。
「あら……! あらまあ……」
痛みが引いていくのを感じ、驚きと喜びに満ちた表情で、老婦人はヴェルの手を握った。
「ありがとう、お嬢ちゃん。こんな年寄りのために……」
そう言って、懐から一枚の紙を取り出して差し出す。
「お礼にこれをあげよう。私には全部まわるのは無理でねえ」
それは、この街の「スタンプラリーカード」だった。
街の名所やお店を巡り、利用するたびにスタンプを押してもらい、全て集めると景品がもらえるらしい。
「すごい……!」
ヴェルの瞳が、ぱっと輝いた。
カードを両手で大切そうに持ち、嬉しそうに見つめる。
その無邪気な反応に、アレクシスは思わず苦笑してしまう。
「……やってみるか?」
「いいのですか?」
ヴェルは、信じられないように顔を上げ、期待に満ちた声で尋ねた。
アレクシスは優しく笑って、静かに頷いた。
* * *
まず訪れたのは、洒落た洋服店だった。
店員にすすめられるまま、ヴェルはそっと試着室に入り、新しい服に袖を通す。
やがて、静かにカーテンが開かれた。
その姿を目にした瞬間――アレクシスは、思わず息をのんだ。
柔らかな白のハイネックインナーが、黒く禍々しい首輪をすっぽりと包み隠している。
その上に重ねたラベンダーグレーのワンピースは、透けるように淡く、光をふんわりとまとっていた。
ほどよく身体に沿うシルエットが、ヴェルの華奢な輪郭を際立たせ、
七分袖から覗く白い腕は、春の陽に透ける花びらのように儚く美しい。
裾は緩やかに広がり、揺れるたびに白のレースインナーがちらりと覗く。
風と戯れるようなその動きに、視線が自然と引き寄せられた。
足元を飾るのは、淡いグレーのストラップシューズ。
低めのヒールは歩きやすく、丸みを帯びたフォルムが、どこか可憐で愛らしい。
成長した身体は、少女のあどけなさを残しながらも、しなやかに女性らしく――
まるで絵画の中から抜け出してきたかのような、美しさだった。
「……素敵なお洋服ですね」
ヴェルはそっと言った。
その声まで、まるで春の風のように優しく、柔らかだった。
アレクシスはその姿に、思わず目を細め――
次の瞬間、そっと帽子を手に取ると、彼女の頭に優しくかぶせた。
「これも……忘れずにな」
ふわりと顔半分を隠した帽子が、彼女の美しさをほどよく包み込む。
ヴェルはくすっと笑い、小さく首を傾けた。
「ありがとうございます」
店員は満面の笑みで、カードにスタンプを押してくれた。
* * *
次に訪れたのは、活気あふれるレストランだった。
席に着くと、ほどなくして香ばしい香りをまとった肉料理が運ばれてくる。
「お、おいしそう……!」
ヴェルはぱっと目を輝かせ、思わず胸元で手をぎゅっと握る。
そして、そっとナイフとフォークを手に取ると、姿勢を正して美しい仕草で肉を切り分け、
小さく一口、慎重に口へと運んだ。
――その瞬間、
水色の瞳が、まるで宝石のようにきらきらと輝く。
「……わぁっ、とってもおいしいです……!」
嬉しさを隠しきれずに、ふわりと笑顔をこぼし、また一口、また一口と夢中で食べ続ける。
その幸せそうな様子に、アレクシスは静かに目を細めた。
(まったく……どこにいても、変わらないな)
素直に喜び、心から美味しそうに食べる。
そんなヴェルの無垢な笑顔に、自然と苦笑がこぼれるのだった。
食べ終わると、ウェイターが笑顔でカードにスタンプを押してくれた。
ヴェルはぺこりと丁寧に頭を下げ、また嬉しそうにアレクシスを見上げた。
* * *
続いてふたりが立ち寄ったのは、木の温もりが漂う静かな雑貨店だった。
店内には、異国の工芸品や手作りの装飾品がところ狭しと並び、どこか懐かしい空気が漂っている。
ヴェルはふと、壁際に並ぶエルフ工芸の棚の前で立ち止まった。
そこにあったのは、繊細な彫刻が施された一本の装飾ナイフ――
小ぶりながらも鋭い刃と、優美な銀細工が美しく調和していた。
ヴェルはしばらく、そのナイフをじっと見つめ、そっと手に取った。
冷たい金属の感触が、静かに胸の奥を貫いていく。
しばし迷い、アレクシスに問いかけた。
「……これ、買ってもいいですか?」
「もちろん。旅の記念にいいだろう」
アレクシスは、店主に声をかけ、代金を支払う。
店主は微笑みながらスタンプを押し、そっと袋に包んで手渡してくれた。
「ありがとうございます……」
ヴェルは静かに頭を下げ、その包みを胸元でそっと抱きしめた。
* * *
最後に訪れた場所――
願いの小川は、静かで美しい場所だった。
木々の間を流れる水面には、たくさんの小舟がゆっくりと流れていく。
小さな短冊を舟につけて流し、岩に引っかからず、見えなくなるまで流れたら――その願いは叶うと言われていた。
ヴェルはそっと短冊に願いを書いた。
『首輪が外れますように。
アレク様が幸せになりますように』
それを結びつけ、静かに水面に舟を置くと、ふわりと流れ始める。
岩を避け、小さな流れに乗り、やがて見えなくなるまで進んでいった。
「やった……成功です!」
ぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに笑うヴェル。
「これで、願いが叶います!」
アレクシスは、その無邪気な笑顔を見つめながら、ふと尋ねた。
「……どうして、首輪を外したいと思ったんだ?」
ヴェルは少しだけ俯いて、静かに語り始める。
「私は……死ぬことがありません。
塔にいた時、兵士に斬られて、たくさん血が出ても……ご飯を食べられなくて、お腹がすごくすいても……
それでも、死ななかったんです。
そんな日々が、ずっと……ずっと続いていました」
あまりに淡々と語る、その言葉。
けれど、その裏に――どれほどの孤独が、苦しみが、絶望があったのか。
アレクシスは、悔しさと哀しさで、胸が張り裂けそうだった。
「……死なない体なんて、もう嫌で。
どうして私だけ……って、ずっと考えていました。
それで……この首輪を外せば、私も――普通になれるんじゃないかって、思ったんです」
十年もの間、誰にも助けられず、たったひとりで耐えてきた。
だからこそ、少しでもその重さから解き放たれたいと願うのは、あまりにも切実で、当然のことだった。
アレクシスはそっと彼女に微笑む。
「……そうか。じゃあ、早く魔道具師に会わなきゃな」
「……はい」
ヴェルはそっと微笑んだ。
その様子を見ていたスタッフが、そっとふたりにスタンプを押してくれた。
ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。
次回エピソード
* すれ違う想い *
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