* 魔道具の街 *
二人が魔道具の街――エルデンハイムへとたどり着いたのは、夜の帳が静かに降りた頃だった。
石畳の道沿いに、小さな工房や魔道具店がびっしりと軒を連ね、夜になっても人の気配は絶えない。
街のあちこちに吊るされた魔道ランプが、淡くあたたかな光を灯し、
風に揺れる光粒が星屑のように街路を彩っていた。
「うわあ……なんて幻想的なのでしょう……」
ヴェルは思わず足を止め、胸の前で両手をぎゅっと握る。
フードを深くかぶったローブ姿のまま、夜の風に裾を揺らしながら、
その瞳はまるで星空を映したかのように、きらきらと輝いていた。
右へ、左へと視線を忙しく巡らせては、フードの陰で嬉しそうに小さく跳ねる。
「こんなに綺麗な光景が、この世にあるなんて……夢みたいです!」
まるで子どものような無邪気さだった。
アレクシスは、ふと立ち止まり、彼女を見つめた。
その光に照らされた横顔が、なぜだか――胸に、焼きついた。
ほんの数ヶ月前まで、誰にも声をかけられず、暗い塔の中でたったひとり息をしていた少女とは思えない。
けれどその明るさが、今のヴェルを形作っているのだと思うと、
どうしようもなく、彼女が愛おしく感じられた。
「……はしゃぎすぎて、転ぶなよ」
照れ隠しのように言葉を投げると、ヴェルはふわりと振り返り、にこっと笑った。
その笑顔に、息が詰まる。
心が、ふっと緩む。
温かさとともに、じわりと胸の奥が満たされていく。
――ああ。
こんなにも、人を想う気持ちがあったなんて。
自分の中に生まれたその感情が、もはや否定できないものだと――アレクシスは、自覚していた。
* * *
翌朝、二人は魔道具師たちが集う工房街へと向かっていた。
石畳の狭い路地の両脇には、大小さまざまな工房が立ち並び、街のあちこちから蒸気や光が立ち上っている。
金属音や魔力のきらめきが混ざり合うその空間は、どこか独特の熱気に包まれていた。
「魔道具師の方なら、きっと……伝説の魔道具師様のことをご存知でしょう」
ヴェルはそう言って、ぱっと顔を上げる。
希望に満ちた声と、輝く瞳。
その歩みに迷いはなく、まるで光に向かって進む子どものようだった。
だが、その足取りはすぐに止まった。
目の前で、小さな男の子がつまずいて転び、膝を擦りむいて泣いている。
「まあ、大丈夫ですか?」
ヴェルはしゃがみ込み、そっと手を伸ばす。
淡い光が彼女の掌からあふれ、傷はみるみる癒えていく。
「ありがとうー!」
少年は笑顔で駆けて行った。
その直後、今度は腰を押さえて動けない年配の女性とすれ違った。
「少し失礼しますね……はい、これで楽になるかと」
再び癒しの光。
女性は驚きつつも、深く頭を下げてその場を後にした。
その様子を、少し離れた場所で見ていたアレクシスが、思わず苦笑する。
「……おいおい、この調子じゃ、日が暮れるぞ」
ヴェルはくるりと振り返り、頬を緩めて微笑んだ。
「お待たせしてしまって、すみません。
でも……誰かのお役に立てるのが、すごく嬉しくて」
その声はあまりに素直で、あまりに優しくて。
小さく息をつきながら笑う。
「……君らしいね」
それだけで、胸が少しだけ温かくなる。
「もう時間がなくなってしまいますね。急ぎましょう!」
ヴェルはそう言い、フードのローブを揺らして、小走りで路地の先へと駆け出していった。
アレクシスも、その背を見送りながら、
まるで光を追いかけるように、静かに歩を進めた。
* * *
「いらっしゃい。気に入ったものがあったら声をかけてくれ」
軽やかな声とともに、三十代ほどの男が二人を出迎えた。日焼けした腕をまくり、気さくな笑みを浮かべている。
二人が入ったのは、工房と店が一体となった魔道具店。木の温もり漂う店内には、さまざまな魔道具が整然と並んでいた。
壁際には、火を使わずに光るランプ。
棚には、水が湧き出す不思議な鍋――。
「うわあ……魔道具って、本当に便利そうですね」
ヴェルは目を輝かせ、子供のように店内を見回していた。
「……ああ、どれも、手が届く値段だな」
隣でアレクシスも、感心したようにうなずく。
男は誇らしげに胸を張り、腕を組んで言った。
「魔道具は、人の暮らしを楽にするためのものさ。だから誰でも手にできるようにしてる。俺たち魔道具師は、食っていければそれでいいんだ。儲けなんて、二の次ってやつよ」
その言葉には、揺るぎない誇りと職人の矜持が宿っていた。
「……素晴らしい心がけですね」
ヴェルは心から感動したように微笑んだ。
その淡い水色の瞳には、純粋な尊敬が浮かんでいた。
「あの、伝説の魔道具師様について、ご存知でしょうか?」
ヴェルが尋ねると、店主は一瞬、目を細めた。
「……いや、知らんな」
先ほどの気さくな笑顔は消え、声色もどこか素っ気ない。空気が少し冷えた気がした。
「……そうですか……」
ヴェルは肩を落とし、しょんぼりと視線を落とす。
そんな彼女に、アレクシスがやわらかく声をかけた。
「次を当たってみよう。焦らずに行けばいい」
その言葉に、ヴェルはぱっと顔を上げ、こくりと小さくうなずいた。
「はい……!」
気を取り直して、再び外の光の中へと二人は歩き出した。
街の賑わいが、二人の背中をそっと押していた。
しかし、何軒尋ね歩いても、誰もが同じように首を振るばかりだった。
「知らないねえ」「そんな話、聞いたことがないよ」――。
気がつけば、陽は西に傾き、街のランプが一つ、また一つと灯り始めていた。
「今日はもう、この辺で切り上げよう。明日、また回ってみよう」
アレクシスが、疲れた様子のヴェルに声をかける。
だが、ヴェルは力強く首を振った。
「ううん、あと一軒だけ……ここだけ、最後に寄りたいんです」
そう言って指差したのは、通りの端にひっそりと建つ、小さな工房だった。
戸をくぐると、若い男が顔を上げた。
「いらっしゃい、修理のご用かい?」
「いえ、ちょっとお聞きしたいことがあって……。伝説の魔道具師様について、ご存知でしょうか?」
問いかけるヴェルに、男は困ったように頭をかいた。
「あー……俺、新入りなんでよくわからなくて。ちょっと待っててくれます?」
そう言って、奥に声をかける。
「親方ー!」
間もなく、がっしりとした体格の親方が現れる。
「いらっしゃい。……伝説の魔道具師について、聞きたいって?」
二人がうなずくと、親方は少しだけ渋い顔をした。
「すまないが――」
その時、不意に店の奥から元気な声が響いた。
「あっ、さっきのねーちゃん!」
振り向くと、昼間ヴェルが癒した少年が駆け寄ってきた。
「さっきはありがとう!」
「どういたしまして」
ヴェルはほっとしたように微笑む。
親方が目を細めて、少年に尋ねた。
「なんだ、お前、知り合いか?」
少年はにこにこと笑って言った。
「うん! 転んだとき、怪我を治してくれたんだ。魔法でふわっと一瞬で治ったんだ! 凄かったよ!」
「ほう……それは世話になったな」
親方は少し驚いた後、ヴェルにニカッと笑って頭を下げた。
「ありがとうよ」
「い、いえっ! 大したことじゃありません」
ヴェルは慌てて手を振った。
「ねえ、父ちゃん。この人たちなら、なんとかしてくれるかも!」
少年が無邪気に父親を見上げる。
親方は、腕を組んで渋い顔をした。
「あの……水のやつか? お前、それはいくらなんでも……」
「何かお困りごとでしょうか?」
ヴェルがそっと声をかける。
「いやあ、その……な」
親方は、言いかけてから言葉をのみ込み、しばし考え込む。
そこへ、扉のベルが鳴る。
「あら、あんたたち!」
さっき腰を治したおばさんが、ひょっこりと顔を出した。
「なんだい、お前も知り合いか?」
親方が目を細める。
「またギックリやっちゃってね、さっき、このお嬢ちゃんが治してくれたんだよ」
「……そうか」
親方はふっと息をつき、目を細めた。
「こいつは、うちの昔からの常連でな。――ありがとうよ」
そして、ようやく決心したように二人を見つめた。
「……確かに、あんたたちになら、頼めるかもしれねぇな」
ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。
次回エピソード
* 魔道具師を救え *
よろしくお願いいたします。




