白の迷宮「広角なるスピーカー」
『白の迷宮:広角なるスピーカー』
「…………ん、」
目が覚めた瞬間、山田は違和感に包まれた。
まず、目の前にあったのは、色のない空間。
白。とにかく白。壁、床、天井、すべてが無機質な白で構成されていた。まるで、世界から他の色を排除したかのような、潔癖なまでの空間。
明るさは充分すぎるほどだ。だが、不自然に影がない。光がどこから来ているのかも、判断がつかない。どの面を見ても、そこに陰影は存在しないのだ。
そして——
「……音?」
空間のどこからともなく、かすかな「声」がした。
耳のすぐそばかと思えば、今度は背後から。それが壁の奥からなのか、自分の頭の中からなのか、判別できない。
《あたらしい日を、はじめましょう》
囁くような、しかし明瞭な女性の声。
だが機械的なフィルターがかけられたように、感情の起伏が一切ない。声に「温度」がない。
山田は頭を押さえた。どうやら寝ていたようで、床にそのまま横たわっていたらしい。服はいつものスーツ姿。ネクタイが緩んでいる。
「……ここは、どこだ?」
辺りを見渡す。ドアも窓もない。ただ白い壁が、完璧な立方体のように自分を取り囲んでいる。
ただ、床の一部だけがほんのわずかに“ざらついて”見えた。そこには小さな文字が浮かんでいる。
《なぜ音は、聞こえるのか。》
山田は眉をひそめた。
謎かけだろうか?それとも、これは……何らかのテスト?
ポケットを探る。
スマートフォン。電源は切れている。財布。鍵……そして、あの古びた真鍮の鍵。祖父が遺したものだ。
「……なんでこれが?」
するとまた、音がした。今度は壁を叩くような、低く鈍い“ドン”という音。それが一点からではなく、まるで部屋全体から鳴っているように感じられる。
——定位感がない。
音の方向がつかめない。どこから来ているのか、いやそもそも“外”があるのか。山田は立ち上がり、壁にそっと手を当てた。
《あなたは観察されています》
今度は壁面に、滲むような文字が浮かび上がった。液晶のような質感ではない。塗料でもない。まるで壁そのものが発光しているようだった。
——観察?
「誰が……?」
反射的に振り返るが、そこには何もない。ただ、自分の足音と、壁が発する微かな機械音のような振動が空気を震わせている。音がまた動いた。
《ヒトは、「方向」がないと不安になる。》
今度は低い男性の声だ。声色は違えど、同じく冷たい。
まるでこの部屋が話しているかのようだった。
山田は試しに話しかけてみる。
「おい、誰かいるのか……?」
《質問を確認。……応答、しません》
まるでAIか、あるいは録音されたやり取りのように、反応は機械的だった。
「ここは……実験か?何を、調べようとしてる……?」
《被験者No.2047、覚醒確認。初期認識プロセス開始。問題:音は、存在するか?》
「……は?」
また、床に文字が浮かぶ。
《【Q1】音とは何か。》
《1. 空気の振動 2. 認識された情報 3. 錯覚 4. 鍵》
選択肢?
まるでテストかクイズのような設問だ。だが、なぜ「鍵」が選択肢のひとつに?
何かを試されている。それは間違いない。だが、これはただの知識テストではない。
「……鍵、か。祖父の鍵も“答え”のひとつってわけか?」
思わず手の中の金属を見つめる。冷たい手触り、くすんだ光沢。
この鍵は、ただの遺品ではなかったのか? それとも——
《制限時間内に選択してください。あと、29秒》
……時間制限まで?
部屋の空気が、次第に締めつけてくるような圧力を帯びていく。
スピーカーなど見えない。だが確かに、誰かの「意思」がこの部屋の全てに宿っている。
山田は、白い空間のど真ん中に立ち、目を閉じた。
選べ。
選ばなければ、きっとこの部屋は終わらない。
《あと、10秒》
完結作品『色喰らい~』
あの山田さんが連載で帰ってきました。
なろうに登録して二ヶ月後、物語はどう変わったのか?