【1】
仰向けで寝るほうがリラックスできるらしい。
電車の中でなんとなく聞いていたラジオ番組でそう言っていた。
さすがに寝ているときくらい好きな姿勢で寝させてほしいんだけど……なんて不特定多数向けのラジオに不満をぶつけたってしょうがない。
適当に聞き流したはずだったのに、その夜布団に入ったら脳裏に仰向けという文字がチラついた。
まあ試すだけならいいかもしれない。
金もかからないし。
体を反転させ仰向けになると自然と手足が伸びる。布団の中だというのに、足の先から手の先までさらけ出しているように感じた。
この格好が本当にリラックス出来ると?
目を閉じてみるがリラックスどころかこれじゃ眠りにもつけない。
居心地が悪すぎる。寝ている間にさらけ出した手足が引きちぎられたらどうするつもりなんだ。こう、四方から引っ張られるような。なんかどこかの拷問でそういうのがあったはず。両手両足を馬に縛られてこう……。
無意識に呼吸を止めていたらしい。
はっ、と息を吸い込んだ俺はもう一度ゆっくり目を閉じる。
やめだ、やめだ。
寝る前に思い浮かべるような光景じゃない。
そもそもここに馬なんていないし、近頃物騒とはいえ流石にそんな治安の悪い国でもない。頭ではちゃんと分かっている。分かっているが、どうにも身体は受け入れてくれないらしい。結局俺はいつも通り頭から布団を被りなおした。そのまま右側を下にして膝を抱えこむ。
幼い頃からこうして丸くならないと安心して眠りにつけないんだ。
***
5時30分。
こじんまりとした三畳の部屋に、か細い音のアラームが響く。
微かな音を感じてすぐに布団から手を伸ばした。
これでもしっかりと寝ているつもりなんだけど、壁が薄いから生活音はなるべく立てたくない。その意識があるせいかこの部屋でアラームが5秒以上鳴ることはなかった。
まだ重たい瞼を持ち上げながら、もぞもぞと身体を動かして布団をどかす。
身体を丸めて寝ているせいで起きあがると骨が軋む音がした。
ゆっくり体を起こした俺、笹西蓮は軽く体を伸ばしながら「よし」と自分に気合を入れる。
家賃の安さだけで選んだこのアパートは最寄り駅まで徒歩15分。そこから大学の最寄り駅までさらに電車で1時間50分もかかる。
バイト代を貯めて自転車を買おうと思っていたが、ここに住み始めて3年経った今でもそんな余裕はない。まあ歩けない距離じゃないし、と自分で優先順位を下げているせいもあるが、そもそも贅沢なんてしていなくても金は出て行くばかりだ。
ただ悪いことばかりじゃない。乗り換えはないし始発駅だから絶対に座れる。うん、良い点もちゃんとある。簡単に言えば毎日県境を超えているという話。家賃相場が一番安いところはやはりそれなりに不便なのだ。
毎日同じ時間に同じ車両に乗っていると見知った顔も多くなる。もちろん話しかけるわけではないが、ある種似た部分を感じて勝手に親近感を覚えていた。
ただ4月はほんの少しいつもと様子が変わる。
俺がいつも座っている向かいのシートの一番端に座っていたのは、前屈姿勢をとり両手でスマホを持つおじさんだったはずだ。
角の席に座るために何分も前から電車に乗っている。いかにも真面目そうな人。靴も時計もスーツもバッグもあの人が身に着けている物の質の良さは、ブランドに詳しくない俺にも分かった。
身なりはいいけど朝なのにもう疲れた顔をして覇気がないそんなおじさん。
疲れが取れない原因が仕事なのか家庭なのかは俺には分からないけど、しっかりと金を稼いでいるのは明らかだ。
本人の意思はともかく俺はそれを格好良いと思っている。
そしてそういう人生を目指していた。
好きな仕事、楽な仕事に就きたいわけじゃない。
とにかく一人でも生きていけるくらい金を稼ぐ。
それで昔の俺を知る人に見られたときに「あいつ良いもの身に着けてるじゃん」と思われればそれだけで十分だ。
俺の未来もこうでありたいと密かに熱視線を送っていたのに、ここ数日姿を見ない。
おじさんが座っていたあの場所には、今は別の人が座っている。少し寂しさもあるけどそういう時期だ。
まあこの目新しさとそわそわとした緊張感は嫌いではないんだけど。
皺もなくピンと張りのあるスーツや制服を着ている人の、不安と期待が交じった顔を見て二年前の自分を思い出した。
8時10分。
大学の敷地内にあるベンチに腰を下ろした。
自分を納得させるためにあれこれ言い聞かせているが強がっていることは否めない。正直通学するだけで疲れる。けどそこまでして大学で学びたいと思うなんて、俺って真面目で偉い。頑張っている。
通りゆく人をぼんやり見つめながら、そうやって自分を労っていると軽く肩を叩かれた。
「おはよ!」
「おはよう。この時期はやっぱり賑やかになるよな」
誰か確認する前に振り返りながら立ち上がる。ほぼ同じ目線の村田と目を合わせたあと、隣に立つ史を見上げて挨拶をすると村田がけらけら笑った。
「蓮ってば、それ去年も同じこと言ってたけど」
「そんなことねぇ……ん?あれ。言っているか」
たしかにそう言われると去年の今頃もこんな会話をした気がした。笑う村田を揶揄うように史が片方の口角を上げる。
「村田もさっき去年と同じようなことを言っていただろ」
「え、俺も?……そんなこと言ったっけ?」
「今年の1年生も可愛い子多いなぁ。俺、年下も全然アリ。……だっけ?」
「ちょっ、おいっ!ふみのアホ。そんなこと大声で言うな」
近くにいた女の子がチラッとこっちを見た。
「違うからね」と慌てて村田は弁解するが完全に無視される。まったく相手にされていない村田に苦笑しながら、三人で一限の教室へ向かった。
他愛もない会話を出来る友人がいて一人暮らしをしながら大学に通う。
これこそ俺が昔から憧れてきた普通の平和的生活だ。
後輩を迎える立場も二度目を迎え、大学生活も折り返しを迎える。
今年もこのまま平穏に過ごしていきたいと願いながら、眠たげにぼんやりとしている生徒の間でピンと背筋を伸ばして俺は講義を受けていた。
午前中の授業が終わり食堂で二人を待っていると、随分しょげた顔をした村田が近づいてくる。
「どうした?」
「はぁ……」
「村田?」
大きなため息をついた村田は、俺の正面に座りそのまま机に突っ伏した。
声をかけるが返事はない。こういうときに自分の対応力の無さが浮き彫りになる。相手は友達だ。それなのになんて声をかけたらいいか、いちいち考えないと言葉に出来ない。無理に聞き出していいものか判断に迷っていると、こちらに近づいてくる史を見つける。
救世主だ。
助けを求めるように大きく手を振る。
「ふみ。村田が……」
「あー……どうせいつもの発作だろ」
遅れてやってきた史は特に気にすることもなく、チラッと史の様子を見てそう言った。
「彼女が欲しい」が口癖の村田のことだ。
おそらくそういう類の話だろう。と言いたげな史は俺の隣に座ると、突っ伏している村田の頭をつつく。顔をあげた村田は不貞腐れたように口を尖らせた。
「いつもとはなんだよ」
「蓮が心配するだろ?で、どうしたんだ?」
「あー……ごめん、ごめん。それがさぁ、ヤバい奴がいたんだよ」
「ヤバい奴?」
「そう。……二次元の男だって」
「は?」
俺だけかなと思ったが隣を見ると史も分かっていないようだ。
あまりにも女の子に相手にされなくてとうとうおかしくなったのだろうか。思わず視線に不憫だという感情が纏う。その視線の意味を感じ取った村田が「違うから!」と言いながら上半身を起こした。
「そうじゃないんだって。今年の一年の中に“二次元の男”と呼ばれてる男がいるんだよ。それで女子たちがみんなそいつに夢中でさぁ……」
へなへなと再び机に上半身を伏せた村田は、深く吐き出した息に弱弱しく言葉を乗せた。
「なんで、こう……毎年毎年モテる奴が現れるのか」
随分な二つ名だ。
慰めるようにくしゃくしゃと髪を撫でながらなんとなく食堂を見渡す。
「本当にそんな風に呼ばれる人っているのか?」
「俺もまだ実物は見てないけどさぁ。まるで漫画とかアニメとかの世界にいそうなんだって。だから“二次元の男”」
「どうせ大袈裟に言っているだけだろ?」
「他に話題がないからな」
史と一緒に苦笑しながら村田を慰める。
噂を信じたわけじゃないが、そんな風に呼ばれる人がいるなら少し見てみたい気がした。
**********************
今日はなんだか空気が騒がしい気がする。
隣の校舎に移動中そう感じた。あちこちから熱い視線が飛び交ってきてどうにも落ち着かない。こういうときは早くこの場から離れるに限る。視線の間を縫うように足早に進んでいたが、視界に入ってきた人物を見て思わず足が止まってしまった。
(あぁ。なるほど)
妙に納得する。
空気が騒がしい理由も。熱い視線が飛び交う理由も。
この前聞いた村田の話もすぐに。
全てが繋がったのだ。
思わず足が止まってしまうのは女の子だけじゃない。
周囲の視線を集める先には、長い手足を持て余しながらベンチに座る一人の男がいた。
華やかさはまるでアイドルのようだが、愛嬌があるような可愛らしいタイプではない。しっかりした眉と意志の強さを表すような鋭い眼差し。気だるげに切れ長の目を細めて虚空を睨むその姿は、なんというか妙な色気すら漂わせている。
それにしてもただベンチに座っているだけだというのに、それすら様になるのだから顔が良い奴というのは得だな。俺なんか毎朝同じ場所に座っているけど誰にも気に留められないというのに。
目立ちたくないから羨ましくはないし、女の子と関わりたいと思っていない俺ですら、同じ男として思うところはある。
こんな風に振る舞えたら俺も多少は生きやすくなるだろうか。
これほど注目されても動じず、むしろ人の目なんてどうでもいいと思っていそうな男に感嘆した。
これが噂の二次元の男だろう。
村田が嘆く理由も分かった気がしてなんだか可笑しくなった。
ちゃんと報告してあげよう。
大袈裟でもなんでもなく、たしかに村田の言う通りだった、と。
俺の目的はあのベンチの前を通って行った向こうにある建物。このまま歩いて行けばすぐ着くが二次元の男から背を向けた。
視線が集まるこの空間、ましてや二次元の男の前を横切る胆力など俺にはない。
日々代わり映えしない大学において、今ここは神聖な場所と化していた。“いや、お前じゃねぇよ”と思われるくらいなら遠回りでもなんでも喜んでしよう。
俺は悩むことなく踵を返した。
**********************
翌朝、挨拶もそこそこに「俺も見た」と伝えると何故か村田が目を輝かせてきた。
「実物ヤバいだろ!?あのオーラは只者じゃない。マフィアとか石油王とかそう言われたって納得しちゃいそうだよな。誰のことも相手にしないみたいで、そもそも友人といるところを見たことがないし、なんなら笑った顔も見たことがないんだって。で、たまに強面の、これまたオーラのある男と一緒にいるところを目撃されている」
この間、一呼吸だ。
呆気にとられる俺たちを前に、息が続かなくなったのか村田は大きく息を吸いこむとこう続けた。
「で、名前は猪兎朝哉!」
「お前……その猪兎って奴のことずいぶん気に入っているんだな」
「多分そこら辺の女子より詳しいだろ」
村田にこんな情報収集能力があることを知らなかった。
「とんでもない。違うって。そういうんじゃないから」
「いや、絶対そうだろ」
「俺も初めて見たとき思わず見惚れちゃったから。そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だって」
「いや、本当にそうじゃなくて。ただ、モテるくせにすかしているのが気に入らないってだけ。だってモテたくて必死になっている俺が惨めに感じるじゃん。敵情視察だよ」
「敵情視察ねぇ」
意味ありげに史が語尾を伸ばしてフッと笑った。
つられ笑いをしながら頷いて昨日のことを思い出す。たしかにあんなに近寄りがたい雰囲気を出す相手に気軽に話しかけられる子はいないだろう。俺だって年上のはずなのにその迫力に呑まれたんだから。
3人で構内を歩いているとちょうど猪兎を見かけた。1人でいるにも関わらず今日も周りの視線を独り占めにしている。
「羨ましい~~。ちょっと背が高くて顔が良くてオーラがあるだけだろ?ああいうちょっと悪そうな男より優しい男の方が絶対良いって」
褒めているんだかけなしているんだか微妙だが、まぁまぁと村田を宥めた。
「俺は絶対に花沢類派だぞー!」
「おいバカ。声がでかい」
史が村田を小突くが周りにいる人が俺たちを見た。その中に猪兎の姿もある。顔を上げた猪兎と一瞬バチっと目が合ってしまい咄嗟に逸らした。
(マズイ、聞こえたのか?)
恐る恐る様子を窺うと、何故か猪兎が俺たちの方へ向かって歩いてくるのが見えた。
すぐにその場から離れたいが、猪兎の方が速い。原因である村田は、あわあわとしているばかりで「い、いや冗談だから」とかなんとか言っている。
村田の手を引いて走って逃げるべきだろうか。
慣れてきた。
慣れてきたはずだった。
バイトもしているし友達だって出来た。だけどこうやって一斉に視線を集めているという状況に手が震えだす。
史に助けを求めようと顔を上げたつもりが、強い視線に引っ張られるように猪兎の方へ向いてしまった。
再び猪兎と目が合う。彼の鋭い視線に絡めとられ、軽率に目を逸らすことも出来なくなった。
睨んでいるのか?……なんで俺を?
俺は何も言っていないのにどういうことだ。
あっという間に目の前にやってきた猪兎は史よりも若干背が高かった。180㎝は軽く超えていそうだ。それにやっぱり顔が良い。近くで見る猪兎の迫力にのまれていると、意外にも少しひび割れた唇が開く。
「……蓮くん?」
「は?」
今なんて?
思わず間抜けな声が出てしまった。だけど猪兎は戸惑う俺に構わず少し体を屈めた。俺の目線と同じ。正面でしっかりと見つめられごくりと唾を飲み込む。
「絶対そうだ……やっと見つけた」
誰も笑顔を見たことがなかったんじゃないのか?
その猪兎が顔を綻ばせている。
マフィアだ。石油王だ。なんだかんだ、と言われている猪兎が、こんなにも柔らかく笑うなんて……。
綺麗な顔の真顔の圧力も相当だったが、これはこれで他人に向けていい表情ではない。
ほらみろ、周りにいた女の子たちが絶句しているじゃないか。というか俺もその子たちと同じ顔をしている自覚がある。
背後で「朝哉君が……わらった?」と徐々に波紋が広がっていった。
ざわつく周りの声にようやく俺も我に返る。
「は?……え、なに?蓮知り合いなの?」
戸惑う村田が「蓮」と俺を呼ぶと猪兎がじろりと睨んだ。その顔に村田は「ひっ」と引き攣った声を上げてすぐに口を閉じる。
ただ、戸惑っているのは俺も同じ。
なんで俺の名前を知っているのか分からないし、こんな人と知り合いなら絶対に忘れるはずがない。俺は自慢じゃないが大学に入るまで友達なんて出来たことなかったし、知り合いだって少ないほうだ。仮にこんな強オーラのイケメン……。
もしかしてあの人の男関係とか……?
あの人。いわゆる母親の姿と共に歴代の男たちの姿を一緒に思い出してみるが誰とも一致しない。
「え-、っと。いのと君?」
「いやだな。昔みたいに朝哉って呼んでくださいよ。そうじゃなきゃ俺も先輩って呼ばなきゃいけないじゃないですか」
村田から俺に視線を戻した途端柔らかな表情を浮かべる。
俺だけにそんな顔を見せるなんて本当に何なんだ。言っている意味もまったく分からないけどなんだろう。
今チリっと胸のあたりが焼けるような……。
「ごめん、どっかで会ったことあったっけ?」
「……もしかして本当に俺のこと忘れたのか?」
恐る恐るそう聞くと猪兎はスッと目を細めた。
あ、俺にもそんな顔をするんだ。わずかに鋭さを取り戻した視線から目を逸らすと、小さなため息が聞こえる。
「この大学に入るって。ちゃんと帰ってくるって。……覚えていたのは俺だけかよ」
「帰ってくる……」
チリっとした痛みは不快感に変わり、ジリジリと焼けるような激しいものに変わっていく。
もう大丈夫。
俺は。いや俺だって強くなった。もうちゃんと一人で生きている。
俺だって?
あれ、今誰と比べて……。
跳ねるように顔があがる。
まじまじと猪兎の顔を見て「あ、……うそ」と勝手に口が動いた。
今俺の中にある一つの可能性。過去のことは思い出したくなかった。ただその中には、一つだけとても大切な思い出も混ざっていた。
「思い出した?」
まだ笑ってはいないが答えを促すように幾分柔らかな声で問われる。
心当たりはこれしかない。だけど違う気もする。だって自分の記憶の中にいる子が、目の前の彼とどうやっても結びつかない。
俺の知っている“あさや”は俺より二つ年下の強気な癖に泣き虫で、それでいて「蓮くん」と慕ってくれる天使のように可愛い男の子だったはず。
こんなイケメンの高身長で治安の悪い顔を平気でしながら強オーラを放つ男ではない。
ただ状況を考えろ。
少しでも可能性があるなら言えばいい。
「もしかして、あの“あさや”か?」と聞くだけだ。
たったそれだけのことなのに、俺の身体は限界だと訴えてくる。
口内はカラカラに乾き切ってしまい、喉の奥は完全に閉じてしまった。嫌な汗が額に滲み不快感で気持ちが悪くなる。
もう何も怖いことなんてないはずなのに、気持ちばかり焦ってしまい冷静になれない。
「おい、蓮大丈夫か?」
「あ、ああ……」
史が様子がおかしい俺を庇うように身を割り込ませた。
あさやと過ごした日々は今まで生きてきた中で一番大切な記憶でもあるが、一番思い出したくない頃の記憶でもある。
自分でも気づかない間に手の震えは大きくなっていた。
何か言おうと開いた唇でさえ震えている。心配そうな顔をする村田と史に「大丈夫」と言う声すら震えていて、二人は納得した顔をしてくれない。
「あんたらなに?俺は今蓮くんと話しているんだけど」
「お前こそ誰だよ。さっきから自分のことばっかりだけど、蓮が体調悪そうなの見て分からないのか?」
俺がこんな調子のせいで史と猪兎が睨みあってしまった。
一触即発の空気にますます人が集まってくる。まるで見世物だ。人の視線の圧が俺を貫いていく。グサグサと四方から剣を突き立てられ息を吸うだけで苦しい。
「蓮?本当に顔色が……」
村田に顔を覗き込まれて「ごめん」と呟いた。
みっともなく震える声を聞いて嫌になる。
なんなんだよ。本当俺の体どうなってんだ。こんなに脆いなんて知らなかったし、知りたくもなかったのに。
「猪兎に……、俺の連絡先教えていいから。あとで連絡するって言っといて」
「蓮?」
「ごめん、本当もう限界」
逃げよう。
逃げるのは悪いことじゃないって、今はそういう風潮だ。
足がもつれて転びそうになりながらも俺はその場から走って逃げた。
背後から「蓮くん!!」と呼ぶ猪兎の声を聞きながら……。
ここまで読んでいただきありがとうございました!全14話の予定です。
お好みに合いましたら、続きも見ていただけたらとても嬉しく思います。