02-壱-プロローグⅡ
惑星エルヴァディア。
その中心、交界国ヴェクセルの闘技場では、荒人にして現人、伴侶にして最強、第一眷属であるミササギと名を得た男が、国の騎士団、兵士団、そして彼と同じく眷属であるヒイラギの訓練を統べていた。
ヒイラギは剣の柄を握り、振り下ろす。
ミササギは刀の柄を握り、真正面からそれを受け止めた。
まだ年若い彼女の剣は、洗練されてはいない。
だが、その一太刀は、誰よりも鋭かった。
ヒイラギは剣を引き戻すと、息を詰めて再び踏み込んだ。
剣筋は直線的で無駄がない。だが、そこには若さゆえの粗さも滲んでいる。
ミササギは微動だにせず、わずかに身体を沈めるだけで、その一撃を受け流した。
彼の刀に伝わる衝撃は確かに重い。
だが、あくまで静かに、まるで水面を撫でるような動きで、力を無へと還していく。
ヒイラギは食い下がった。
切り上げ、切り下ろし、踏み込みながらの横薙ぎ。
連撃のすべてを、ミササギは一歩も退かずに受け止めた。
真正面から、確かに捉え、力を断ち切る。
一太刀、一太刀に込められたヒイラギの渾身を、ミササギは黙して受け続けた。
やがて、ヒイラギの額に汗が滲む。
呼吸が浅くなり、握る手にわずかな震えが走った。
それでも、彼女は剣を止めなかった。
ただ、ひたすらに前へ。目の前の存在に届くために。
一歩、また一歩。
鋭さを増す剣先と、それを受け止め続ける絶対の壁。
闘技場には、剣戟の音と、張り詰めた空気だけが満ちていた。
「──ありがとうございました」
ヒイラギは静かに頭を下げ、訓練を終えた。
何度も打ちのめされ、体力も気力も限界に近かった。
これ以上は、剣を振るうための力さえ残っていなかった。
「おつかれ。ゆっくり休めよ」
ミササギは休むことなく、騎士団や兵士団の相手を続けていた。
ヒイラギは闘技場の端に腰を下ろし、自分と同じ眷属──ミササギの動きを眺めながら、自身の力不足を痛感していた。
(そんなふうに、悲観的になることはないんじゃないか?)
最も心地の良い声が、彼女の頭の中に響いた。
それは、彼女が身に付けている左手薬指の、銀色のマリッジリングとして、何の遜色もない形をした指輪から、優しく、確かに届いていた。
(タケルは、いつも優しいよね)
ヒイラギは視線を落とし、自嘲気味に心の中で返す。
(優しくなんかないさ。
俺が知っているのは、ヒイラギが才人だってことくらいだ)
タケルは、やはり自嘲を滲ませながら答えた。
そして、彼女が最も苦しく感じている部分に、そっと触れる。
ヒイラギは顔を上げた。
視線の先では、ミササギの周囲に戦士たちが次々と倒れていた。
まだ立っている者も多い。
だが、一瞬だけ目を逸らした隙に、その数は確かに増えていた。
「やっはろー!」
突然だった。明るい声が、闘技場に響き渡った。
振り返った人々の視線の先に立っていたのは、交界神。
惑星エルヴァディアの最高神にして、かつて人として生を受け、いまや現人神として在る存在だった。
交界国ヴェクセルは、この交界神ミレイを主神として崇める国である。
そのため、兵士団も騎士団も、ヒイラギも、その姿を前にして自然と頭を垂れた。
ただ一人、ミササギは頭を垂れることなく立ち続けていた。
むしろ、主神の隣に静かに並び立っていた。
彼女は、頭を垂れるヒイラギの前に腰を下ろした。
「君に頼み事があるんだけど、聞いてくれるかな?」
新たな物語が、静かに、確かに動き始めていた。