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中華王朝史記

清明節に備えた第二王女の趣向

作者: 大浜 英彰

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。

 日本への表敬訪問に英国王室ロイヤルファミリーとの晩餐会、それに香港島での式典出席。

 ここ暫くは公務が重なり、目が回るような忙しさじゃった。

 だからこそ、こうして北京の紫禁城へ帰城すると心が落ち着くのじゃよ。

「無事に公務も一段落したのう、太傅(たいふ)よ。(わらわ)も肩の荷が下りたようじゃ。しかしながら、紫禁城も随分と温かくなった物よ。」

「仰る通りで御座います、愛新覚羅翠蘭(あいしんかくらすいらん)第一王女殿下。もう清明節も間近で御座いますからね。」

 側近として公務に同行させた太傅(たいふ)完顔夕華(ワンギャン・シーファ)の返答に頷きながら、(わらわ)は渡り廊下から垣間見える紫禁城の庭園へと視線を向けたのじゃ。

 今では我が中華王朝の王城となっている紫禁城じゃが、故宮博物院という展示施設として用いられていた旧体制以前は清王朝の王城であり、そのまた過去においては漢族の王朝である明の王城として用いられておった。

 その数百年に渡る歴史を物語る壮麗な庭園に咲き誇る春の草花を眺めておると、自ずと心が癒されるのじゃ。

挿絵(By みてみん)

「然りじゃ、太傅(たいふ)。あたかも競い合うように咲き誇る庭園の草花を見ておると、春の訪れを否応なく実感させられるのう。白蘭(びゃくらん)にとっては良い刺激になるじゃろう。絵筆か写真機を片手に構図を探る姿が見えてくるようじゃ。」

 そう呟きながら、(わらわ)はまだ帰城の挨拶を済ませていない妹に思いを馳せたのじゃ。

 我が妹の愛新覚羅白蘭(あいしんかくらびゃくらん)第二王女は、美術への造詣が極めて深くてな。

 それも一端の美術評論家紛いの講釈を垂れるばかりでなく、宮廷芸術を司る翰林図画院へ足繁く出入りをしておるのじゃ。

 お陰で最近は中華王朝の国内はおろか海外の美術展にも来賓として招待されておるようで、なかなか忙しい身の上だとか。

 そんな芸術好きの妹に想いを馳せていたからなのか、いつしか(わらわ)の視線は一幅の掛け軸へと吸い寄せられていたのじゃ。


 清明時節雨紛紛

 路上行人欲断魂

 借問酒家何処有

 牧童遥指杏花村


 一切の迷いのない筆致で書き上げられていたのは、唐代に活躍した杜牧(とぼく)によって詠まれた「清明」の七言絶句じゃった。

「ほう、杜牧(とぼく)とは風流じゃな。今の時節によく合っておる。更に特筆すべきは、掛け軸の真下に据えられた卵絵よ。」

 思わず屈んで覗き込んでみたが、見れば見る程に微笑ましくなるのう。

 漆で赤く染め上げられた殻の表面には二つの卵を温める番の鴛鴦(おしどり)が描かれており、その精緻な細工が見て取れる。

 清明節には茹で卵の殻を赤く染めた紅蛋(ホンタン)の飾りが付き物じゃが、この赤い卵絵は紅蛋(ホンタン)の代わりという趣向じゃろうか。

 この卵絵を英国王室プリンセスのイザベル殿下が御覧になったら、きっと喜ばれるじゃろう。

 何しろ(わらわ)が清明節の紅蛋(ホンタン)を話題に挙げるや、「我が国で行われている復活祭のイースターエッグみたいですね。」と食いつかれたのじゃから。

挿絵(By みてみん)

 あの好奇心旺盛で無邪気なプリンセスならば、恐らくは卵絵にも御興味を抱かれるはずじゃ。

 次の晩餐会か園遊会に備えて、色々と話題を仕入れておかねばのう。

挿絵(By みてみん)

「しかし、随分と真新しい条幅で御座いますね。これは誰の筆による物なのか…おおっ!これは…」

 怪訝そうな顔をしていた太傅(たいふ)がビクッと痙攣したのは、落款を一瞥した次の瞬間じゃった。

 そして直ちに、拱手の礼を示したのだ。

 それも無理はない。

 あの「清明」を大書した条幅も鴛鴦(おしどり)が描かれた卵絵も、我が妹こと愛新覚羅白蘭(あいしんかくらびゃくらん)の創造物なのじゃから。


 折も良く、(わらわ)は上書房での勉学を終えたばかりの妹から詳しい話を聞く事が出来たのじゃ。

挿絵(By みてみん)

「何しろ清明節も近う御座いますからね。(わたくし)なりに『何か時節に沿った物を…』と考えたので御座いますよ。」

 (わらわ)が書画に気付いたのが喜ばしかったのか、妹の声は何時になく弾んでおった。

「成る程のう、白蘭(びゃくらん)。するとあの漆塗りの卵絵も、貴公の趣向という事か。」

「仰る通りです。番の鴛鴦(おしどり)は女王陛下と父上、二つの卵は姉上と(わたくし)で御座います。」

 この趣向には、(わらわ)も何も申す事が出来なかったぞ。

 何しろ御互いに忙しい身の上であるからな。

 中華王朝の女王の愛新覚羅紅蘭(あいしんかくらこうらん)陛下であらせられる母上は言わずもがなじゃが、父上こと劉玄武(りゅうげんぶ)殿下も王配として様々な公務を抱えておる。

 そして世子である(わらわ)にしても、今回のように公務で紫禁城を離れる事はあるからな。

 一般家庭に比べれば、家族四人が揃う機会は確かに限られておる。

 それでもなるべく顔を合わせようと御互いに努力はしておるが、ここ暫くは特に公務が立て込んでいてのう。

 親子四人揃って顔を合わせるのも、そう言えば確かに久々じゃよ。

「そうか、白蘭(びゃくらん)…貴公は清明節で我が王家が一堂に会す事に因んで、あの卵絵を仕上げたのじゃな?」

「仰る通りです、姉上。家族四人で祖廟を参拝する清明節に、どうしても間に合わせたかったのですよ。」

 照れ隠しに笑う妹を見ていると、(わらわ)も清明節が楽しみになってくるのう。

 杜牧(とぼく)の七言絶句では雨天だったが、此度の清明節に関しては晴天であって欲しいものよ。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 なかなか行動を共に出来ない王族の家族。 だからこそ絆を大切にするのでしょうか。
ご公務で忙しい愛新覚羅翠蘭第一王女殿下が、杜牧の「清明」をご覧になって、心にゆとりを持たせたところに、漢詩の力を感じますね。 私は漢詩に全く詳しくないので、授業で習った漢詩ぐらいしか知らず、こちらの杜…
清明節、掛け軸に書かれた七言絶句、イースターエッグ。「春」満載のお話だと感じました。 白蘭第二王女殿下といえば「怪盗・風流英傑」が登場するご作品「怪盗によって金満悪役令嬢から救われた北宋画」を思い出し…
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