27:【意外】
「…ねえ、母さん、私はやっぱり間違っていたのかな」
私は駅のピアノに語りかける。
私は琴音とるりの事を思い出した。
腱鞘炎ギリギリまで弾き続けたその想い。多分伝わった。でも、それは「彼女」を傷つけてしまったことも意味する。
「るり…」
邪険にしたつもりはない。でも、それが琴音への私の気持ちだった。
「なんでこうなっちゃったんだろ」
「仲良く、なれると思ってたんだけどな」
今からでも遅くない、そう思う自分もいる。
私はピアノにもたれかかってそんな事を考えていた。
すると、ある人物がこちらに向かっていることに気づいた。
「るり…?」
「…」
るりはこちらを向いたまま黙っている。
「…琴音は今日は来ないよ。体調崩したって学校休んでる」
「そっか…」
私はそんな事しか言えなかった。
るりは私の隣でピアノに凭れ掛かる。
「…琴音にはちょっとだけピアノ教えてもらったよ。だから分かった。美音も琴音も、遠いところにいるんじゃないかって」
「わたしじゃ足りなかったみたい」
るりは切なそうな笑顔で私を見る。
「…ごめん」
「なんで美音が謝るの?」
「…」
私は黙ってしまった。
「わたしが言ったんだ。友達に戻ろうって」
「るり…」
「こういう時、身を引くキャラってかっこいいよね」
自虐的な事を言う。
「…というわけで、わたしはもう諦めた。琴音の事、よろしくね」
「あの子、大人しくて基本的に素直だけど、たまに直情的なところもあるから気をつけて」
あっけらかんとした笑顔でるりは話す。
「だからさ、美音とも友達になりたい。ピアノ、教えてくれないかな。わたしも連弾とかしてみたい」
「…うん」
私は頷いた。
でも、そのるりのキラキラした笑顔の下に、やはり悲哀を感じる。それでも、るりは進もうとしてくれている。それに応えなければ。
「今日、何弾くの?」
るりは興味深そうに聞いてきた。
「うーん…特に決めてないけど…」
「じゃあさ…」
るりは流行りのポップスをリクエストしてきた。
「いいよ」
私は勢いよく冒頭のフレーズを弾き始めた。
ヒットチャートに入っている曲なので、興味深そうに立ち止まる人もいた。
この音色は、るりにどういうふうに伝わっただろうか。
「――っ」
すると、るりが軽くハミングを始めた。
そして、それが合図かのように歌い始める。
よく通る、芯のある声。
なんだ、るりだってすごいもの持ってるじゃないか。ピアノの音色に負けないほどの声量。迷いのない音階。
ボーカルが入ることで、音に変化がある。るりの音量、音を取る時のくせ。それを活かして伴奏という形に変化をつける。
次第に私達の前には人だかりができていた。
一曲演奏し終わると、ぽつぽつと拍手が湧く。
私とるりはそれに向かって深くお辞儀をした。
「るり…すごいじゃん、今の…」
「んー、カラオケで褒められた事はあるけど、こんなに大勢のところで、マイク無しで歌ったことはなかったかな」
その割りにはきっちりとした腹式呼吸で歌っていた。
「…ソルフェージュとかやったらもっと上手くなりそう」
「あ、それ琴音がやってたやつだ。ドレミで歌うやつ」
「そうそう、簡単なのから始めたら十分上手くなると思う」
そんな事を話す。
今までだったら絶対にこんな気持ちにはならなかっただろう。
私は思わず吹き出す。
「…何?」
「いや、『恋敵』と仲良くなるの、そういうエンドがあるゲームあるよね」
るりもつられて笑っていた。
これで良かったのかな?
私の中の疑問符は、少しずつなくなっていった。




