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24:【賭け】

 私はすごく緊張していた。

 小学生になって出る初めてのコンクール。

 私が琴音を初めて意識した時。


 舞台袖で待っている時、ちゃんと弾けなかったらどうしようとか、でも少しは上手く弾けたらいいなとか…頭の中はぐるぐると回り続ける。

 私の前に演奏する子…琴音が舞台に上がる。深々とお辞儀をするとピアノの椅子に腰掛ける。その時から尋常じゃないピリピリとした空気が感じられた。

 その子がすっと息を吸い込むと鍵盤を滑るように指が動き出す。

 上手い。

 それだけでは表せない何かがある。でも、幼かった私にはとにかく自分では超えられない壁を感じた。今まで私は同世代の子よりは少しは上手い方なのかなと思っていた。でも、それは間違っていた。この子を超えないと、私は先に進めない。そんな、勝手なライバル意識。

 ずっと勝てなかった。次第に私の頭の中は彼女の事でいっぱいになっていた。大人しそうなのに、壇上に上がった瞬間、その瞳に尋常じゃない熱量を持って鍵盤の上を踊る繊細なタッチ。どんな課題曲でも、その楽曲がどう作られたか、自分はそこから何を伝えたいのか。はっきりとした表情と表現。悔しいが超えられない。そう思った。

 でも、あるコンクールを気に、琴音の音は変わっていった。ずっと聴いてきたからわかる。感情を乗せているが、それは「琴音」の音じゃない。完璧なテクニック、作家の意図を完全に汲んだ表現力。

 でも、その表情は無だった。

 何がここまで彼女をここまで追い詰めたんだろう。考えれば考えるほど分からなくなる。

 あんなに、上手なのに。

 声をかけてみたかった。

 

 一度だけ、琴音より上位に食い込んだ事があった。

 でも、次点で並んでいる琴音には何の感情もなかった。あなたに負けてもなんでもないと、そう言われた気がした。

 じゃあ琴音にとって「音楽」って何なんだろう?なんであんなに辛そうに弾くんだろう?

 余計に話したくなる。

 でもそれは叶わなかった。

 中学三年での最後のコンクール、それ以来琴音を見かける事はなくなった。

 きっと琴音は二位だった私のことなんて覚えていないだろう…。でも私は覚えていた「藤岡琴音」を。他のコンクールで会えるだろうか?

 私は色々なところで開催されるありとあらゆるコンクールに出た。でも、琴音の名前は出てこない。


 だから、「ピアノ」に賭けてみたんだ。

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