18:【狂おしい】
その日はるりと映画を観に行くことになっていた。
駅の喧騒の中、るりを探す。
「?」
るりからメッセージが送られてきた。
電車の遅延で約束の時間に少し遅れそうだ、と画面には表示されていた。
私はスマフォをカバンにしまい、どこで時間を潰そうかと考える。
「…」
久々に聴くその音色。
…美音だ。
私は思わず駅の広場に足を向ける。
そこにはぽつんと置かれたピアノに向かう美音がいた。
周りにはぽつぽつと立ち止まって聴いている人もいる。
そこには悲痛な音が響いていた。
「飛翔」シューマンの楽曲だ。タイトルとは裏腹に、旋律はどこか切なさ、それにともなう苦しさを感じる。途中で階段を駆け上り、高みへと登る。しかし飛ぶことは叶わない。そこからまた切ないメロディーに帰って来る。唐突にその旋律は終わりを告げた。
それを見つめていた私と美音の目があった。
しかし、美音は私を見つめるだけで、また鍵盤に手を伸ばし、違う楽曲を弾き始めた。
…フランツ・リスト「ハンガリー狂詩曲第二番嬰ハ短調」…。装飾的な音が鍵盤の上にほとばしる。激しく動く旋律、題名の通り、そこには狂おしいほどの切なさ、熱情、色々な感情が鍵盤を走り回る。
私はそれを息を呑んで見つめていた。




