16:【わたしだけのもの】
涼やかな風がそよぐ日、わたしたちは屋上で昼ご飯を食べていた。
ほとんど無言だが、それは心地よい空気だった。
「ねえ琴音、ピアノ教えてよ」
わたしは食べ終わったお弁当を巾着に入れる。
琴音と同じ景色を見てみたい。少しでも琴音をもっと理解したい。友達を超えた時、そう思った。
琴音は驚いてわたし瞳を見る。
「わたしも弾けるようになりたい。才能とかないし、多分下手だけど…」
「…いいよ。私も人に教えた事ないから、上手くできないかもしれないけど」
琴音はメロンパンを食べる手を止めて微笑んだ。
その微笑みを独占できる。誰でもない、わたしだけのもの。
夕日に照らされる放課後の音楽室。琴音は音楽室の鍵を借りてきて、わたしにピアノを教える。そんな日々が続いた。もっと、ずっと続けばいいな。いや、続けていこう。その分下校時間は遅くなるが、わたし達にとってはとても充実した時間だった。
琴音の教え方はすごく分かりやすかった。
直感的で、平易な言葉。譜面の読み方、そこに感情を乗せるにはどうしたらいいのか。それはわたしにとってとても刺激的で楽しい時間だった。
好きなバントのピアノアレンジ、私でも聴いたことのあるクラシックの曲。
きっと、琴音にとって音楽とはこういうものなんだろう。
本当はそうしたかった。そんなふうに音楽を楽しみたかった。琴音からそんな気持ちが聴こえてくる。
「だいぶ上手に弾けるようになったね」
「琴音のおかげだよ」
眼の前に置かれた楽譜は、いつしか描かれただけの図形ではなくなっていった。誰かに、あるいは色んな人に、気持ちを伝える媒体。頭の中にあるイメージを形にするもの。音符が重なり、和音になる。誰かと誰かの気持ちが重なっていく…。そんな事を思った。




