治療師の本懐
どうしよう。一番気まずい人と一緒になった。ミシェルとはもうすっかり友達になったし、ユリアともまだしゃべれる。でもキェロスはまじで関わり方がいまだに分からない。何話せばいいかもわからない。出発してからまあまあ時間が経ったけど、ずっとお互い無言だ。どうしよう…私が気まずい空間をどうにかするため話しかけようとしたときだった。
「うわっ」
いきなり魔物が止まる。その勢いで私の体が大きく前に傾く。やばい、吹っ飛ぶ!と思って、思わず目をつぶる。でもいつまでたっても私の体は吹っ飛ばなかった。不思議に思って恐る恐る目を開けると、私よりたくましい腕が私のお腹に回されていた。
「…すまん。お前は慣れてないんだったな」
「キェロス…?」
「大丈夫か?」
ここで私の理解が追いつく。私は本当に前に吹っ飛びかけていたのだが、キェロスが私の体を抱くことで吹っ飛ぶことを阻止してくれたようだ。
「ん、おかげさまで。ありがとうキェロス」
「…ふん。それより」
キェロスが魔物から降りる。すると地面に傷ついたウサギ型の魔物がうずくまっていた。
「…大丈夫か?」
〈きゅう…〉
「ちっ…なに言ってるか分かんない…が治療した方がよさそうなことは分かった」
〈きゅ、きゅ…〉
「…とりあえずここでは治療できない。連れていくが大丈夫か?」
キェロスが魔物の前に布を差し出す。布にくるんで連れていくつもりだろう。
〈きゅぅ…〉
「…分からねえけど布に乗ってくれたってことは、了承でいいか?…よさそうだな。そうと決まれば行くぞ。できるだけ急げ」
魔物がまた走り出す。
「おい、貴様」
「な、なに?」
私の手を魔物の首部分に置く。
「ここに手を置いておけばまた急に止まっても前に飛ばされることはない」
「…心配してくれてるの?」
「…馬鹿。怪我されたら面倒なだけだ」
「…ありがとね」
「…」
うん、キェロス。今なら分かるよ。君はほんとにただのツンデレなんだね。本当は優しい人なんだよね。今だって傷ついた魔物の背を安心させるように優しくなでてあげてるもんね。ユリアやミシェルが言ってたことが今になってほんとに分かった気がする。
「キェロス、勇者みたいだよ」
そういうとキェロスが歯を食いしばる音がした。何か悪いことを言ったかな、と不思議に思っていると。
「…勇者は、死んだ」
泣きそうな声で、吐き捨てるようにキェロスが言う。魔物の走る音が静かな森の中にうつろに響く。野営地まで、あともう少し。
「あ、おかえりー」
野営地に帰ると、ミシェルとユリアは薬草を調合していた。
「ちょうどよかった。こいつを治すぞ」
「お、モチポニじゃん!大丈夫?」
〈きゅ、きゅー…〉
「よしよし、痛かったね。もう大丈夫だよ。あ、お水いる?」
〈きゅっ!〉
「うんうん、はいどーぞ」
ポニモチと呼ばれた魔物をミシェルがあやしつつ、キェロスが治療をする。その様子を私とユリアで遠巻きに見ていた。
「ユリアさん」
「なんでしょうか?」
「ミシェルの能力って、もしかして人間以外とも会話をすることなの?」
「まあそうですね。でもどうやら人間にもある程度は通じるようです。ほら、だからあの方は人の警戒心を解くのが上手でしょう?」
「そういう事だったんだ」
「あ、そうこう言っているうちに治療が終わったようですよ」
見ると、さっきのポニモチがふかふかのクッションの上に寝かされていた。それをミシェルが微笑んで撫でている。
「かわいい…」
「かわいいですよね」
「あ、私呟いてた?」
「はい。はっきりと」
「まあかわいいのは、その、分かるが…」
「!?」
「な、なんだよ」
「キェロスが…」
「デレた!?」
思わずユリアとセリフが一致する。キェロスは頬を掻くとそっぽを向いてしまった。耳まで赤いのが見える。
「…悪いか」
「悪くはないのですが」
「ごめん、あまりにもレアすぎて」
「…ふん」
「キェロス。治療終わったよー」
ひとしきりポニモチを撫で終わったミシェルがこちらへ来る。
「今日のご飯は何にしよう?」
「…保存のきかないものから消費しろ。旅に向けてな」
「ちょっと待って!」
初めて聞く驚きの事実に思わず大声をあげてしまう。
「なんだ」
「旅って…!」
「ああ、旅だ」
「…いつから?」
「明日から」
「まじで」
「ごめんね…本当はもうちょっとここに滞在していた方がいいんだけど…約束してて、明日でないと間に合わないから…」
「まあ、居候させてもらっているのは私の方だからね、分かった」
「ごめんね…言い忘れてた」
明日から、旅が始まる。