街での出来事
そんなこんなで街に着いた。あの魔物は本当に速かった。感覚としては車に乗っている感覚だった。街にはキェロスが言ったとおりの時間位に着いた。
「あらためて、ここがここらで一番大きな市場のある街、ピョキンソだよ」
「大きい、ね」
「そりゃそうですよ。この周辺での一番の商業都市どころか、王国内で見ても五本指に入る商業都市なのですから」
「そうなんだ」
「…瑞希。ミシェルと行動しろ。昼飯前にここで待ち合わせだ」
「お、全員じゃないんだ」
「二人一組の方が効率いい。それにこぎれいな服を選ぶのならミシェルが一番得意だからな」
「私に気を使ってくれたの?」
「…馬鹿。俺だって興味のない服選びに付き合わされたくなかっただけだ。ほら、行くぞ、ユリア」
「はい」
キェロスはユリアと手を繋ぐと、さっさと行ってしまった。お、なんだ、照れ隠しか?
「あの二人なら大丈夫だよ。だって二人とも強いからさ。僕らも行こうか。おしゃれな服ってすぐ売り切れちゃうからさ」
ミシェルがそう言って私の手を取る。
「え、ミシェル。この手は…?」
「あ、いやだった?」
「いや…じゃないけど」
「迷子にならないようにって思って。…あとちょっと二人が羨ましかったから…だめ?」
「もちろんいいです」
ミシェルがちょっと頬を紅くして、上目遣いで見てくる。その破壊力は絶大で、思わず行方不明になっていた敬語が戻ってきた。
「じゃあ行こう!ほら、早く早く!」
途端にミシェルがパァ…とういう効果音が付きそうな笑顔を浮かべる。ミシェルまじ天使。
「そういえばなんでこの組み合わせになったの?」
「多分ユリアとお買い物デートしたかったんじゃない?」
「あの二人付き合ってんの!?」
「それどころか婚約者だよ?」
「まじか…ミシェルはまさかリア充じゃないよな…?」
ユリアはともかくキェロスには絶対恋人いないと思ってたのに…ミシェル、お前は裏切るなよ…?
「りあじゅう?」
「恋人のいる輩のことだよ」
「輩って…僕に恋人はいないよ」
「よかった…」
まあよくよく考えたらミシェルって性機能まだ発達してなさそうだしな。いや、でも恋に性機能は関係ないか。
「あ、そうだ。ちょっと子供服も見てっていい?」
「いいけどなんで?」
「いや、赤ちゃんが生まれたときにどんな服を着せようか考えたいから」
「ちょっと早くない?」
「そんなことないよ、多分。だって赤ちゃんはもういるもん」
「は?」
「あ、ユリアのお腹の中に…」
「まじで言ってる?」
「うう、怖いよ瑞希…。まじだよ…」
「ごめん思わず…」
「まあそんな感じだから、ほんとにあの二人、あとは鐘を鳴らすだけなんだよね」
「逆にその状況で結婚してない方が驚きだわ…」
「おや、君の住んでいる国ではそういう風習だったの?カルチャーショックって面白いね」
「ここは違うんだね」
「うん。僕らの国の風習ではね、婚約した男女の間に子供ができて、しっかりその子を出産して、3歳まで育てて初めて結婚できるんだよね」
「子孫を確実に残すためかな?でも条件かなり厳しくない?」
「うん。愛し合った男女でも子供ができなかったらそこで終わりだからね」
「ちなみにミシェルに気になる人とかは…」
「今のところはいないし、気になられてることもなさそう。どこでも子ども扱いされてさ…」
「なんか分かる。ミシェルって恋愛対象というよりはただひたすらに愛でたくなるもん」
「ひどいなぁ…、僕だってキェロスやユリアみたいにかっこよくなりたいよ」
「いいじゃん、一人はかわいい枠がいた方が」
「もう…あ、そろそろ服屋が多いところに着くよ。気になる店があったら遠慮なく言ってね」
「ありがとう、ミシェル」
「ミシェルこの服とかどう?」
「めちゃくちゃ似合ってるよ!瑞希」
あの後私たちは服選びをエンジョイした。そりゃもう女子かっていうくらい。いや少なくとも私は女子だけども。久しぶりに服選びにこんなにはしゃいだかも。
「瑞希には青色と赤色が似合うね」
「そうかな?」
「うん。黒い髪と合うのかな?でもその二つの色が合うのは羨ましいな」
「ミシェルは似合わないの?」
「うん。僕には緑色が似合うみたい」
「いいじゃん緑!ミシェルの優しくて親切な感じに合ってる!」
「えへへ、ありがとう。じゃあそろそろ待ち合わせ場所に戻ろうか」
そうだね、と店を出ようとしたときだった。パリンと何かが割れたような音がする。最初はどこかのおっちょこちょいな店員が皿でも割ったのかと思った。でもその音が何回か連続でする上に、「おやめください!」と制止するような声も聞こえる。
「様子、見に行った方がいいかな…」
「見に行こうか。なんか怖いけど」
「そうだね。もしかしたら魔物が暴れてるのかもしれない。もしそうならそれを鎮めるのも僕らの役目だから」
「そうなの?」
音の方へ歩きながら、そんな話をする。
「そうだよ。人間と魔物の共存を実現するための作業が僕らの仕事だから」
「だから魔物を鎮めて人間が魔物を怖がらないようにするのも役目ってことか」
「そういうこと。…でも残念。今回のお相手は魔物以上に話が通じなさそうだ」
「え?」
「ほら、向こう」
そこには旅人らしき一行と、その店の店員らしき人がいた。近くには割れた壺の破片が散らばっている。これあれか。RPGとかの壺を割ってアイテム探すやつか。確かに町の人目線だったら控えめに言ってめちゃくちゃ迷惑…っていうか普通に泥棒か。
「ミシェル。あれ法的にはどうなの?」
小声で聞くと
「アウトだよ。でも旅人に王国のルールは通用しないからなぁ」
と小声で返ってくる。それからミシェルは旅人一行の方に言った。
「ねえ君たち」
「なんだガキ」
「さっきから見てれば壺を壊して物を盗んだことを謝らないどころか、金目物がないとかで怒鳴ってる。それってとっても恥ずかしいことだと思わない?」
「うるさい。ガキだから世間ってものを知らないのだろうが、旅人は偉いからこういうことをしてもいいんだ」
「へえ。でもその旅人が偉い理由ってさ、魔物を鎮めて街の人を守るからだよね。そんな君たちが街の人たちを傷つけてどうするの?」
「あ、あの、私もそういうのはよくないと思います…!」
助太刀してみる。しかし旅人一行は不快感と軽蔑を孕んだ目で私たちを見下すばかりだった。
「だまれ。所詮能力も持たない雑魚が」
「うわっ」
ミシェルが押されて後ろへよろける。危ない!そう思ったときミシェルを受け止める者がいた。
「おい、貴様ら」
「なんだてめえ」
「貴様に名乗る名などない。あまりにも見るに堪えない問答だったもので、無礼とは思いつつも割り込まされてもらった」
「このガキの保護者ってところか」
「ほんとは貴様らのようなガキとは一言も交わしたくないのだがな。とりあえず失せろ。人の法では裁かれずとも、神の法では裁かれるぞ」
「…今は下がってやる。だがその顔、覚えたぞ」
そんな捨て台詞を吐いて、旅人一行は去っていった。
「ミシェル殿。大丈夫ですか?」
「うん。ありがとうキェロス、ユリア」
「どういたしまして」
「…別に。貴様らが遅いから少し様子を見に来ただけだ」
「それにしても何?今の。感じ悪…」
「そうでしょ…困るよね。最近多いんだよ。あんな風に感じ悪い旅人が増えて。おかげで旅人ってだけでヘイト食らうこともあるもの」
「へえ!お前さん達も旅人だったのかい!さっきはありがとね!」
店のおかみさんらしき人が出てきてそういう。
「いえいえ。それほどでも」
「よかったらうちで昼食べてきな!今なら感謝の念を込めて安くするよ!」
「えへへ、ありがとう。じゃあ食べさせてもらおうかな。いいよね、キェロス!」
「いいんじゃないか?」
「じゃあもらうよ」
「はいはい。四名様入ったよー」
とういう事で案内された席へ着く。
「あれ、ここ一番いい席じゃない?いいの?」
「いいさいいさ!その席の料金はお前さんの勇気からもらったからね!」
「ありがとね!」
「…感謝する」
「かわいい兄弟だね~。はい、これメニュー表」
おかみさんがおいて行ってくれたメニュー表を眺める。食べれるものあるかな…。それにしてもさっきのキェロスはマジで惚れそうになった。やっぱりキェロスは素直じゃないだけのとっても優しい人なのだろうな。
「瑞希は何にするか決めた?」
「うーん、いまいちどんな料理なのかの想像がつかなくて」
「そっか。よかったら説明しようか?」
「お願い」
「じゃあテベから。これは前菜だね。ハストルニを特製のニシュギであえたやつだよ。ニシュギの美味しさでシェフの腕前が分かるよ。だって混ぜる食材が単純だからね!」
「ハストルニって?」
「葉物野菜だよ。夏が旬なんだ」
「ごめん。あんまりイメージ湧かないや…」
「まあ食材のイメージが湧かないならしょうがないよね。じゃあ僕らがとりあえず頼むからさ、その中からおいしそうなもの選んでみる?」
「そうしようかな」
「よし!ユリアとキェロスは決まった」
「はい。キェロスも決まったようです」
キェロスが無言で呼び鈴を鳴らす。
「お決まりでしょうか?」
「とりあえず三人分いい?」
「はいはい、大丈夫ですよ」
「じゃあ僕はムナヴィとテベを」
「ムナヴィは冷たいものと暖かいもの、どちらにします?」
「暖かいので」
「拙者はエルゴを」
「…俺はビッマとクーアーをもらおう」
「はいはい、確認しますね。ムナヴィ暖かいのを一つ、テベを一つ、エルゴを一つ、ビッマを一つ、クーアーを一つでいいでしょうか?」
「問題ないよ」
「それでは少々お待ちください」
ウェイターが一礼して去っていく。
「キェロス、またビッマにしたの?」
「悪いか」
「悪くはないけどさ。ほんとに好きなんだな、って思って」
「貴様こそいつもテベとムナヴィばかり食べているじゃないか」
「どちらもそのお店柄が出てて好きなんだ」
「よくあんな量で足りるよな…」
「キェロスと違って燃費がいいんですぅ」
「言ったな貴様」
そういいながらもキェロスは笑顔だった。
「ねえ、ユリアさん」
こそっと小声で話しかける。
「何でしょうか」
「キェロスもなんやかんやでミシェルのこと可愛がってるの?」
「そりゃそうでしょう。拙者と出会う前から同じ人のもとで育ってきたのです。キェロスとミシェル殿は血のつながっていない兄弟であり、唯一無二の相棒同士ですからね」
「ユリアさんは悔しくないの?」
「いいえ。ですが少し妬けますね。キェロスが一番心を開いている相手は間違いなくミシェル殿ですから」
「ユリアさんがキェロスの婚約者でも?」
その瞬間ユリアが思いっきりむせる。
「な、何故それを…」
「ミシェルから聞いたよ」
「ああ、なるほど…では拙者たちの間に子がいることも?」
「うん、知ってる。それどころかミシェルと一緒に子供服を見に行ってたもん」
「はあ、そうですか。拙者たちがあまりにも服装へ興味を持たないから、ですかね…」
「多分」
そして私たちの間に微妙な空気が流れる。まずい。本気で何話せばいいか分かんない。そんな時にユリアがポツリと呟いた。
「…でも、拙者の恋を一番応援してくれたのも、ミシェル殿だったんですよね」
「そうなの?」
「はい。キェロスのことが好きになってどうすればいいのか分からなかった拙者に、ミシェル殿は色々と助言を下さったのです。キェロス好みの味付けで共に料理を作ったり、さりげなくかわいらしく見える服を一緒に選んでいただいたり。それ故拙者にとってミシェル殿は恋のキューピッドなのですよ」
「ちなみに告白はどちらから?」
「…キェロスからです」
そう言っているユリアは、幸せそうに頬を赤らめて笑っていた。私も恋バナの雰囲気に顔が熱くなるのを感じた。
「キェロスからってことは両想いだったの?!」
「おそらくは。その時はキェロスらしからぬおしゃれな服を着ていましたよ」
「さすがのキェロスもそこは気を遣うんだ!にしても意外。キェロスってヘタレっぽいのに」
「…誰がヘタレだって?」
見るとキェロスがまっすぐこちらを見ていた。やば。本人に聞かれてた。しかし本人はしばらくこちらを見てフイッと顔をそらした。
「俺だってやるときはやるさ」
よく見るとこちらも頬が赤くなってる。ツンデレですね、ごちそうさまです。ミシェルはというとこの状況をただ微笑んでみていた。
「ミシェル」
「なーに?」
「なんでユリアの恋のお手伝いをしたの?」
「なんでって…」
ミシェルは一瞬虚を突かれたような表情をしたが、すぐに唇の端を持ち上げた。
「そりゃ恋する女の子がこの世で一番かわいいからだよ」
…そのかっこよさといったら店のざわめきが一瞬とだえるほどで。声、笑い方、目線。全てにおいて完ぺきだった。ミシェル、君は前、ユリアやキェロスみたいにかっこよくなりたいと言っていたな。大丈夫。今この瞬間、誰よりもかっこよかったよ。
「あ、そろそろ料理届きそうだよ!」
この場をざわつかせた本人といえば、雰囲気をいつものように戻してそう言う。ミシェルの言う通り料理が届いた。
「はい、お待ちどうさん」
「わあ…!」
届いた料理はどれもおいしそうだった。ミシェルの言っていたテベは、ドレッシングで和えたサラダのようなもの、キェロスがいつも食べているらしいビッマは肉をカラッと揚げて、それに甘辛なたれをつけた、いかにも酒飲みのつまみのようなものだった。
「どう?」
「うん。じゃあミシェルおすすめのテベと、キェロスおすすめのビッマにしようかな」
「その量で足りますか?」
「多分大丈夫。てことでお願いします」
「はいはい、ちょっと待ってね」
「先いただいていい?瑞希」
「どうぞどうぞ。暖かいうちにさ」
「じゃあ遠慮なくいただきますね」
各々が料理を食べ始める。
「キェロスー、ビッマちょっと分けてよ」
「…そのかわりテベを少し分けろよ?」
「いいよいいよ。あっ、ユリアのも少しほしい!」
「テベを少し下さいね?」
「いいよ!あ、瑞希!」
「なに?!私まだ料理届いてないよ?」
「いや、そうじゃなくてさ。さっきの旅人一行のことなんだけど」
「ああ、それがどうしたの?」
「あの人たちのステータスってみた?」
「まあLVとVIP?ってやつなら」
「EXPは?」
「表示されてなかったと思う」
「ちなみにLVとVIPの数値はいくつだった?」
「大体LVが80、VIPが500くらいだったかな」
それを聞いてキェロスたちの顔が一気に曇る。
「やばいね」
「やばいですね」
「ミシェル、ぶつかられた時どうだった?」
「痛かったよ。でもあの人たちは僕が痛がっても何も感じないみたいだった」
「分かりやすくLVもVIPも上がってますね、それは」
「ごめん、用語説明頼んでいい?」
「いいよ。多分VIPとEXPの違いについて、だよね?」
「そうそう」
「えっとね、EXPはExperience Pointの略でVIPはViolence Pointの略なんだ。それでEXPは相手との戦闘に入った時に打ち倒す以外の方法で勝ったときにもらえるもので、これでLVはあがらないんだ。EXPが溜まれば溜まるほど他人への共感能力が高くなるんだ。対してVIPは攻撃で相手を打ち負かしたときにもらえるもので、これでLVが上がる。つまりLVが上ってことはその分倒した相手が多いってこと。それでVIPの数値が上だと他人の痛みに鈍くなる」
「ちなみにVIPとEXPに上限ってあるの?」
「ないよ」
「じゃあVIP500って多いの?」
「そうだね。今まで出会った相手全員攻撃してきたくらい?」
「ただの通り魔じゃねえか」
「ほんとそう。よかったよ、戦闘にならなくて。それもこれもキェロスがうまく追い払ってくれたおかげだよ!」
「…ふん」
キェロスが目線を外す。そこで私の頼んだものが来た。とりあえずテベからいただく。テベはほんとに葉物野菜のサラダのような感じだった。ドレッシングがまろやかでよく絡んでおり、おいしい。
「どう?」
「めっちゃおいしいね!このドレッシング?みたいなのがよく絡んでていいね」
「ここのはちょっと甘めの味付けだよね」
「そうなんだ」
「良かったら今度作ろうか?」
「ありがとう!」
食べ終わって、机の上に会計とチップを置き、店を後にする。
「…ミシェル、近くに乗せてくれそうな魔物はいるか?」
「…サハギン・ナイトが近くにいるよ。でも二体だけだね」
「よし、じゃあその二体を呼んでくれ。二人ずつ乗ろう。俺がユリアと…」
「いーや、僕がユリアと乗るよ。僕だって久しぶりにユリアと話したい」
「んなっ…!」
「いいですよ、ミシェル殿」
「ユリアまで…」
「それに僕ら『近道』で帰るからさ。あの道を瑞希に走らせたらダメでしょ」
「…はあ、分かった。さっさと呼べ」
「りょーかいりょーかい!」
ミシェルが独特な調子で指笛を吹く。するとどこからともかくあの馬型の魔物が駆け寄ってきた。しかし魔物はミシェルが言った通り二体しかこなかった。ミシェルは魔物の方に駆け寄り、手振りを添えて何かを話す。しばらくして
「いいってよー」
とのんびりした口調で言いながら戻ってきた。
「ふん、ならばさっさと行くぞ。乗れ」
「じゃあまたあとでね!」
ミシェルとユリアがあっという間に遠くへ消えていく。
「…俺たちも行くぞ」
キェロスはそうつぶやいて、魔物の足を進めたのだった。