第9話 今夜はウチに泊まってください
「風香さんすげー!!」
……え?
そう言って風香を見つめる早瀬先生の目は、キラキラと輝いている。さっきまでしょんぼりとしていた耳はピンピンに立ち上がっている。
……何がどうしたの?
「いやあ、こんな短時間で整合性や細部に気づける人は貴重だよ。真野さんは校正の才能があるよ」
……才能?
「大袈裟ですよ。前に働いてたレストランでは『細かすぎて鬱陶しい』って上司に怒られていましたし」
「「細かすぎて鬱陶しい……?」」
早瀬先生と林田は顔を見合わせ、爆笑し始めた。風香には訳が分からない。そんな面白いことは言っていないはずなのに。
林田はまだ笑いをひきづりながら、しかしキッパリとした声で言った。
「笑ってごめんね。実はそういう『細かすぎる』人がいるねって早瀬くんと話してたところだったんだよ。少年漫画、特に週刊ともなれば、整合性・正確性よりもライブ感が重視されることは多い。でもそれは時間的制約からくる優先順位付であって、細部を軽視していいという意味ではない。『神は細部に宿る』って聞いたことない?ちょっとした所で整合性が取れていると、世界観に厚みが生まれるんだ。『神戯契約』はバトル設定も細かく提示していくから、確認事項は増える一方でね」
「そうそう、これからキャラも増えていくし、チェック体制が課題だったんです。『目』は多ければ多いほどいい」
二人は期待に満ちた表情で風香を見つめている。
ちょっと目が聡いだけで、話が大袈裟になってる……!
風香は慌てて否定するが、早瀬先生と林田は食い下がるばかりだった。
「そんな気負わなくていいんです。例えミスがあっても俺と林田さんの責任ですしね。ただ、俺たちは原稿に何度も向き合ってるので、時として見落としちゃうんですよ。今日みたいにその回数を少しでも減らせたら御の字なんです。勤務日を増やしてもらうことにはなりますが、お給料も割増します。人を助けると思って『うん』と言ってください……!」
ここまで懇願されて断れる人がいるのだろうか。少なくとも風香にはできなかった。
「……分かりました、でも!」
沸き立つ早瀬先生と林田に釘を刺す。
「あくまでお手伝いだってことを忘れないでくださいね」
「もちろん!じゃあ早速なんですが、今夜はウチに泊まってください!」
いくらなんでも早速すぎる!