第6話 地獄は始まったばかりです
電話から戻った林田は「印刷所が開く朝7時までだったら待ってもらえる」と告げた。
明日の朝7時。
これが(早瀬先生の)生死を決めるライン。
林田は時計の銀盤を軽く叩き、時間を守れと強調した。現在の時刻は夕方17時45分。締め切りまであと13時間。
「早瀬くん、こんな無茶を聞いてもらったんだから絶ツツ対落とせないよ。交換条件として、再来週はセンターカラーをやってくれとのことだ」
「は!?無理ですよ!ただでさえ入稿が遅い人間にカラーを頼むって……何考えてるんスか」
「舐めたことを言うんじゃない、テコ入れするチャンスだろ!」
「そうかもしれないけど、カラーはマジでキツいんですよ。たった1ページが増えるだけで仕事が倍になった感覚になるんですから。それより今は話の方を練りたくて――」
「いいからさっさと手を動かせ」
早瀬先生はそれでも納得がいかないようで、むすっとした表情である。
林田担当と早瀬先生に流れる険悪な雰囲気……。
そこに火を注いだのは山名だった。
「早瀬先生は認識が甘いですよ。僕達にも迷惑がかかってるってことを全然分かってない!林田さんへの義理立てとしてやってきたけど、僕マジでやめますからね、本気ですからね!」
山名が早瀬先生を睨むが、先生は知らん顔。ふっと山名に視線をやっただけで、何も言わずに作業に戻ってしまった。それが更に山名をヒートアップさせる。
「早瀬先生は傲慢なんですよ!僕が連載してた時はアシさんをもっと大切にしてたし、大御所の岸田先生だって――」
「山名、もうやめとけ。お前が言ってることには俺も全面的に同意だけどさ。とりあえず今は作業を終わらせよう。早瀬先生、2週続けて徹夜ですから、今回は時給に色つけてくださいね? いいっすね?」
鳴海の言葉に早瀬先生がこくりと頷き、すみません、と小声での謝罪が続いた。
そして職場に訪れる気まずい沈黙。
いや、雰囲気最悪!いるだけで息が詰まる!
「あ、あの……!」
みんなの目が一斉に風香に向く。その視線にビクビクしながらも風香の心は決まっていた。
「写植もちゃんとやります。でも、その前になにか軽食を作ります。お腹空くとイ、イライラしちゃったり、頭回らなくなったりすると思うので……」
またしても訪れた沈黙。
どうしよう、言われた通り写植を進めるべきだったかも。余計なことを言ってしまった。
恥ずかしくて死にそう。
前言を撤回しようと口を開きかけた時、早瀬先生が「お願いします」と言って頭を下げた。続いて鳴海が「女神……!!」と大袈裟に感嘆して見せ、林田まで「食べたい」と言い出す始末。
ギスギスした雰囲気が次第にほぐれていく。
ほっと息を吐く。
よかった、迷惑じゃなかったみたい。
それにしても、成人男性4人分は結構な量だ。さっきサンドイッチを作ってしまったから、次はおにぎりにしよう。そして、おにぎりにあう飲み物は――。
風香は少し買い出しに出ることにした。