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第2話 仕事をクビになりました

 早瀬先生の元で働くことになった経緯は3ヶ月前に遡る。風香はその日、2年勤めた仕事をクビになった。


「悪いね、しばらく雇えないかも」


 雇用主のYouTuberはクビを宣告した。言葉とは裏腹に、悪びれている様子はなかった。


 キリンお兄さんは料理動画や食のAMSRを配信するYouTuber。金髪と茶髪の入り混じったキャラメルリボンアイスのような頭髪に、真っ黄色のエプロンがトレードマーク。そのヤンキーのような見た目に反し、手軽に作れる家庭料理が大バズりして、登録者150万人を超える人気配信者だった。


 風香は調理学校を卒業して最初に務めたレストランを退職した後、この料理YouTubeの元でアシスタントとして働いていた。といっても動画に出演するわけではなく、食材を買い出したり、調理を裏で進めたりといったいわゆる裏方の仕事である。


 キリンお兄さんのことを個人的に信奉していた――ということは全然ない。むしろ、仕事を続けるにつれてキリンお兄さんはもちろん、SNS業界自体に嫌悪感が募っていたが、せっかくの調理師免許を活かしたいと思ったこと、シフトに融通が利くといったメリットで働いていたのである。


 最初は短期のつもりだったのに、ずるずると2年……。やめたい、というよりやめるべきではないか悩んでいたところに、今回のクビ宣告である。


 風香の名誉のためにいうと、彼女の働きに過失はなく、雇用主側の事情による解雇である。キリンお兄さんは過激な発言で炎上することもしばしばだった。


 インフルエンサーとは因果なもので、悪評すら宣伝に繋がってしまう。だから、積極的にプチ炎上を起こすというのがキリンお兄さんの戦略であった。

 

 大量の悪口コメントを見ながら、「アンチは金になるわあ」とキリンお兄さんたちがほくそ笑んでいたのを風香は知っている。

 

 しかし、3ヶ月前、そんな彼に天罰が下った。


 某大手スーパーのPB商品をレビューする動画で、「貧乏人しか買わない商品」と酷評したのである。

 このプチ炎上を狙った発言は、プラットホームを丸焼けにする大炎上になった。

 アンチだけでなく、リスナーたちをもドン引きさせたこの発言を契機に、登録者解除祭りが始まった。

 ハッシュタグ「キリンお兄さんを許すな」は1週間続けてSNSにトレンド入り。


 こうなると何を言っても鎮火しない。

 キリンお兄さんが悪態を吐く側で、風香たちは毎秒減っていく登録者数を眺めていた。


 ようやく炎上が収まった時、キリンお兄さんの元に残ったのは大量の暴言とスーパーからの告訴状だけだった。


「俺は絶対戻ってくるから」


 勤務最終日、キリンお兄さんはそう言った。


 トレードマークの金髪はすっかり根元が黒くなり、今まで見たことがないほど憔悴した表情だった。

 確かに彼はインフルエンサーとしては有能である。きっとこの言葉は妄言ではないのだろう。


 それでも、風香自身はもうこの職場に戻ってきたくないと思った。

 自分もこうしたビジネスモデルの一端を担っていたことに、ずっと後ろめたさを感じていたからだ。


 ここまで流されてきてしまった自分の自発性のなさに呆れつつ、次の仕事は胸を張って言える仕事にしようと心に決めた。


 とはいえ、何をやればいいのかな……?


 レストランではもう働きたくない。あんな思いは二度と――。


 困ったことに、やりたいことが見つからない。やりたくないことはたくさんあるのに……。


 そんな時、キリンお兄さんのレシピ本の編集者から「漫画家の仕事場で働かないか」と誘いを受けたのである。簡単な仕事だからと言われ、仕事がなくなることへの不安もあって二つ返事で引き受けてしまった。


 契約関係は早瀬先生の担当編集と簡易に済ませ、現場の状況を実際に確認しなかった。風香を除いて男性だけの職場、というのは想定外。別に女性が得意というわけでもないけれど、色々あって男性はもっと苦手だった。


◆◆◆◆


 初日の勤務が終わった後、労働契約を取り仕切っている編集者・林田に連絡した。コール音が長く続いて、林田が出た。店にいるのか、背後が騒がしい。


 「あの……真野ですけど。初日の勤務終わって相談したいことがあって」

 

 「ああ真野さん!お疲れ様ー。初日大丈夫だった?」


 「大丈夫といえば……大丈夫ですけど。簡単なカレーだったんですけど、皆さん喜んで食べてくれました。でも――」


 「ああ、やっぱり!特に先生は上京してからまともな食事とってないだろうから嬉しかっただろうなー。俺も大学で上京した時そうだったけど、無性に家庭料理が食べたくなる瞬間があるのよ。物理的に満たされても心までは満たされない感じ、分かる?」

 

 「そ、そうでしたか……。でも私、みなさんとうまくやっていく自信が――」


 「え、ごめん聞こえない!今居酒屋で打ち合わせしてて……。慣れるまで大変かもしれないけど、うまく手を抜いてくれていいから!次の月曜日も16時にお願いしますね。うちは早瀬先生に始まりイケメン揃いだけど、やっぱり野郎だけだと華がないよね。真野さんありがとう、俺たちをよろしく頼むね!」


 ツーツー。一方的に電話を切られてしまった……。


 私っていつもこうなんだよな、と風香はため息を吐いた。自分には流されやすいところがある。

 ちなみにキリンお兄さんから最後の給料は未払いのまま。彼よりは林田の方が圧倒的にマシだが、今の電話は絶対に確信犯だ。


 でも、必要とされているのは嘘じゃないかも。


 そう自分を鼓舞して少し頑張ってみることにした。

 だからこそ、その後勤務1ヶ月にして「漫画が打ち切られる可能性がある」と聞いた時、風香はひっくり返ったのであった。


 自分は幸薄なのか、それとも単に甘い詰めが甘いのか――。

 

 きっとその両方だろう、と風香はため息をついた。


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