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第16話 これは裏切りなのでしょうか

 リリと寺坂が職場に馴染むまで、そう時間は掛からなかった。2人とも性格が明るかったというのもあるし、想像以上に能力が高かったというのもある。


 特にリリの3Dモデリング技術は白眉だった。彼女のおかげで効率化が進み、恒例化していた締切前の徹夜も、2週に1回あるかのペースまで落ちていた。


 現在、早瀬先生の職場は2D Kで6人が作業する大所帯だ。はっきり言ってスペースが足りない。購入した机は結局作業場に入らず、リリか寺坂(リリの場合は何かと理由をつけて山名も)リビングで作業することが状態化していた。


ある日の木曜日。早瀬先生がリビングにやってきて、リリに話しかけた。リリの対応は普段山名に任せっきりなので珍しい。


「椎名さん、この間お願いした新キャラの3Dモデリング、どうなってる?」


「はい♡ もう90%ほど仕上げています♡ 左画角がちょっと怪しいので見てもらえますか?♡」


「あー、なるほど。ちょっとのっぺりしてるな。ここの部分、もう少し厚み持たせられない? あと、等身も気持ち上げてほしい」


「了解です♡」


 早瀬先生に話しかけられて、リリは今にも舞い上がりそうだ。風香は掃除をしながら横目で見ていた。緊張からか、パソコンを叩くリリの指が震えているのが分かった。


リリは変わっているけれど、かなり根性のある子だ。


 山名には塩対応だが、誰の話もちゃんとメモを取りながら聞いている。締め切り直前になるといくら山名とはいえリリに構っている暇が無くなるので、メモを見たり、本やネットで調べながら作業をしている姿を風香は何度となく見ていた。周りが忙しそうな時はイヤイヤなのを隠せていないとはいえ、寺坂に教えてあげることもある。3Dモデリングについても、きっと相当勉強したのだろうなということは想像に難くない。相変わらず敵視してくるが、風香は徐々にリリを好きになっていた。


「修正終わったら鳴海さんに渡してくれるかな。早速使いたいから」


「分かりました♡♡」


早瀬先生が去っても夢心地なのか、嬉しそうなリリ。そんな彼女を微笑ましく見ていた風香だったが、本人は違う受け取り方をしたらしい。


「はーん、さてはリリのことが羨ましいんでしょ? 早瀬先生の役に立ててるから!」


「いえいえ、よかったなって思っただけですよ。リリさんのおかげで残業が減って、私も感謝してるんです」


「強がっちゃって!」


 鼻を膨らませて誇らしげな顔をするリリ。なんだかそのはしゃぎぶりがあまりにも可愛くて、風香は声を上げて笑いそうになってしまった。


「リリさんはなんでそんなに早瀬先生のことが好きなんですか?」


「理由はたくさんあるわよ。あのおしゃれな絵柄にワードセンス。伏線やミスリードの張り方も巧みで、掛け合いのセンスも最高だわ。何よりエンタメとメッセージ性を融合させるバランス感覚は目を見張るものがあるもの」


「でも、それは早瀬先生というよりも作品のことですよね。先生の漫画が好きってことですか?」


「作品と作者はとても近い関係にあるのよ。想像主っていうのかしら。漫画に限らず、作品に救われたことがある人なら分かると思うわ。作品も作者も等しく尊いの。あなたはきっとそういう経験がない人なんでしょうね」


 はっきり言ってムッとした。まるで感受性がないとでも言われた気分だ。ただ、リリが言っていることも一理あって、風香は何かの作品にそこまで入れ込んだことはない。早瀬先生の作品もとても面白いとは思ったが、物語を読み慣れていない風香にはメッセージ性とか、構成の巧みさまでは分からない。


「ま、いいのよ。あなたみたいに普段漫画を読まない人でも楽しめるっていうのが商業では大事なんだから。一般人も玄人も取り込んでこそ大ヒットになるのよ。リリは全部分かってるから、安心して早瀬先生を任せていいわよ」


 あまりのマウントぶりに風香は苦笑してしまった。と同時に、ここまで人を好きになって一生懸命になれるリリがちょっと羨ましくもある。


 原稿のペースも上がり、6人での仕事サイクルにも慣れた頃。夏の合併号を境に、『神祇契約』の掲載順位が下がり始めた。Leapの掲載順はほぼ読者アンケートにより決まる。つまり、不人気で打ち切り候補の作品は下に掲載されることになる。


 誰も何も言わなかったが、点が線になり、2週続けて下位になった後、遂に巻末の掲載に。

早瀬先生はアンケートの順位など詳細は語らないが、雰囲気は伝わってくるというもの。夏の明るい日差しと反比例するように、職場は暗く、重い空気に包まれていった。


「票を食われちゃってるんだろうなぁ」

 

 早瀬先生が気分転換に散歩に行っている間、鳴海がごちた。


「例えば『池袋スクワッド』。最近始まった『FOOL DEAD』も相当調子良いみたいだし、同じバトル同士で票が流れちゃってるんだと思う。このまま下位が続くとマジでやばいな。つか、もう宣告されてる可能性もあるのかな?」


「いや、まだだと思いますよ。今26話ですよね。打ち切りになるなら単行本の収録話数との関係で28話か29話。さすがの早瀬先生だって、こんな直前まで黙ってるってことはないですよ。……多分」


 話しながら確信を失っていったのか、どんどん尻窄みになる山名。


「風香ちゃんは何か聞いてない? 早瀬先生は俺たちより風香ちゃんの方に心開いてるからなあ」


「……いいえ、特には」


 そう答えて胸の奥がチクリとした。実は、編集者の林田からもう少し込み入った話を聞いていたのだ。


 巻末掲載になる少し前、憂鬱な表情の林田に呼び出されたのだ。風香が入れた麦茶を氷ごと飲み干し、ガリガリと噛み砕いている。どうやらストレスが溜まっているようだ。


「真野さん、ごめんね。ここだけの話だけど、連載が史上最大のピンチに直面してる。このままだと次の編成会議で打ち切られるかもしれない」


「ええっっ、面白いのに……。打ち切られる可能性はどれくらいなんですか?」


「……70%くらい」


思わず言葉を失ってしまう風香。ほとんど決まっていると言っても過言ではない。


「まだ鳴海くんたちには言わないでほしい。酷い話だけど、打ち切り濃厚になると飛んじゃうアシスタントさんとかいるんだよ。うちはそうじゃないって信じてるけど」


「分かりました。早瀬先生や林田さんから宣告しない限り、私から何かを言うのは避けますね」


「助かるよ。それでね、約束した通り真野さんには新しい仕事を紹介しようと思う。今回は単発だけど、もし……打ち切られたりしたら、多分そっちの職場に移行してもらうことになると思う」


「とても助かるんですけど、なんだか早瀬先生に申し訳ない気が……」


「生活がかかってるんだし、そんな風に思う必要はないよ。むしろ申し訳ないのは俺の方。力及ばずで、早瀬先生にも申し訳ない。『絶対勝てる!』って確信してたんだけどなぁ……。俺の感性が鈍ってきたのかな」


はあーと深くため息を吐く林田。相当食らっているらしい。


「タバコ吸っていい?」


「ダメです」


ケチ、と口を尖らせる林田。口淋しいのか、グラスに残った氷をガリガリ噛み砕いている。


「ところで、新しい職場も漫画家さんのところですか?」

「うん。今Leapで連載してる玉城マオ先生のところね。『池袋スクワッド』、読んでる?」 


もちろん読んでいた。早瀬先生の『神戯契約』と並んで最新話を一番楽しみにしている作品。掲載順を見て、早瀬先生の連載が『池袋スクワッド』に押され気味になっていることにも気づいていたが、こんな風に乗り換えようとするのはどうなのだろうか。


そんな風にぐずぐず思い悩みながらも、風香は新しい仕事を引き受けたのだった。

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