第14話 変な人たちが増えました
「早瀬先生、新規のアシスタントさんがいらっしゃいました」
「椎名リリです! 21歳です♡」
作業中のみんなが顔を上げる。
山名は美少女の登場に分かりやすくテンションが上がっている様子。一方の早瀬先生は怪訝な表情を浮かべている。
「今日くるアシスタントは男のはずなんだけど……」
「ああ、神よ!!」
!?
リリの唐突な一言により、場は当惑した。祈るかのように手を組み、早瀬先生の元に駆け寄っていくリリ。喜びで全身が発光し、あたかも地上に舞い降りた天使のよう。彼女は早瀬先生の足元に跪いた。唖然とする一同をよそに、リリは熱弁を始める。
「あなたが神ですよね? 先生のこと、読切『天望寮』の時からお慕いしていました。『リリリ』の名前でファンレターを差し上げたのを覚えていらっしゃいますか?」
「え、すみません……覚えてないです。ていうかあなた誰ですか?」
「きゃー!! 近くで見るとさらに顔面が強いです! お若いのは存じ上げていましたが、こんなにカッコいいなんて想像以上でした!! 椎名リリです。リリって呼んでください。先生のためなら何でもします♡ リリの机はどこですか? 狭いけど、リリはこのサイドテーブルで十分です。先生の隣りで作業して良いですかっ?♡」
「いや、だから誰ですか……」
「はーい、ちょっと待った」
鳴海が立ち上がり、今にも早瀬先生に抱きつこうとしているリリを牽制した。先ほどまで握っていたペンは既に机上に置かれ、右手にはスマホが握られている。
「林田さんに確認するから、ちょっとリビングで待っててくれるかな? 風香ちゃん、お願い」
「は、はい」
鳴海の場を収める能力に感謝しつつ、リリに声をかける。リリは名残惜しそうに何度も早瀬先生の方を振り返ったが、風香に従った。早瀬先生に会えた興奮か、頬は薔薇色に染まっている。
「何か飲みますか?」
リリが答えるより前に、再びインターホンが鳴った。今度は何だろう。今日は忙しない……。
「はーい」
靴がいっぱいの玄関で躓きそうになりつつ、ドアを開けた。目の前にいるのはひょろっと背が高く、こんがり日焼けした男の子。まだ中学生くらいの容貌である。
「こんにちはー! アシスタントの寺坂アラキです! よろしくお願いしまーす!」
「え?? そんな、もうアシスタントさん来てるんですけど……」
「嫌だなー! 編集の林田さんから聞いてませんか!? あの人結構テキトーなんすよね!」
団地全体に響きそうなくらいの声量。近所迷惑もいいところだ。
「あ、と、とりあえず入ってください……」
少年はありがとうございます! と大声で吠えた。さっき早瀬先生が言っていた男性アシスタントとは彼のことだろうか。もう何が何だか分からない。
狭いリビングに寺坂を案内し、リリの隣りの椅子を勧める。寺坂は見た目通り人見知りをしない性格のようで、リリに「お邪魔します!」と大声量で挨拶した。
リリは先ほど早瀬先生と対面していた時とは打って変わり、冷たい表情。「あなた誰?」と高慢にも感じる声音だ。寺坂を値踏みするように上から下までジロジロ見ている。
うう、側から見ていてもすごい圧だ。この品定めするような眼差しはリリの癖なのだろうか。
「寺坂アラキ、19歳です! 読切が増刊号に2回載ったことがあって、今は本誌を狙って頑張ってます! バトル漫画志望です! よろしくです!」
「うるさいわねー、もう少し声を落としてもらえないかしら」
「あはは、すみません! 俺、ずっと野球部だったんで声がデカいんすよ! ほとんどベンチでしたけどね!」
「どうでもいいけど、ここにあなたの居場所はないわよ。リリがアシスタントになったから。本誌の経験もないのに、神の下で働こうなんて身の程を弁えなさいよ」
「うわー、お姉さんキツい~!」
「黙んなさい、鬱陶しいから話しかけないで」
リリちゃん、自分から質問しておいて理不尽……。
敵意剥き出しのリリに、カラカラと笑う寺坂。その時、電話を終えた鳴海がやってきた。
寺坂の存在に気づき、あれま、というようにため息をついた。
「あー、2人揃っちゃったか。リリちゃんと寺坂くんだね。俺はここのチーフアシスタントをしてる鳴海です。林田さんに事情は聞いたよ。来てもらった以上、今日は2人とも働いてもらう。けど!!」
嬉しい!!と顔を輝かせているリリに対し、鳴海は釘を刺すように言う。
「申し訳ないけど、定員は1名だけなんだ。今日は手が足りないから協力してもらうけど、働きぶりを見て1名だけ常勤でお願いすることになると思う。机がまだ用意できてないから2人はリビングで作業してもらえるかな? ペンタブ持ってくるから準備して待っててね」
「あ、俺持って行きますよ!」
山名の張り切った声。こんなに上機嫌な彼を見るのは初めてだった。
「じゃ、頼むわ」
山名は機材のセッティングをいそいそと始めた。
そんな様子を見てクックと笑う鳴海。風香ちゃん、と手招きされる。
「……鳴海さん、大丈夫ですか?」
「何とかね。とりあえず山名が手伝う気になってくれたみたいでよかった」
「動機は不純っぽいですけどね……」
機材の使い方を説明する山名の体は、完全にリリの方に向いている。ほとんど仲間はずれのような構図だったが、そんなことを気にする寺坂ではないらしい。積極的に質問を飛ばし、山名に塩対応されている。そしてその山名はリリから塩対応されるという始末。
「まあ理由は何でもいいよ。寝泊まりもあるから男のアシスタントで募集かけてたんだけど、見つからなかったらしくて。それでリリちゃんに白羽の矢が立ったけど、頼んだ後に寺坂くんが見つかり、ダブルオファーになっちゃったらしい。リリちゃんの方は取り下げても言うこと聞かなかったって」
「えー!?林田さん、どんだけ適当なんですか! 言うこと聞かなくて来ちゃったって……」
「ほんと適当だよな、あの人。『1回早瀬先生に会えれば気も済むだろう』って言ってたけど、そんなうまく行くと思えないんだよな。寺坂くんにも『今日は出勤しなくていい』って伝えたらしいが、普通に来ちゃってるしね。2人とも人の指示を聞けるタイプじゃなさそうなのが不安だわ」
「……雇うのは寺坂くんの方で決定ですか?」
「リリちゃんには悪いけどそうなるね。つか、あの『神』って何なの? 信者が職場にいたらやりづらくて仕方ないよ」
「恋というより、宗教みたいでしたよね……。鳴海さん、頑張ってください! 今日のお夕食、鳴海さんの好きなもの作りますよ」
ファイトのポーズでエールを送る。鳴海はこの職場の屋台骨。彼を支えることが、早瀬先生を支えることでもあるのだから。
「ありがと、風香ちゃん。そんな風に労ってくれるの風香ちゃんだけだよ。生姜焼き作ってくれー!」
快く了承したが、その1時間後には後悔することになった。
夕飯の支度をしていると、肩を叩かれた。背後にいたのは早瀬先生。リリは作業を中断し、まるでアイドルと遭遇したかのように湧き立っている。早瀬先生はそんな彼女を無視して風香に話しかけた。声音がちょっと不機嫌そうだ。
「今日の夕食もう決まってる?」
「はい、今日は鳴海さんのリクエストで生姜焼きにしようかなと」
鳴海のリクエスト、という言葉にピクリと反応する早瀬先生。今度は断言できるくらい不機嫌な顔になった。
「なんで鳴海さんのリクエストなの?俺のリクエストも聞いて欲しかった。今日、変な人たちがたくさん来て疲れたんだもん」
「話の流れで約束してしまって……。ちなみに何が食べたかったですか?」
「……カレー」
「それならこないだの残りがありますよ。生姜焼きも召し上がります?」
嫌だと首を振る早瀬先生。
「……生姜焼き、嫌いでしたっけ?」
「好きだけど、鳴海さんのリクエストならやだ。風香さんが俺のために作ってくれたご飯が食いたかったんだもん」
早瀬先生は傷ついたような顔をして席に戻って行ってしまった。
何だか今日はうまくいかないな、と風香はため息をついた。