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第12話 先生、私も頑張ります

支度を済ませてリビングに行くと、今にも眠りそうな早瀬先生が待っていた。肘をついて、こくり、こくりと船を漕いでいる。


 朝日の元で見ると目の下のクマは一層ひどく、疲労が滲んでいた。


 「……あ、風香さん。危うく寝るところだった」


 風香に気づくと、早瀬先生はふにゃりと笑った。


 本当によく頑張ったんだなぁ……。


 早瀬先生の疲労と達成感のこもった表情を見ていると、いじらしさに似た感情と尊敬の念が押し寄せてくる。

 

 「チェックしてもらっている間、シャワー浴びてきていいですか?」 


 「あ、もちろん」


 早瀬先生は微笑み、印刷した原稿とペンを風香に渡した。


ここからは風香が頑張る番である。既に林田の目は通っているようで、原稿には林田の筆跡と思しきチェックが入っていた。風香も設定資料と照らし合わせながら、チェックを進めていく。


 1ページ、3ページ……、15ページ。


 昨日チェックしたのもあり、問題はなし。


「どれくらい終わりました?」


作業に没頭していて気づかなかった。いつの間にか風呂から上がった早瀬先生が、背後から覆いかぶさるようにして原稿を覗き込んでいた。


しかも上半身裸で。


「……なッッッッ!なんていう格好しているんですか!ちゃんと服着てください!!」


 動揺を隠せず、思わず叫んでしまった。早瀬先生はすみませんと言いつつ、全く気にしていない様子である。


 Tシャツを着て戻ってきた早瀬先生は、風香の隣りに腰掛けた。石鹸の匂いがふわりと漂う。ぽた、ぽたと髪の雫が落ちる音が聞こえるくらい近い。


風香は作業を再開したが、早瀬先生があまりに至近距離で見守ってくるので集中できない。それでも風香は気合いで作業を続けた。


作業場は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っており、冷蔵庫の唸りだけが響いていた。


 作業はそれから10分ほどで完了した。最初は近すぎる距離で風香の作業をじっと見つめていた早瀬先生だったが、完了する頃にはほとんど眠りかけていた。


 「先生、起きてください。チェック終わりましたよ」


 「え、あ、ありがとうございます………何かありましたか」


 「間違いとかじゃないのですが、1つだけ。この12ページのヒロインの髪型ですが、女の子はポニーテールのまま寝ないかなって……」


 「そ、そういうものなんですか?」


 「絶対ってわけじゃないですけど……ほら、高い部分が枕に当たって邪魔ですから」


 髪の毛を高い位置にまとめて見せる。早瀬先生は、なるほど!と衝撃を受けている様子だった。


 「指摘されるまで全く気づかなかったです。林田さんと俺じゃ永久にスルーしてましたよ。風香さんスゲー!!すぐに直しますね」


早速作業に取り掛かる早瀬先生。そんな大したことではないのだけれど、役に立てたといいう実感はやはり嬉しい。


 「そうしたら先生が修正している間、朝ご飯作りますね。林田さんたちは奥の部屋で寝てるんですか?」


 「うわー!朝ご飯食いたい!嬉しすぎる!林田さんはチェックが終わった後、始発で会社に向かいました。鳴海さんたちはまだ寝てます」


「わかりました。お米がもう一人分しか残ってないので、先生の分だけ先に作っちゃいますね」


「風香さんも食べるでしょ?2人で分け合いましょ」


早瀬先生は嬉しそうににっこりと微笑んだ。その笑顔が可愛くて、風香も思わず微笑み返した。


朝ご飯を作るといっても、昨日使ってしまったのでほとんど材料がない。あるのは保温で固くなった米、豆腐、卵である。流石にこの時間に買い出しに行く気にはなれないし、胃に優しいものをということで、お茶漬け、だし巻き卵、冷奴を作ることにした。

 

昨日買ったほうじ茶600mlに白だし小さじ1、作り置きしておいた昆布と鰹の合わせだし大さじ1を混ぜ、塩で味を整えればお茶漬けの出汁の完成。だし巻き卵は卵4個、水80ml、砂糖大さじ1、合わせ出汁小さじ2をよく混ぜ、3分の1ずつフライパンに注いでいく。弱火でじっくり、気泡を潰しながら焼くと、ぷるぷるでふわっふわの卵焼きが完成する。

冷奴は鰹節、生姜、醤油でさっぱりと。


「「完成!!」」


2人の声が重なった。ちょうど調理が終わるタイミングで、早瀬先生の作業も完了したのだった。2人はタイミングの良さに思わず顔を見合わせ、声を上げて笑った。と、奥の部屋で鳴海たちが寝ていることを思い出し、「しーっ!」とお互いを牽制した。


原稿が出来上がった!


 その高揚感も相俟って、2人は幸福な気持ちに包まれていた。食卓に皿を並べる時もくすくす笑いを抑えきれない。


 「「いただきます」」


 小声で唱え、お茶漬けを口に運ぶ。


 美味しい〜…!!


 ほうじ茶の香ばしさと出汁の深みが疲れた体に染み渡っていく。我ながら最高の出来である。


 早瀬先生もいたく気に入った様子。


 「うまっ!!」


 声を落とすのを忘れて叫ぶ早瀬先生。だし巻き卵も口にあったらしく、最高です!と言いながら次々に食していく。


 「あ、ごめんなさい!!風香さんの分も食っちゃったかも……」


 8切れあった卵焼きは殆ど早瀬先生が食べてしまっていた。ちょっと卵の取りすぎな気もするが、全部食べちゃってもいいですよと風香は微笑んだ。根を詰めて頑張った翌日である。多少のチートは許されるだろう。


 皿はあっという間に空になり、早瀬先生は満足そうにため息をついた。


 「めちゃくちゃ美味しかったです。締め切り明けにこんな美味い飯が食えるなんて幸せすぎました」


「これくらいだったらいつでも作りますよ」


早瀬先生はほんとに?と目を輝かせた。


こんなに喜んでもらえるなら、いつだって。


風香は頷きながら、心の中で呟いた。


先生は大きく伸びをし、頑張らないとなぁと呟いた。


「連載、ちょっと不調なんですよ。下手したら2ヶ月後に打ち切られるかも」


「そうなんですか……ってええ!?!?」


「アンケがあまり良くなくて。もっと攻めていかないといけない」


 「そ、そうしたら当然私もクビですよね……?」


 半年で2回の失職は勘弁である。


 「そういうことになっちゃいますね。でも俺……頑張りますよ。もっと風香さんのご飯食べたいし」

 

 早瀬先生がそう語る表情は穏やかだった。食事をして眠くなったのか、またうとうととしている。


 「自分を追い込んで……もっと面白い話……人気になって……風香さ…見てて……zzz」


 ……寝てしまった。まるで気絶するように。安心しきった子犬のような寝顔。


 そういえば原稿は届いてるのだろうか。念の為林田に電話する。電話はすぐ取られたが、林田も眠くて仕方なさそうな声。


 「早瀬先生、寝ちゃったんですけど大丈夫でしょうか?」

 

「さっき修正した原稿送ってくれたから大丈夫だよ。そのまま寝かせてあげてー。真野さんも付き合わせちゃって悪かったね。ここまでギリギリなのは本当に勘弁してほしいよ」


「それはそうと林田さん、作品が打ち切りになるかもって本当ですか?」


電話の向こうは沈黙。


「そうだねー、Leapは競争が激しいから。つまり、どんな人気作だって打ち切りの可能性はゼロじゃないと言える!」


「そういう一般論じゃなくて、真面目な話です!私も生活がかかってるので」


「ハハッ、あんまり熱くならないでよ。確かに早瀬先生の連載はいま岐路に立っていると言える!最近、読者アンケートが落ちてきてるんだよなぁ……。これからテコ入れしていかないと。でも大丈夫だよ、もし早瀬先生の連載が終わったとしても真野さんには回せる仕事があると思うんだ。そこは安心してほしい」


新連載補正が切れたここからが勝負なんだよなーと林田はぼやく。


「一番頑張るのは早瀬先生だよ。でも真野さんも力を貸してほしい。全力で早瀬先生を支えよう」


机に突っ伏して寝ている早瀬先生に目をやる。

きっとたくさんのプレッシャーを抱えてる早瀬先生。


私にできることなんて限られているけれど。


「はい、頑張りましょう」


風香は力強く返事をした。

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