大陸中央山脈頂上付近にて
『ピュルウ〜ルルゥ』
襲撃を知らせる甲高い笛の音が響いていた。
「ドラゴンだ!」
誰かが叫んでいるのがかすれた意識の中聞こえる。
地獄がまた始まった。
私は魔界と人界を隔てる中央山脈に隣接する国の兵士の一人だ。
数百年保たれていた祖国の平穏を壊した愚か者の一人でもある。
私の愛する祖国は大きな国とは言えないがとても美しい国であった。
かつて起こった魔族との大戦で活躍した英雄サタナの故郷がこの地であったことにちなみ彼女が愛した花の名前が初代国王によって国に名付けられた。
「レガン王国」と。
はるか昔から続く大戦復興の象徴ともいえる国であった。
山脈付近では大戦当時の要塞の石垣跡が見られ王国の平原にさくレガンの花は春になると王国全体を鮮やかな紅色に染め上げた。
活気あふれるとまではいかないが笑顔の絶えることのない国であった。
勇気と愛の象徴であるとされたレガンの花は祖国で愛され続けいつしか紅色の国とも呼ばれるようになったと聞く。
どうしてこのようなことになったのだろうか?
祖国が燃えている。
レガンの花畑が草原が燃えている。
祖国が泣いている。
どうすることもできなかった。
ことの発端は数日前、中央議会からの申請により魔族領近くの大規模調査をしたことだ。
歴史が深かろうが小国には変わりない。
異を唱えるだけの力が祖国になかったことも理解できる。
だがこれしか道はなかったのだろうか?
王国の兵による大規模調査はあろうことか魔族との衝突を引き起こしてしまった。
長い間保たれていた祖国の平穏が壊れてしまった。
はるか昔の大戦以降一度も他国と戦争をしなかった祖国が勝てるはずもなかった。
調査に向かった100名は行方不明になり、その捜索のために3000人の兵が送られた。
私もその一人である。
中央議会もこの状況を予測していたのか20名程の魔法使いが送られてきていた。
個人が戦況を変えうる可能性のある魔法使いは脅威である。
普通の人間は魔法に対する抵抗手段を持たない。
故にこの援軍は心強くもあるが、この事態を予測していながら祖国の舵を動かした中央議会に殺意が湧いた。
そしてすぐに捜索は中断されることとなった。
怪物たちの襲撃によって。
かつての大戦の英雄譚に登場する者たちが襲いかかってきた。
蹂躙が始まった。
リザードマンの鱗は我らの刃を通さず、山に登るため軽装備で来た我々は面白いように奴らの爪や牙の前に鮮血を上げ地面に倒れ伏した。
空からワイバーンやドラゴンが火を吹き付け多くのものが焼け死んだ。
我らの装備は役に立たず何もできないまま多くの兵士が命を散らした。
生き残った者たちはかつて使われた砦跡にこもり籠城戦を強いられた。
魔法使いの魔法だけが怪物たちに対する有効な攻撃手段だった。
我らは仲間の遺体を積み上げ防壁を作りスカスカな防壁に立ち肉壁となって魔法使いを守った。
夜になっても彼らの猛攻は続いた。
最初は3000人いた仲間も砦にこもった頃にはもう1000人もいなかった。
城門を死体で埋めているときはまだ外で多くの戦闘音が響いていたが今生きている者は恐らくいないだろう。
砦からも祖国が燃えているのが見えた。
喪失感で叫びだしそうになるがなんとか堪えた。
夜が終わり朝が来た。
魔法使いたちも一晩中魔法を使い続けて皆力無く床に倒れ伏している。
もはやこれまでだろう。
「ドラゴンだ!」
誰かのカスカスの叫び声が聞こえた。
かすれ意識で空を見上げる。
鮮やかな赤い鱗のドラゴンが口から溢れんばかりの炎をこちらに向けていた。
私は覚悟を決めポケットからレガンの花の押し花の栞を取り出した。
娘が出兵前に作ってくれた物だ。
少し色落ちしてしまっているが幼い娘が作ってくれた大切な宝物だ。
どうか神様!
勝利などいらない!
妻と娘に!祖国に安寧を!
レック 享年25歳
死因 中央山脈レガン砦にて戦死
レガンの花 鮮やかな六枚の紅色の花弁が特徴の花。情熱、勇気、愛などの花言葉がありレガン王国の兵士は入隊式の時に一人1輪この花を胸に挿す。はるか昔の英雄が愛した花であり彼女の墓とされてるレガン平原の片隅では春になるとレガンの花が咲き乱れ新兵は皆彼女に向って宣誓する。命を懸けて貴方の愛したこの場所を守ると。