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 空が高い。


「ここのサンドイッチはうまい。食え」

「へ……はい、頂戴します」


 どうして私はこの人と二人並んでサンドイッチを頬張っているのだろう。しかも秋空の下、地べたに座って。

 教会から少し歩いた先に緑の丘が広がっていることなど知らなかった。秋の野花がちらほらと咲き、そよ風に揺れている。


(空が高い)


 もう一度そう思って、雲を眺める。ゆっくりゆっくりと、流れていく白い雲。

 

「……殿下は、よく街へ下りられるのですか」

「まあな。城にばかりいると息がつまる」


 なんでもないことのようにアレクシス殿下が言うので、私は軽く目を見張った。


「この男にもそんな感覚があったのか、と顔に書いてあるぞ」

「いえ、あの……そのようなことは」


 失態だ。私はなんとか聖女の笑みを呼び戻し、おっとりと微笑んで誤魔化す。

 だがどうやら王子はそれを大変気に食わなかったらしい。


「その気持ちの悪い笑顔をやめろ」


 うんざりするように言い捨てられて、さすがになんの言葉も出てこない。


「顔に出せばいいだろう。お前はいつもそうだな。罵倒されてヘラヘラ笑うな。それも聖女の役目だとでも言うのか?」

「……そのような……」

「ではなんだ。さっきの女にも、言い返せばよかっただろう。本当に自分のせいであの女の息子が死んだと思っているわけではあるまい」


 そうだ、思っていない。でもどうしてそんなことが言える?私は聖女なのに。


「全てを背負って救えるなどとんだ思い上がりだ。だからお前の言葉は薄っぺらい。教典をなぞるだけなら誰にでもできる」


 なんて嫌な人。どうしてこんな意地悪を言うの?どうして私がここまで言われなければいけないの。


 私だって、私だって、


「聖女とはそんなものか? 聖女とはなんだ」


(そんなもの、私が聞きたい)


「……殿下に何がわかるのです」


 頭が真っ白になる。何も言うなと理性が必死に止めているのに、口をついて出る言葉を止められない。


「あなたに、何がわかるのですか。私だって聞きたい、聖女とはなんですか」


 アレクシス殿下は鋭い目つきのまま黙ってこちらを見ている。

 腹が立つ。どうしてこんな男に、好き勝手言われなければいけないの。


「そこまで言うのならば、あなたが教えてください。聖女のあるべき姿とはなんですか」

「俺が知るか。自分で考えろ」


 なんて人。まるで私が何も考えていないかのように。何にも悩まず苦しんでいないかのように。何も知らないくせに、何もわからないくせに、偉そうに、


「私は……!」

「なんだ、言ってみろ」


 尊大な態度でそう促され、私は自分の中で何かが切れる音を聞いた。


「……私、私は考えてる。毎日、毎日そのことばかり考えているわ。私だって正しい聖女でありたい。でも正しい聖女ってなんなの?誰も教えてくれない。みんな私に何かを期待して、でもどうやって期待に応えればいいのかは教えてくれない!どうしたらいいの、何が正解なの」


 怒りに任せて言い捨てると、憎たらしい男は軽く目を細め、


「さあな」


 瞬間的な怒りに任せて、私は手元にあったサンドイッチの包み紙を握りつぶし目の前の男に投げつけた。


「あなた、あなたって、なに?どうしていつも嫌なことばかりいうの!?私があなたに何をしたっていうの」


 包み紙を片手で受け止めたアレクシス殿下は、ゴミを投げるな、などと呟いている。


「何も。強いていうなら、気にさわる」

「は!?」

「人形のように笑って、正しそうなことしか言わない、その存在が気にさわる」


 だが、そうやって怒っているのはいいな、などと続ける。


「意味がわかりません。もう放っておいて!」

「断る」


 開いた口がふさがらないとはこのことだ。私は怒りに震えながら睨みつける他に何もできなかった。この人は、本当に、なんなの。


「そうやって怒ればいい。聖女だって人間だろう、何があろうと微笑んで受け答えするなどと、気味が悪いだけだ」


 言われて、ふと気づいた。最後にこうして感情を露わにしたのはいつのことだっただろう。だってそうするべきじゃないと思ったのだ。「聖女」はそんな風に感情的にならないだろう、と。


「お前は聖女である前に一人の人間だろう。違うのか?」


(そうだと思った。でももうわからない)


 だって、もう誰も、誰一人として、私を、


「……午後は休みだ。好きなようにしろ。俺は城に戻る」

「私も戻ります」


 空っぽの頭では、これ以上聖女の微笑みをつくれそうにもなかった。私と殿下はそれから一言もかわすことなく、城へと戻った。


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