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「聖女さま、おはようございます」

「おはようございます、司祭さま。今日もお元気でいらっしゃいますか?」

「おかげさまで。聖女さまとお話ししたいと、もうたくさん集まっておりますよ。早速初めてよろしいですか?……おや、そちらの方は……」


 私たちを迎えてくれた教会の司祭が、私の後ろに立つ男のことを視線で問う。


 私はいつもの白の貫頭衣にズボンという姿で、背後の王子は一応お忍びの体なのか、貴族の普段着を思わせる上等なシャツにベスト、ズボンという、王子にしてはかなり簡素な出で立ちだ。


「侍従だ」


 どうしたってそうとは見えないだろうに、アレクシス殿下は堂々と言い放つ。主人よりも到底偉そうな侍従など見たこともない。

 だが司祭様はこの人が誰かをわかっていたようだ。ほんのりと苦笑いを浮かべたが、それ以上は聞かなかった。


「聖女さま、お助けください」


 月に一度、私は教会で街人たちの訴えを聞く。内容は様々だ。


 大病を患いその回復を願うもの、

 生活の苦しさを訴えるもの、

 家族の良縁を願うものもある。


 私はそれら一つ一つに向かい合う。時には怪我を撫で多少なりと痛みを逃してやり、時には教典を元にした助言を授ける。人々は聖女に期待してここにやってくる。けれど、彼らがそれぞれに抱える問題を根本的に解決してやる術は、私にはない。


 それでもこれが私の役割だ。少なくとも聖女に話を聞いてもらうことで心を癒される人がいる限り、私はこれを続けるしかない。


 王子はどうやら隣室に控え、こちらの話を聞いているようだった。王子として人々の訴えを聞き国政に反映しようという殊勝な考えなのだろうか。私にはあの人の考えることなどわからない。


「聖女さま……」


 その日の最後に入ってきたのは中年の女性だった。彼女には見覚えがある。先月も話しをしにきた人だ。

 私は彼女に微笑みかけた。


「アリエラさん、先月もお会いしましたね。お元気にしてらっしゃいましたか。息子さんのご様子はそれ以来……」

「どうして救ってくれなかったんですか」


 女性、アリエラの顔は蒼白で、その瞳に強い憎しみがこもっている。


(嗚呼)


「息子は死にました。崖から飛び降りたんです。アタシたちが見つけたときにはもう息をしていなかった。どうして救ってくれなかったんですか。あれほど祈ったのに。何度も願ったのに」

「……それは、残念なことでした。けれどあなたの息子さんの魂は神の身許にあります。彼は今頃そこで心おだやかに」

「何が心おだやかだ!あんたは何もしてくれなかった!どうして救ってくれなかったんです、どうして」


 慟哭する女性に私は自分が透明になったような気がする。私の力の及ばなさなど彼女には関係ない。聖女に期待して裏切られた、その失望だけがそこにある。


 慌てて司祭様が横から入る。


「アリエラ、おやめなさい。あなたの息子の死は聖女さまのせいではないと分かっているでしょう」

「分かってます!でも聖女さまなんでしょう?人々を助けるためにいるんでしょう?それがどうだ、あんたは耳障りのいいことを言うだけで、何もしてくれない!」


 アリエラと言う女性には一人息子がいた。親たちの意向に背いて、画家になりたいだのと夢ばかり語る困った息子。アリエラと夫は彼に家業を継がせるべく「環境を整えてやった」と彼女は言ったが、それは息子から画材を取り上げ、訓練学校に押し込めるというものだった。息子は憤慨し、登校を拒否。それ以来部屋にこもってしまった。


 先月聞いた話はそこまでだった。私は彼女に、「対話せよ」と諭した。話し合い、分かり合いの道を探るべし、と。


 他に何といえばよかったのだろう。私が何を言えば、彼の死を防げただろう。


(死はあなたを自由にしてくれた?)


 糾弾の言葉と共に流される大粒の涙を眼前に、私はぼんやりとその「息子」に語りかける。


(ねえ、そこに自由はあった?)


 結局、女性アリエラは司祭様に促されてそのまま退室していった。


「なるほど、無力なものだな」


 女性の退室を見計らったかのように、金色の髪を輝かせながら男が入ってくる。私はとっさに薄い微笑みを取り繕った。


「……残念なことです。神の御心をうまく伝えることができない、私の未熟さです」

「自罰的だな。疲れないか?」


 疲れるに決まっている。


「それでも、手を差し伸べ続けなければなりません」


(何も救えなかったとしても、ただただ、手を)


 でも本当は。


 先月アリエラから話を聞いたとき、私は彼女に言いたかった。


 息子を自由にしてやれと、人の心を縛ることなどできないのだから、本当に彼を愛するならば手を離してやれと。

 けれど彼女の訴えは、どのようにして息子に家業を継ぐ気にさせるか、というものだった。だから対話しろ言った。彼女の期待に応える回答としてそれしか思いつかなかった。


 俯いて考えていると、アレクシス殿下が呆れたように言う。


「城では貴族の御用聞きで、街では市民の八つ当たりの的か。聖女とはいびつなものだな」

「……そのようには思いません。無力でも、私は私の役目を果たすまでです」

「ふむ、お前は確かに耳障りの良いことしか言わない。その点はあの女に同意する」


(嫌な人)


 そう反射的に思ってしまってから、ハッとする。聖女なのに。聖女なのだから、好きも嫌いもないのだ。神の前に人は皆平等。私は聖女。


「さて、次は孤児院だったか?」

「……はい、今日は届け物をするだけですので、すぐにすみます」

「ならば飯のあとでいいな。行くぞ」


 なんて強引な人だろう。でも結局逆らうこともできず、私は彼の後ろ姿を追いかけるようについて行くのだった。


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