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 朝がきて私はまた薄く絶望する。秋の日差しは柔らかで優しい。窓から差し込むそれが、けれど私には、なんの喜びももたらさない。


 命のなんとうっとうしいことだろう。私はもう疲れきっていて、喜びも悲しみも、もううんざりなのだ。そうやって疲弊しながら、けれど今日は街の教会を訪ねる約束をしている、だとか、最近食の細い私を心配した料理人が明日は好物を作りますよと意気込んでいたな、だとか、そうやって私に期待してくれる誰かを裏切ることが怖くて、「がっかり」されることが嫌で、それだけが私を動かす原動力になっている。


 もうすっかり疲れているのに。あれもこれも、もううんざりなのに。


 本質的な絶望よりも、日常とそのルーティン、そして誰かから見える自分の印象を保つためだけに、今日も私は微笑むのだ。それら全てのなんと空虚で、無意味なことか。


 死にたいと強く思うわけじゃない。ただ、生きていたくない。生活に伴う感情の上がり下がり、期待と失望、誰かを慮ってばかりの自分の言動、そこから生まれる明日の私への他者からの期待、そういった一つ一つの物事が、もう私には重すぎる。


(全て手放して楽になれたらいいのに)


 私はそうして想像してみる。

 ベッドから立ち上がり、木枠の窓を開けると、朝の清潔な空気が一気に部屋に流れ込む。眼下には王城の庭園。秋の花が美しく咲き乱れるそこに、飛び降りてみたらどうなるだろう。


(……高さが足りないわね)


 やけに冷静な感想が出て、私は自嘲した。バカバカしい。本当にバカバカしい。


「聖女様、お目覚めですか?王子殿下がお呼びです」

「はい、起きています。どうぞ」


(またあの人)


 私はこれから始まる胃の痛い席を思い、それとわからないように小さくため息をついた。部屋に入って来るメイドたちに聞かれては困る。


「おはようございます。お支度をお手伝いいたします」

「はい、お願いします」


 「聖女」らしい笑みを心がけて、彼女たちに向かい合った。


「おはよう聖女殿」


 呼び出されたのは王子の執務室だ。そこにおかれた重厚な椅子に座り、かの人は尊大な態度で私に呼びかける。


「おはようございます、アレクシス王子殿下。殿下におかれましては今日もご機嫌麗しく……」

「ははは、今朝もつまらん女だな。やめろ」

「……申し訳ございません」


 この人はいつもこうだ。攻撃的で、嫌味たらしい。露骨に私を嫌っているくせに、事あるごとに呼び出しては棘のある言葉を投げかけて来る。鬱憤ばらしをされているのだろうか。


 アレクシス殿下はこの国の第一王子で、ゆくゆくは王となるべく育てられた人だ。初めて会った時からそのことをひしひしと感じた。この人は支配する側の人間で、その自覚を深く持っている。他人にへりくだることがなく、尊大で傲慢だが、それを受け入れさせる何かがあるのだ。


 国王譲りの輝く金髪、晴天の空を思わせる青い瞳。美貌の女王の息子として、その美しさも受け継いでいる。


(この人は私のように、他人の期待を重みと感じることはないのだろう)


「お前、今日の予定は?」

「本日は午前中に街の教会と、それから孤児院を伺う予定をしております。そのあとはいつも通り、王城にて皆様のご相談を伺うかと……」

「つまらんな。王城のそれはナシだ」


 なんて勝手なことを。


「殿下、畏れ多いことですが聖女との面会に何日も前からご依頼をいただいている方々とのお約束です。そのように急な変更をするわけにはまいりません」


 言い返すと、傲慢な王子は鼻で笑う。


「貴族連中のご機嫌取りがそんなに大事か?聖女の役割とはそんなことか」

「……王陛下たってのご希望です」

「好きでやってるわけじゃない、か?ならば止めたらどうだ。それではまるで国の犬だな」


 カッと頭に血が上りそうになり、私は必死に脳内で教典を繰り返す。人を赦し赦されよ、人を赦し赦されよ、人を赦し……。


「……どのような地位にあろうとも、神の前に人はみな平等。悩む人があれば、それを導き助けるのが聖女の役目で」

「お前はどこまでもつまらんな。もういい、わかった」


 この人は、人の話を最後まで聞くということをできないのか。なんとか微笑んで答えた私の言葉はいつものごとく遮られ、「つまらない女」との評価をいただく。


「さっさと行くぞ」


 そう言って執務台から立ち上がると、私を通り越し扉まで足早に歩いていく。

 行くって、どこへ、


「ぼさっとするな。裏門で落ち合うぞ。15分後にそこにいろ」

「殿下、恐れながら聖女様はまだご朝食も……」

「知るか」


 メイドの言葉は一刀両断される。


(そうでしょうとも、あなたには一切関係のないことだものね)

 

 私はいっそ開き直った気持ちになり、余裕をもって聖女の笑みを浮かべることができた。

 なんだかよくわからないが気まぐれで偉そうなこの王子様は、私に連れ立って街に降りようとしているらしい。


 好きにしたらいい。


「良いのですよ。私も参りますから、支度をお願いできますか」

「はい、聖女様」


 頷く従順なメイドと共に、私は15分後との急な命令に間に合わせるべく、大急ぎで支度を済ませるのだった。


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