95話 責任、使命
「エトラル式魔法戦闘術! 《冷刃監獄》!」
「天命槍術、《閃刻》!」
クオウの魔法が数体の凶獣の足を氷で覆い、ライルの槍が身動きを封じられたそれらを一網打尽にする。
一方ではフゲンが男たちを相手に、文字通り千切っては投げ千切っては投げの大暴れをしており、戦況の優劣は火を見るより明らかだった。
場の凶獣を処理し終え、続いてライルは残り20余名ほどの男たちに突撃して行く。
彼らは決して弱くはなく戦闘経験も十分あるようだったが、如何せん相手が悪い。
規格外2人と珍しい戦闘術を使う魔人族1人、数は少なくとも男たちの手に余る。
「そらっ!」
ライルによって槍の柄を叩きつけられた男の1人は、当たり所が悪かったのかそのままぐるりと白目をむいた。
「死ね!」
後ろに倒れて行く男の影から、やや小柄な男が飛び出す。
彼はライルに接近するや否や手に持った袋、その中身をぶちまけた。
この前シュリが食らったのと同じやつだ、とライルが気付くと同時に、文字通り毒々しい粉末が彼に降り注ぐ。
小柄な男はニヤリと笑い、すかさず短剣を突き出した。
が、凶刃はライルの体に届くより早く、槍の柄で以て呆気なく弾き飛ばされる。
隙を狙ったはずなのに! と面食らう男に、不敵に笑ってライルは言った。
「残念だったな。俺にはそういうの、効かねえんだ」
歴戦の悪党も、まさかこの平凡そうな青年に毒の耐性があるとは思わなかっただろう。
大して目くらましにもならない粉を適当に払い落とし、ライルはくるりと槍を回転させて柄を男のみぞおちに叩き込んだ。
「よし、これであと……」
槍を持ち直し、彼は残る敵の数を把握するため周囲を見回す。
すると、技を撃ち終えてひと息ついているクオウと、彼女の背後を狙う新手の凶獣が目に入った。
「クオウ、後ろだ!」
「へっ?」
ライルの声を聞き、クオウはパッと振り返る。
途端に目前まで迫る凶獣とご対面、サッと顔から血の気が引いた。
「あわわわ、えっと、えっと――て、てやーっ!!」
彼女はがむしゃらに両手を突き出す。
加減も何も不十分なまま、魔力を集中させて思い切り放出した。
何の技にもなっていない、でたらめの魔力がなんとか炎の形を成し、爆発的な勢いで凶獣に襲い掛かる。
一瞬で丸焦げ、を通り越して消し炭と化した凶獣は、余波の風でボロボロと崩れ去って行った。
危機回避に成功したことを確認し、クオウはホッと息を吐く。
「ま、まだいたのね……危なかったわ」
「大丈夫かクオウ」
「ええ、教えてくれてありがとう」
彼女は差し出されたライルの手を取って立ち上がり、くるりと周囲を見回した。
もう人間も凶獣も、自分たちの他に立っている者はいない。
無事、難関を乗り越えられたようだ。
だがしかし、クオウはとあることに気付いて悲鳴を上げる。
「ああっ、いないわ! ボスの人!」
そう。
こともあろうに、盗賊団の頭領の姿が見当たらなかったのだ。
「部下を置いて逃げやがったのか!」
なんて意気地も責任感も無い奴だ、とフゲンは舌打ちをする。
「探し出してとっ捕まえてやりてえけど……クソ、人命優先だな」
「ああ。町に入って行った奴らを追おう、フゲン、クオウ」
* * *
ライルたちが町の入り口で戦いを繰り広げている頃、ムーファたち孤児院の子ども3人は町中を歩いていた。
周りには他の住民たちもおり、皆で町の奥の方へと避難をしている最中だった。
「う、うう……」
「せんせー、シュリ兄ちゃん……」
とぼとぼと足を動かしながら、ムーファとララクが震えた声を零す。
ざ、ざ、と土を踏む音に、鼻をすする音が紛れていた。
「泣くなムーファ! ララクも落ち着け!」
トウィーシャが2人を叱咤する。
3人は先ほどまで、スアンニーに連れられて周辺住民共々避難をしていた。
だがしばらく行ったところでそのスアンニーが「周りの大人について行け。俺はシュリを連れて来る」と言って、来た方へと戻って行ってしまったのだ。
ではシュリは何をしているのかというと、町の人々を無事に避難させるため、孤児院の前で凶獣を食い止めているのであった。
「シュリ兄ちゃんは強いんだ。先生だって大人だぞ。無事に決まってる」
トウィーシャは声の震えを抑えるように、腹に力を込めて言う。
本当は彼も心配で仕方なかったが、年上――と言ってもひとつ違いだが――の自分がしっかりしなくては、という使命感に駆られていた。
「ほら、早く行くぞ」
「うん……」
2人と手を繋ぎ、トウィーシャは歩き始める。
振り返りたいのを我慢して、胸を満たす不安に蓋をして。
――同刻、孤児院前。
「はっ、はっ……」
浅い呼吸を繰り返しながらも、シュリは盾を手に何とか立っていた。
周辺には凶獣の死体が4つ転がっている。
彼は今しがた、付近を襲わんとしていた凶獣を倒し終えたところだった。
「シュリ!」
と、そこへムーファたちと別れたスアンニーがやって来た。
「スアンニー……! なぜ」
シュリは目を見開く。
その視線には、ここに戻って来たことを咎める色が混じっていた。
「『少し足止めをするだけ』とお前は言ったが、どうせ無理をしているだろうと思ってな」
スアンニーは溜め息と共に彼の視線を流し、肩をすくめる。
こんな無茶をするお前に、戻って来たくらいのことを咎められる筋合いは無いぞ、と暗に言っているようだった。
「まだ、他の場所に凶獣が……」
「もう十分だ」
歩き出そうとするシュリを、スアンニーがやんわりと止める。
「シンハに偵察に行かせた。ライルたちがもうじき来てくれるはずだ」
言われて、シュリは彼の使い魔の蝶がいないことに気付いた。
シンハというのが蝶の名だ。
「抜かりないな」
「やれることをやっているだけだ」
スアンニーはシュリに肩を貸し、ムーファたちと合流すべく踵を返した。
が、その時。
「おっと、逃げ遅れ発見」
小馬鹿にしたような声に振り向けば、盗賊団の男が数名、各々得物を手に立っていた。
「うへえ! これ全部こいつにやられたのかよ」
「みてえだなあ。ご苦労なこって」
「前みたいに戦ってたら手こずってたろうな。新人、凶獣様様だ」
ハハハ、とお気楽に笑う男たち。
彼らが何をしに来たのか、など聞くまでもなかった。
シュリはスアンニーから離れ、ふらつきながらも盾を構えて男たちの方を向く。
男たちの目に、嘲笑混じりの嗜虐心が灯った。
「なんだ? まだ頑張るってか?」
「やめろシュリ! 周辺住民の避難は終わってる。これ以上は……」
慌ててスアンニーが止めようとするが、シュリはその手をそっと払い除ける。
「ここは、あなたと、あの子たちの……皆の町……帰る場所……」
煮くり返るような使命感で以て、男たちを見据える。
凶獣との戦闘で負った傷から、血が流れ落ちて地面を赤黒く染めた。
「決して、荒らさせは、しない……!」