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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第4章 門出:生ける者に祝福を
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94話 点火!

 スアンニーは素早くライルとフゲンの頭を掴み、しゃがませる。

 幸いにも爆発のあった場所は遠くだったらしく、彼らの元に瓦礫が降り注ぐようなことは無かった。


「何だ!?」


 だが非常事態は非常事態だ。

 空気の震えが収まったのを確認してライルたちは立ち上がり、周囲を見回す。


 と、建物の陰の合間から、モクモクと黒っぽい煙が立ち上っているのが見えた。


「この方角、町の入り口か」


 最近の出来事を踏まえると、考えられる原因はただひとつ。

 ライルは槍を握りしめた。


「スアンニーはムーファたちのとこに戻ってろ」


「お前たちは」


「決まってんだろ。様子見に行って、必要なら戦う」


 そう言って、ライルはスアンニーを院に向かわせる。

 彼は渋々といったふうながら、子どもたちのためにと早急に来た道を遡って行った。


「私たちも行くわ!」


 ややあって、スアンニーと入れ替わるように、カシャ、モンシュ、クオウが孤児院から走って来る。

 おそらくライルたちと同じく、爆発音で異常を察知したのであろう。


 5人揃ったところで、雷霆冒険団一行は爆発のあった方へと走り出す。

 周囲の民家からはまばらに人が出てきており、徐々に困惑と恐れの空気が伝播しつつあるようだった。


 ライルは少し考え、口を開く。


「モンシュ、カシャ、町の人たちの避難誘導を頼む!」


「はいっ」


「任せて!」


 彼の意図をすぐに呑み込み、2人は一行から離れた。


 相手が町全体に悪意を向けていると推測される以上、対抗手段は戦闘だけでは不十分だ。

 非戦闘員の人々を守らなければ、戦いに勝っても勝ちとは言えない。


 町の奥へと逃げる人々の間を縫って、ライル、フゲン、クオウは足を進める。

 そうしてようやく町の入り口に辿り着くと、やはりそこには先日町を襲わんとした盗賊の一団が居た。


「ふん、来たか」


 頭領の男が駆けつけたライルたちを見て鼻を鳴らす。

 彼らの近くにある建物が1軒、火の粉を散らしながら燃えており、どうやらこれが爆破されたらしかった。


「やっぱ何か企んでたんだな!」


 一団の中にフアクの姿を見つけ、フゲンがびしりと指をさして糾弾する。

 当の本人は余裕綽々といった表情でライルたちの顔をまじまじと見つめていた。


「どういうことだ? フアク」


 頭領が問うと、彼は軽く肩をすくめる。


「奴らを油断させてやったのさ、親父」


「ほう、そうか。さすがは我が息子だ」


 親父、ムスコ――息子。

 ライルは覚えたばかりの言葉と共に、彼らの関係を把握した。


「油断……?」


 一方でクオウはそう小さく呟いて首を傾げる。


 フアクは一体いつ、こちらを油断させるような行動をしていただろうか。

 否、彼は混乱させるようなことこそすれ、気を緩ませるようなことなどしていない。


「じゃ、俺は町の中で暴れて来るぜ」


 彼女がその疑問を明確に言葉にするより早く、フアクは次の行動、すなわち一団を離れ、町への侵入を開始した。

 ここしばらく共に孤児院を訪ねて来ていた部下たちを引き連れ、彼は悠々と歩いて行く。


「頼んだぞ。おい、ついて行ってやれ」


 頭領が命じ、更に十数名の構成員たちが後に続いた。


「っ待て!」


 それを見過ごすわけにはいかず、ライルたちはすぐさま追いかけようとする。

 が、残る数十人に囲まれてゆく手を阻まれてしまった。


「チッ、強行突破するしかねえか」


 フゲンが微妙に喜色を含んだ声色で言う。


「そう簡単に行くかな?」


 臨戦態勢になるライルたちだったが、頭領はそれでも余裕の態度を崩さず、懐から小さめの縦笛を取り出した。


「あ? 何だその変な……笛?」


「魔道具みたいだけれど……」


「フン、無知な奴らだ」


 彼はそれが何であるか察しの付かないライルを鼻で笑う。


「俺たちは見ての通り、盗賊業をやっていてな。いつもこういう小さい町に『お願い』をして物資を頂戴するんだが、まあ素直じゃない奴らがそこそこいるわけだ。そういう時はな……こうするんだよ!」


 頭領は笛に口をつけ、勢いよく息を吹き込んだ。


 ビウビウ、ビウと濁った音がけたたましく辺りに鳴り響く。

 数秒間を置き、ずずんと地響きがしたかと思うと、地面がぐわんと波打った。


 なんだなんだとライルたちが困惑している間に土がもこもこと膨れ上がり、やがてそこから現れたのは大きな獣。

 他でもない、地底国に特有の動物である凶獣だった。


 1体のみならず続々と顔を出す凶獣たちに、フゲンはにわかに頭領の企みを察する。


「テメェ、町をめちゃくちゃにしてから物をかっぱらおうってことだな!」


「正解! こいつらの居場所を把握するために、何日もかけて準備したんだぜ?」


 義憤にかられるフゲンを見て、頭領はゲラゲラと笑った。


 なぜこいつは、人の怒りを笑うのか。

 ライルは頭の中でぐつぐつと煮えるものを、腹の底でぐるぐると渦巻く疑問を感じた。


「おい新人」


「はいはあい」


 頭領に呼ばれ、1人の構成員がひょっこりと姿を現わす。

 ガタイの良い男ばかりの一団の中では珍しく小柄な彼――性別もよくわからないが仮にそうする――は、にこにこと能天気な雰囲気を纏っていた。


「初仕事だ。凶獣共を先導しろ」


「了解でえす」


 彼は間延びした返事と共に歩み出る。

 ちょうど猫の耳のように撥ねた癖っ毛を揺らしながら凶獣の方へと近寄ると、大きく両手を振った。


「はーい凶獣ちゃんたちー。みんなネコについて来てねー」


 するとどうだろう、興奮状態にあった凶獣たちが皆、大人しく彼の後ろに列を作り始めたではないか。


 そればかりか彼が町の方に向かって歩き始めると、凶獣もまた追従して進む。

 誰の目から見ても、まるで信じられない光景であった。


「えっ……は? え?」


「んな馬鹿なことあんのかよ……!」


「急にお利口になっちゃったわ!」


 目を白黒させるライルたちに、頭領はまた愉快そうに笑い声を上げる。


「はははは! 驚いたか! あいつは凶獣を手懐けられるんだよ」


「……へえ、じゃあお前らはできないわけだ」


 あんまり笑われたのが癪に障ったのか、フゲンは青筋を立てて言い返す。

 と共につかつかと凶獣の方へと数歩近付き、思い切り地面を蹴って跳び上がった。


「我流体術、《ぶん殴る》!」


 フゲンの拳が1体の凶獣の腹に突き刺さる。

 彼が反動で押し戻され華麗に着地すると同時に、鋭い一撃を食らった凶獣はゆっくりと後ろに倒れて動かなくなった。


「大した個体じゃねえな! ファストとかツノ隊長の方が手強い! 統率も取れねえならザコ同然!」


 彼の言葉に、ライルとクオウも頷き、気を取り直す。


「じゃあ時間の問題だな!」


「ええ、ぱぱっとやっちゃいましょう!」



* * *



「皆さん、落ち着いて移動してください!」


 ライルたちが戦闘を始める一方で、カシャとモンシュは町の人々の避難を促していた。


 不幸中の幸いか、パニックは起こっていない。

 適切に安全な場所へと誘導して、自分たちが戦えば犠牲者は出ないはず。


 そう考えてせっせと動き回る2人の元に、近付く影がひとつあった。


「どうも、精が出ますねえ」


 にこやかな表情と共に話しかけたのは、盗賊団の「新人」である彼。


「あんたは……」


 カシャは即座に双剣を抜いて構える。

 笑顔の下から漏れ出る敵意が、彼女の肌をひりつかせた。


「初めまして、ネコはキャットと申します。盗賊1年目の新米ちゃんですよ」


 ひらひらと手を振って彼、キャットは自己紹介をする。

 彼が可愛らしく無害そうな身振りをすればするほど、その奥に潜む不気味さが際立った。


「貴様たちは、雷霆冒険団ですね?」


 カシャとモンシュは息を呑む。

 なぜ、いつ、どこで知れたのか。


 顔を強張らせ、返答を捻り出そうとする2人に、キャットはニヤリと口角を上げた。


「おおっと、隠さなくても良いですよお。ネコにはもう全部オミトオシです」


 ちっちっち、と彼は芝居がかった動きで人差し指を振る。


「仕事が増えるのは面倒ですが、ネコは褒めてもらいたいのでね。貴様たちにはお縄についてもらいます!」


 お縄につく、なんて盗賊のくせに妙な物言いをし、彼は鞄から小手を取り出し装着した。


「モンシュ、引き続き避難誘導お願い」


「わかりました。お気を付けて!」


 カシャの指示に従い、モンシュはすぐさま場を去る。

 キャットは彼を追おうとはせず、その後ろ姿を見送りながらウンウンと頷いた。


「懸命な判断ですねえ。足手まといは余所にやっておくのが吉です」


「盗賊らしい乱暴な考え方ね。武力ばかりが戦いじゃないわ」


 バチ、と2人の間に火花が散る。

 一触即発の空気に火が点いた。


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