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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第4章 門出:生ける者に祝福を
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92話 訪問者

 野盗の一団は退けられ、町にはひとまず平穏が戻った。


 シュリ宅での滞在を許してもらったライルたちは町の人々の仕事を手伝ったり、孤児院でムーファたちの遊び相手になったりして時間を過ごした。


 無論、再出発の計画を立てながら、である。


 彼らはひとまず舟――今度はちゃんと海を渡れるようなもの――を買えるだけの金銭を稼ぐことにした。

 加えて地図を確認して経路を何パターンか考え、航行の準備を整える。


 今度こそはと気合いを入れつつ、しかしライルたちは町での暮らしを楽しみもした。

 なぜならこの町の人々は皆気が良く、温厚で実に接しやすいからだ。


 加えて財政状況も安定しており、まさに理想的な平和の町といった風だった。


 ……ただひとつ、「憲兵が来ない」という点を除いては。


「スアンニーは居るか」


 数人の男を引きつれた青年がそう言って孤児院の扉を開けたのは、ライルたちがやって来てから8日後のことだった。


 時刻は正午を過ぎた頃。

 孤児院には昼食を終えた子どもたちと、彼らとの留守番を頼まれたライル、モンシュが居た。


「誰だお前は」


 不躾に部屋まで上がり込んで来た青年たちの前に、ライルが立ち塞がる。


 現在スアンニーは買い出しに行っており不在、フゲンたちはシュリと共に彼の家で休憩中だ。

 つまり今、「この場で」戦えるのはライルしかいない。


 彼は半歩も退いてやるものかと、自分よりいくらか背の高い青年を見据えた。


「尋ねているのはこっちだ。答えろ、スアンニーは居るか」


「教えない! 帰れ!」


 青年が苛立ちを見せようが関係無い。

 両手を広げ、拒絶の意志を突き付けた。


 槍は手元に無いが、その気になればいつでも握って構えることができる。

 故にライルは、自分のことはさておき、戦闘になったらまずモンシュとムーファたちを逃がして……と頭を回した。


「モンシュにーちゃん……」


 子どもたち3人は木製の玩具を手に持ったまま、不安げな表情でモンシュを見る。

 僅かに触れ合う体から伝わって来る震えをなだめるように、モンシュは彼らに微笑みかけた。


「大丈夫ですよ、何も心配は要りませんからね」


 この小さな人間態では子どもたちを守り切れないが、いざとなれば竜態となって体を盾にしようと、彼は注意深くライルたちの動向を見守る。


「お前……こないだ町に来た奴らの中に居たろ」


「覚えているのか。記憶力がよろしいことで」


 青年は小馬鹿にした態度で返答する。


「しかしアレと一緒にしてもらっちゃ困るな。俺様たちは奴らよりずっと、酷い悪党だ」


 彼らは一見すると丸腰で、先日よりもずっと軽装備だ。

 だがどこに何を隠し持っているかわからない以上、それは警戒を緩める理由にはならない。


「ここを惨劇の現場にしたくなければ、さっさとスアンニーを出すんだな」


 ライルは答えず、ニヤついた顔の青年たちと対峙し続ける。

 脅しなど効かないぞ、と無言で圧をかけた。


「ふん、強情な奴め。まあ、これだけ騒いで出て来ないってことは不在か」


 青年は軽く溜め息を吐き、ぐるりと部屋を見回す。


「それじゃあ、彼が帰るまで待たせてもらおう」


「断る」


「……実力行使が必要か?」


 場の空気がキリキリと張り詰めて行く。

 膠着状態が弾けるのも時間の問題だ。


 が、そこで玄関の扉が開く音が飛び込んだ。


「ただいま」


 聞きなれた声と共に足音が近付いて来る。


 ムーファたちは顔を明るくし、青年たちは不適に笑った。

 ライルとモンシュは一瞬、視線を交わらせる。


 ややあって、部屋に入って来たのはスアンニーその人だった。


「……何事だ」


 彼は入り口に群れる青年たちと室内の様子を目にするや、ぐっと眉間に皺を寄せる。

 使い魔の蝶が数度、翅を羽ばたかせた。


「くく、良いタイミングだ」


 男たちは脇に避け、青年がその間を通ってスアンニーに近寄る。

 制止しようとしたライルだったが、それより早く青年はこう囁いた。


「俺たちはお前に話があって来たんだ。なあ――『灰獅子』」


 は、とスアンニーの目が僅かに見開かれる。


 彼はじっと青年を睨んだのち、懐から煙草を1本取り出した。

 火は点けず、片手でくるくると弄びながら視線を部屋の中にやる。


「ライル、モンシュ。チビたちと一緒に遊びに行ってろ」


「でも……!」


「四の五の言うな。行け」


 反論しようとするライルを黙らせ、スアンニーはクイと首を傾げた。


「先生……」


 ムーファたちが憂いの籠った目で見ても意に介さない。

 これは一旦言う通りにした方が良さそうだ、とライルは3人とモンシュを連れて外に出た。


「ライルさん」


「ああ、わかってる」


 急ぎ足でシュリの家へと行き、2人は子どもたちを託すと共に仲間たちに事情を説明した。


 それからスアンニーを助けるためとムーファらを守っておくため、一同は二手に分かれて行動をすることに。

 前者を請け負ったライル、カシャ、シュリは各々武器を携えて家を飛び出した。


「こっちだ」


 孤児院の前まで戻って来ると、シュリが声を落として手招きをする。

 裏口に案内してくれるようだった。


 3人が中にいる青年たちに勘付かれないよう、静かにそっと移動していると、不意に人の声がする。


 くぐもったそれは歩みを進めるにつれ大きくなって行き、どうやら外に面した部屋にスアンニーらがいるらしいことがわかった。


「何か話してるみたいね」


「奴ら、いったい何が目的なんだ……よし、ちょっと聞いてみよう」


 声が一番よく聞こえる位置で足を止め、ライルたちは耳を澄ませる。

 そうすると、鮮明にとはいかないが、会話の内容はかろうじて耳に入って来た。


「――お前の目覚ましい活躍はよく知っている。燃える剣を振るう伝説的傭兵、灰獅子のスアンニー」


 今現在、喋っているのは青年のようだ。


「魔人族でありながら九剣豪の1人に数えられ、参加した戦いは決まって『お前側』の勝ち。斬撃ひとつで鉄をも焼き斬り、あとに残るは灰燼のみ」


 外で盗み聞きをされているとは露知らず、男たちを従えた青年はつらつらと言葉を続ける。


「地上国での先の内乱でも、お前は凄まじい力を見せつけた。3年は続くと予想されたあの戦いがたった1年で終わったのは、ひとえにお前が居たからだ」


「前置きが長いな。早く本題に入れ」


 そこでようやく、スアンニーが口を開いた。

 声はライルたちの耳にも届き、無事であることへの安堵と新たな緊張が生じる。


「ふっ……」


 幸い、青年に機嫌を損ねた様子は無かった。

 男たちの1人が青年の耳元に口を寄せ、ぼそぼそと何かを言う。


「……ま、そうだな……ウン……」


 こく、こく、と数度頷き、青年は大袈裟な身振りと共に笑った。


「今日のところは引き下がろう」


「ちょっとボス!」


 男が咎めるも彼は知らんふりをし、踵を返す。


「また機を改めて来る」


「待て」


 と、今度はスアンニーが彼を呼び止めた。


「ひとつ言っておくが、俺は自分が殺した人間の顔を覚えていない。ましてその身内なんぞ知ったことではない」


「……いいさ、それで」


 一瞬だけ目を丸くした青年は、しかし拍子抜けするような返答を残して去って行く。

 他の男たちも彼に追従し、部屋にはスアンニー1人だけになった。


「もう出て来て大丈夫だぞ」


 少し間を置いて、彼は言う。

 顔こそ向けていないが、ライルたちに対しての台詞であることはその声色から明白であった。


 ライルは立ち上がり、近くの窓を開ける。

 鍵はかかっていなかった。


「気付いてたのか」


「ああ。……おい、窓から入るな。玄関に回れ」


 彼に言われるまま、3人はぐるりと正面まで戻り、改めて室内に入る。


「ねえ。さっきの奴ら、この間のよね? ……それにあなた、傭兵って」


 カシャの発した問いに、スアンニーは自嘲気味に口角を上げた。


「聞いていたのなら、耳にした通りだ。俺はあの内乱まで傭兵をやっていた。薄汚い野良傭兵だ」


 いつの間にやら窓の縁に止まっていた蝶が、ひらりと飛んで彼の肩に止まる。


「大方あいつは俺が殺した誰かの遺族だろう。恨み言でも吐きに来たんだろうさ」


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