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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第4章 門出:生ける者に祝福を
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89話 失言

 シュリの自宅は、住宅地の端にあった。

 小屋に毛が生えたくらいのささやかな建物で、けれども頑丈そうな造りでもって鎮座している。


 ライルたちを中に招き入れると、彼はクローゼットをひっくり返して何着もの衣服を出した。


「自分の物で悪いが……無いよりは良いはずだ」


 暖炉に火をつけながらシュリは言う。


 ライルが試しに一着手に取り広げてみると、なるほどかなりサイズが大きい。

 これほどであれば、モンシュやカシャはもちろん、おそらくフゲンでもだぼつくだろう。


 だが彼の言う通り、あるだけで十二分に有り難い。

 一行は男女で分かれて着替えを済ませた。


「親切にしてくれてありがとう」


 袖をまくりながらライルは礼を言う。

 やはりシュリは笑顔を返すことなく、所在なさげに視線をうろつかせた。


 ほどなく彼はフードをしっかりと被り直し、玄関の方へと向かう。


「少し外に出る」


「何しに行くんだ?」


 ライルが尋ねると、彼は少し迷う素振りを見せたのち「服を借りに」と短く答えた。


 やましいことでもあるまいに、その反応はやましいことを白状する時に似ている。

 どうやらシュリという人間は、コミュニケーションが得意では無いようだった。


「なら俺もついて行くぜ」


「オレも」


 比較的見られる格好のライルとフゲンが彼について、外に出る。


「なあフゲン、地底国だと朝焼けとか夕暮れとかは無いのか?」


「無いな。昼と夜だけだ。横穴か縦穴の近くだとわかるが」


「へえ……。じゃ、逆に地底国にしか無いものって何がある?」


「さっき教えたやつ以外だと……凶獣くらいじゃね? 地上の動物より強えし、すげえデケエの」


「ああ、あれな」


 2人は他愛のない会話を交わす。

 両者とも本当はシュリとも喋ってみたかったが、本人が乗り気でなさそうであるからには無理強いはできない。


 彼はライルたちとは対照的に黙ったまま歩き続け、やがてある白い壁の建物の前で立ち止まる。

 それから慣れたふうに、その玄関に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。


 チリリ、と控えめな音が響く。

 しばらくの沈黙の後、閉ざされた玄関の向こうから、人の気配が近付いてくるのがわかった。


「シュリ、お前は鈴を鳴らさずとも勝手に入って来て良いと何度言えば……」


 ややあって、擦れた声と共に扉が開く。

 現れたのは煙草をくわえた、30かそこらの男だった。


 彼は客人がシュリだけでないと見るや否や、言葉を止めて顔をしかめる。


「誰だそいつらは」


 男は灰色の少しぱさついた髪を、肩のあたりまで無造作に伸ばしていた。

 前髪も適当にしか切っていないのだろう、毛束がいくつか目にかかっている。


 くすんだ髪色に対して瞳の緑色は鮮やかだ。

 澄んだ宝石のごとき虹彩は、目の下の隈さえ無ければもっと美しく見えたに違いない。


 簡素なシャツの上に羽織った白衣は薄汚れており、袖口なんかはすっかりボロボロだ。

 口には煙草をくわえ、肩には自然のものか使い魔か、綺麗な青色をした蝶が止まっている。


 外見に頓着の無さそうな風体は、しかし持ち前の整った顔立ちと独特の雰囲気により「物憂げな美人」のいち要素に変換されていた。


「彼らは旅人だ。難破したらしい。横穴に流れ着いていた」


 シュリが男に説明したのに続け、ライルはすぐさま口を開く。


「初めまして。俺はライル、こっちはフゲン。怪しいモンじゃない」


 警戒しないでほしい、と書かれたような笑顔に、男は頭をかいた。


「……まあ、良いか」


 呟いて、彼は煙草の煙を吐き出す。

 溜め息に色が付いたようだった。


「入れ」


 半開きにしていた扉を大きく開け、男はライルたちを屋内に招き入れる。


 中に足を踏み入れるや否や、石造りの廊下が彼らを出迎えた。

 壁に装飾が無ければ置き物も何も無い、まるきり殺風景な廊下だ。


 男に案内されるまま一番玄関に近い部屋に移動するが、やはりそこも殺風景。

 飾り気や華やかさとはかけ離れた内装だった。


「で、何の用だ」


 ライルたちをソファに座らせ、男は切り出す。

 ふう、と彼の吐き出した煙が開いた窓から外へと出て行った。


「他に女性が2人、子どもが1人いる。彼女らの衣服が乾くまで代わりを貸してほしい」


「恩は必ず返す。頼むよ」


 シュリの言葉に続いてライルは深く頭を下げる。


「そう大袈裟にしなくていい。服くらい貸す」


 男はもう一度、煙を吐くと短くなった煙草を灰皿に押し付けて消した。


「ここは孤児院だからな。古着は使い勝手が良いから、余るほど集めている」


 なるほどそういうことか、とライルは納得する。


 孤児院とは身寄りのない子どもを保護し、世話する施設。

 ならば当然そこにある服は子ども用から、大きくても少年少女用……カシャたちの着られるサイズというわけだ。


「じゃあお前は先生か。えーっと」


 フゲンが言うと、男はぶっきらぼうに答える。


「スアンニー」


「スアンニー先生!」


「…………」


 男、改めスアンニーは呆れたように溜め息を吐いた。


 そうこうしていると、呼び鈴の音無しに玄関の扉の開く音がした。


「せんせーただいまー!」


 ドタドタという騒がしい、けれどもあまり重みのない足音と共に部屋へと入って来たのは、先ほどライルたちとも会った3人の子どもたち。


 スアンニーは彼らを見るや、目を細めて笑った。


「おかえり」


 遠慮などひとつも無い様子で、3人はスアンニーの元へと駆け寄る。


「あっ、シュリ兄ちゃんだ! あとさっきの知らねえ人!」


「なんで兄ちゃんもう来てるの? 遅くなるって言ってたのに」


「知らない人は何しに来たのー?」


 子どもたちは矢継ぎ早に質問を飛ばす。

 バラバラの色をした瞳が好奇心に揺れ、くるくると動いていた。


「待て。順番に教えてやるからまず手を洗ってこい」


 そうスアンニーが指示すると、彼らは「はーい」と素直に従う。

 普段の生活の雰囲気が見てとれるようだった。


「シュリ、服はいつもの場所にある。適当に持って行け」


「わかった。ありがとう」


 続いてシュリも席を外し、部屋には3人だけになる。

 穏やかに下りた沈黙を破ったのはライルだった。


「あの子たちは……」


「ああ、ここで預かってる」


 スアンニーはこくりと頷く。


「数年前に地上国で起きた内乱、覚えているだろう」


「もちろん。1年ちょっと続いたやつな」


 当時地底国にいたフゲンだが、内乱のことは容易に思い出せた。


 事が起こったのは今現在一行がいるのとは別の大陸で、約100年前の大戦争以来、最大規模の争いだったという。


「あいつらはあれで親を亡くしてるんだ。まだほんの小さい時にな」


「地上国に住んでたのか」


「そうだ。巻き込まれて孤児となった3人を、ある男が憐れに思って保護した……。俺はそれを引き継いだんだ」


「優しいんだな。その人も、お前も」


 フゲンが言うと、どういうわけかスアンニーは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 なんだどうしたと疑問が飛ぶより先に、彼は咳ばらいをひとつして話を続ける。


「あいつらを引き取ってから6年。俺にとっては3人共、もう息子みたいなものだ」


「ん?」


 が、今度はライルが微妙な表情をして首を傾げた。


「どうした。何か気になることでもあったか」


「いや……俺の知識不足だったら悪いんだけど」


 ライルは比較的気軽な、そう、例えば知らない土地で道を尋ねるような口ぶりで、こう言った。


「――ムスコって何だ?」


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