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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第4章 門出:生ける者に祝福を
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幕間 出来問答

「それで」


 傾き始めた陽の光が窓から差し込み、影を作る室内。

 カチャ、と陶器の擦れる音が響いた。


「あなたは雷霆冒険団を、本当に御存知ないのですか」


 温かい紅茶の入ったティーカップをソーサーに戻したその男、サリーは柔らかく微笑む。


「何度聞いても答えは同じですよ。事実はひとつなのですから」


 ソファに腰かけ彼と対峙する女、カアラは眉ひとつ動かさず答えた。


 公国主ローズを打ち倒してから早1ヵ月――そして雷霆冒険団および地上国軍『箱庭』捜索隊と執行団二番隊との戦いがあってから数日――となる今日、彼女は城内にて望まぬ来訪者への応対を余儀なくされている。


「先の反乱、あなたは冒険者の助けを借りたのでは?」


「いいえ」


 虎視眈々とした眼光に気付かぬふりをしながら、カアラはサリーを見つめ返した。


「私はほとんど全公国民の助けを借りました。中には二十余名、元旅人がいましたが冒険者を名乗る者は1人も居ませんでしたよ」


「『地図』の反応がここにあったという情報が入っています。それが反乱のしばらく後に失せ、入れ替わるように雷霆冒険団が『地図』を手にしていたとも」


 丸眼鏡の奥で、すっと目が細められる。


「単刀直入に言いましょうか。あなたは反乱の功労者たる雷霆冒険団に、褒美として『地図』を譲渡した。違いますか?」


 嫌な男だ、とカアラは内心舌打ちをした。


 だがここで屈してしまっては、公国の立場が危うくなる上に恩人たるライルたちにも難が降りかかるであろう。


「私の与り知るところではありません」


 とうに腹は括っている。

 彼女は堂々としらを切り通した。


「何度も言いますけれど、公国民として暮らしていた元旅人は何人もいました。彼らの出立の際ローズの横暴の詫びも兼ねて餞別を与えましたが、どれも単なる金品です。『地図』なんて特殊な物を渡すわけが無いでしょう」


「ほう」


「大体、我が公国に『地図』があるなどという記録はありません」


「おや、それはおかしいですね。我々は研究者が保管していた記録の写しを基に、確信を持ったのですが」


「ではローズの処分した書物の中にあったのでしょう。彼女は先の反乱の直前、書庫を荒らして行きましたから」


 これは真っ赤な嘘だ。


 場をしのぐためにあらぬ濡れ衣を着せたことを、カアラは心の中でそっとローズに詫びる。

 が、そもそも元凶が彼女であることを思い出し、即座に詫びを撤回した。


「…………」


「…………」


 しばらく沈黙が流れる。


 サリーは室内をさりげなく見回したのち、ごく自然な動作で紅茶を飲み干した。


「ああ、お茶が無くなってしまいましたね。新たに淹れさせましょう」


「……いえ結構。このあたりでお暇させていただきます」


 そう言って、彼はあっさりと去って行った。

 驚くほど潔く、却って不気味だ。


「カアラ」


 来訪者が城を出たのを見計らって、グラスがカアラの元にやって来る。

 サリーが何者か、ディーヴァから聞いている彼女の表情は不安げだ。


「大丈夫だった?」


「あまり芳しくありませんね。彼、言質が欲しいだけで実際はもう全部気付いています」


 カアラは正直に答える。


 と、いつものようにグラスの隣に立つシタがへらりと苦笑した。


「ローズも厄介なことしてくれましたねえ」


「本当に……。嘘は言っていませんでしたが、悪意は健在でした」


 ローズとカダは既に公国を去っている。

 悪さができないよう回復魔法以外を封じる魔道具を付けられ、僅かな金銭だけを持って。


 しかし追放刑の執行前、カアラがライルたちへの選別を見繕う中で彼女はひとつの助言をしたのである。

 一番奴らのためになるものを知っているぞ、と。


 嘘を吐いているふうではなかったためカアラはそれを素直に受け取り、彼女の言う通りの物――実際、欠けてはいるものの質の良さそうな淡く光る宝玉であった――をクオウに渡した。


 変に遠慮させることの無いよう、「手ごろなもの」という文言を付け加えて。


 大したものでないように伝えてあるから、金銭に困った時や物々交換が必要となった時に役立ててもらえるだろう……というのがカアラの考えだった。


 それがどうだ、つい昨日、整理作業を行っていたローズの部屋で見つかった紙切れに「馬鹿め。あれは『地図』だ」という文字が。

 いつ、何のために書いて置いたのか、カアラたちは嫌でもわかった。


 この衝撃の事実とローズの言うことをほいほい信じたことへの後悔と怒りに頭を抱えているところに、サリーら地上国軍特殊戦力部隊が来訪したというわけだ。


「とりあえずライルさんたちに警告と謝罪の知らせを送りましょう」


 カアラは深く溜め息を吐く。

 どうにかやっと公国を建て直しつつある彼女らだが、やはり前途は多難であるようだった。


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